2日目-05
町の中が妙に静まりかえっていたのは、実のところ異常な事だった。もちろん、真夜中なのだから、静まりかえっていて当然なのだが、それを加味したとしても、町は静かすぎたのだ。
具体的にどの辺が静かだったのかというと、町の門番が眠りこけていたり、高級住宅街の入り口など要所要所にいるはずの衛兵がいなかったり、少なかったり、道ばたで酔っ払いと共に眠っていたり……。あるいは領主の館の正門にいた兵士たちがうとうとしていることも、町の静けさに寄与していたと言えるだろう。
その原因は、町全体の気が抜けきっていたから、というわけではない。黒服の者たちが睡眠系の魔法を使って、町全体を緩やかな眠りへと誘っていた事が原因だったのだ。
だが、身体が機械で出来ている小枝にはまったく関係の無い話だった。ゆえに、事情を知らない彼女は——、
「(こんなものなのですかね……異世界って……)」
——少し残念に思っていたようである。
そんな彼女は今、領主の館の中にいた。黒服たちが、難なく領主の館の塀を乗り越えたので、その後ろにピッタリと付いてきたのだ。なお、言うまでも無いことだが、黒服たちに気付かれた様子はない。
積み上げられた石で出来た頑強な塀の向こうには、空を貫くかのような背の高い城がそびえ立っていた。青い三角屋根と白い壁。その左右には塔が2つほど並んでいて……。敷地の中には緑色の芝生と花畑、それに噴水などが備え付けられていた。雰囲気としては、ここに来るまでの間にあった高級住宅街にある贅沢のすべてを取り込んだらこうなった、といった様子である。
黒服たちは、塀を越えるや否や、再び散開してぐるりと塀の中を回り始めた。なので小枝も彼らを追うのだが、今度は時計回りに進む事にしたようだ。先ほど高級住宅街を回った際には、時計回りに回った者の方が早く合流地点に到着していたので、そちらの方に付いていくことにしたらしい。
上から見て90度ほど敷地を回ったところで、黒服の人物は急に進路を曲げ、中央にあった城の方へと走り始める。そして、程なくして城の外壁に辿り着いたところで……。黒服の人物は、何を思ったのか、そこに両手を当てた。
その直後、小枝は目を見開く。
ズボッ……
黒服の人物が手を当てていた部分に、人が入れるくらいの大きな穴が、殆ど音も立てずに開いたのだ。
「(魔法っ?!)」
この世界に来て見た、魔法らしい魔法。それは、岩などの対象を削り取って消してしまう土魔法だった。その様子は小枝の好奇心をこれ以上無いくらいに沸騰させる。
「(あの魔法……私にもできないでしょうか?)」キラキラ
と、小枝が目を輝かせている内に——、
「(おっと……このままだと見失っちゃいそうですね!)」
——黒服の人物は壁に開けた穴の中へと姿を消してしまった。なので、小枝も急いでその穴の前へと移動すると……。彼女は迷うこと無くその穴の内側に身を滑り込ませた。もちろん、一切の気配を殺しながら。
◇
城の中は、外からの見た目とは異なり、木製の床や壁に覆われていた。石造りの構造部分がむき出しだと、冬に寒くなるので、断熱材の意味を込めて、木の板が張られているのだろう。まぁ、見た目の美しさを求めた結果、木の板を張った可能性も否定はできないが。
「(……城の中も、やはりザルですね。でもさすがにこれはザル過ぎるのでは?)」
静まりかえり方が異様であることに、小枝も段々と気付き始めていたようである。城の中ともなれば、夜でも、当直の召使いなどがいて然るべきなのだが、その姿は見受けられず……。動いている気配を出している者は、先に侵入した黒服の人物だけだったのだ。
「(……あっ、もう1人の方も反対側から侵入してきたようですね。それと……もう1人、下水から上がってきたようです。うわぁ……)」
小枝の目に搭載されたX線カメラと生体反応センサーが、城内を移動する黒服の者たちの影を捉える。3人はそれぞれに上を目指して階段を登っていき、とある部屋の前で立ち止まった。
「(なるほど……。そこが領主の寝室、というわけですか)」
事態が起こる前に、小枝も静かに階段を登る。すると、5秒ほどして、彼らの姿が視界に入ってきた。
彼女が追いついた時、黒服の者たちは、そこにあった部屋へと侵入しようとしていたようである。だが、すぐには入ろうとせず、律儀に鍵を開けようとしていたようだ。恐らく部屋の扉には、何かしらの仕掛けがあって、土魔法などを使って強引に侵入しようとすると警報か何かが鳴る仕組みになっているのだろう。あるいは防衛的な装置が働くのかも知れない。……例えば、物語にあるような、爆発性の魔道具などが……。
小枝が物陰から、そっと黒服の集団を観察していると、どうやら鍵が開いたらしい。鍵穴を覗き込んで作業をしていた黒服の人物がその場から急に上がったのだ。
そして3人は各々に自分の武器——怪しげな液体の付いた小型のナイフを確認して——、
カチャ……
——と、部屋の中に入っていったのである。




