プロローグ2
ズドォォォォン!!
小枝が地面に下りた瞬間、森が揺れる。普段の彼女なら、移動したことも着地したことも分からないほどに、静かに下りる事が出来るはずだが、妹を失ったという事実が、小さくないダメージを彼女の精神に与えていたらしい。
まるで地震のように大地が振動し、近くにいた動物たちは必死になって逃げていく。近くにあった家の中では、棚の上の小物が床へと落下して、窓ガラスがガタガタと音を立てて揺れ動いた。
「あ、姉様っ!」
大地を揺るがした原因となった小枝は、地面に穿ったクレーターの中から、人の姿に戻って走り出た。むしろ、着地した——いや墜落した勢いのまま、人の姿に戻り、そのままの速度で地面を走り始めた、と表現するのが正しいだろうか。
そんな小枝が作り出した大きな振動と呼びかけは、"姉様"と呼ばれた人物にしっかりと届いたようである。結果、小枝の視線の先にあった建物の中から、小枝と同じく漆黒の髪の色をした少女が現れた。
「…………」
どこか眠そうな表情を浮かべる彼女は小枝の姉であり、そして失踪したワルツの姉でもあった。彼女たちガーディアンの上から4番目の姉。キラである。
彼女は駆け寄ってくる小枝の速度が、自分に衝突するほどに速いと気付くと、右人差し指を前に突き出した。すると、まるで、彼女の指の先に吸い込まれるかのようにして、走ってきた小枝の額が、ブスッ、と刺さる——否、ぶつかる。
2人の衝突は、一見すると、物理現象に逆らっているかのように見えていた。すさまじい速度で地面を掛けていた小枝が、キラの指に弾かれた途端、ピタリと停止したのである。例えるなら、絶対に壊れることのない壁に、絶対壊れることのない頭がぶつかった——そんな感じだ。
「〜〜〜っ!」
「…………」
額を両手で押さえて痛がる小枝に、無言の視線を向けるキラ。彼女は普段から物静かで、口を開くことは殆ど無かったりする。
対する小枝は、両手で額を押さえたままハッとした表情を浮かべると、自分よりも背の高いキラに対し、上目遣いの視線を向けながら、ここにやってきた事情について説明を始めた。キラの視線が、事情を説明するよう求めているように見えたらしい。
「ワ、ワルツが消えてしまったのです!空間制御システムを試していたら、急に姿が消えて……」
「…………」
「……姉様?聞いているのですか?」
「…………」こくこく
「どうしたら良いのでしょう?あの子、多分、異次元か、並列世界か……どこかその辺を漂っているはずです!助けに行かなくては……」
「…………」
「……姉様?」
「…………」こくこく
「……はぁ」
キラがいつも通りに眠そうな表情を浮かべていて、その上、反応がイマイチ薄かったためか……。彼女が本当に話を聞いているのか、小枝は段々と心配になってきたようである。
しかし、キラの方は、しっかりと小枝の話を聞いていて、なにやら対処策を考えていたようだ。
「…………いい」
「えっ……?」
「…………」
「あの、姉様?きちんと話して貰わなければ、何を言ってるのか分かりませんよ?」
「……ワルツと同じシステムを作って、起動してみればいい……」カアッ
「……そこ、恥ずかしがる要素ってありましたっけ?」
「…………」ムスッ
「……分かりました。確かに姉様の言うとおりです。ですが、空間制御システムを作れて起動できたとしても、無事にこの世界に戻ってこられるかは分かりませんよ?」
小枝の疑問に、キラは再び顔を赤く染めながら答えた。
「……ワールドアンカー」
「えっ?」
「……無事にこの世界に戻ってこられるよう、ワールドアンカーをこの世界に刺していけばいい……」カアッ
「何ですか?それ……。初めて聞きましたが……」
「……今、空間制御システムについて解析した。ワールドアンカーは、空間制御システムの機能の一つで、バンジージャンプで言う紐のようなもの。アンカーが無ければ、行ったっきりで帰って来られなくなる」カアッ
「やはりそうですか……さすが姉様です」
「…………」//
小枝が褒めると、嬉しそうに頬を赤らめながら、俯くキラ。
それから彼女は、おもむろに右手を差し出すと——
「…………ん」
ブゥン……
——その手の上に、一辺が10cm程度の四角い箱のようなものを顕現させた。
それを実現したのは、ワルツ以外のガーディアンたちが使う異相空間隠蔽システム。異世界の物語でいう、アイテムボックスや、インベントリと呼ばれるアイテム保存用の魔道具のようなものである。それを科学的に実現したのが、異相空間隠蔽システムであり、本来はガーディアンたちが自身の本当の姿を隠すために使うシステムだ。
キラは、異相空間の中に、自身の研究室を持っていた。そこで行われていたのは、ガーディアンたちが破損した場合に使うスペアパーツの生産。失踪したワルツが内蔵していた空間制御システムも例外ではなく、キラの研究室で予備が生産されていたようだ。
結果、小枝は、妹のワルツと同じシステムを手にすることになる。問題は、使い方を間違えると、ミイラ取りがミイラになるという展開だが——、
「……私がサポートする」
「お願いします。姉様」
——キラのサポートを受けることで、回避できる算段がついたようだ。
……書きたい物語があるのじゃ。
というわけで、2年ぶりに話を進めていこうと思うのじゃ。