7日目-13
視点を小枝宅へと戻して……。
小枝が客間の扉を開けると、その向こう側に広がっていた暗闇の中から、小さな少女がヒタリヒタリと歩み出てきた。そんな彼女がまるでゾンビのように、う〜、あ〜、と口を形作りながら、目を瞑ってよだれを零していた光景を見て、アルティシアとグレーテルは困惑した。
「「……誰?」」
「実はですね。昨晩、町の中を歩いていたら、誘拐されていた彼女を見つけまして、連れ帰ってきたのです。ノーチェちゃんと言いまして、誘拐の際のショックからか喋ることができないようなので、唇を読んで会話をしてください」
「(う〜……あ〜……)」
「……ねぇ、コエダちゃん?この子、もしかして……」
「えぇ、最初は狼娘かとも思ったのですが、尻尾がふっくらとしたこの感じ、狐娘に間違い無いでしょう。黒い銀狐、と言ったところでしょうか」
「あ、いや、何の獣人かじゃなくて、ゾンビじゃないわよね、って聞きたかったんだけど……」
「あぁ、そちらでしたか。確かにゾンビな気配はしますが、皆さん、食事の匂いを嗅ぐと、こんな感じになるみたいですよ?アルティシアちゃんなんかも、昨日はこんな感じでしたし……」
「え゛っ……」がくぜん
「ほらほら、ノーチェちゃん?おいたはいけませんよ?」
と言って、ガシッ、とノーチェの肩を掴む小枝。その力は、痛くもなく、衝撃が無いわけでもない、計算されつくされた絶妙な圧力で——、
「……?!」
——ノーチェの目を覚まさせるには、ちょうど良い衝撃だったようである。気付けの方法"プランC"と言ったところだろうか。
「……」
しかし意識が戻ってきたはずのノーチェは固まった。
「…………」
それはもう、時間を止めたかのように固まった。
「………………」
小枝とキラの他に、見知らぬ人物が2人いるのである。
「…………!!」バッ
結果、彼女が最初に取った行動は、羞恥の為に顔を赤らめるでもなければ、挨拶をするわけでもなく、両手を使って頭から生えていた黒い突起を押さえ込むというものだった。それほどまでに、人前では、獣耳を隠さなくてはならないと考えていたようである。……なお、お約束のように尻尾は隠していない。
そんな少女の行動に、4人は思わず微笑んだ。……そこにいたのは、頭を押さえた後で、顔を赤くしながら、目をうるうるとさせる小さな子供。頭の上と腰からは、本来、人にあるはずのないものが生えていたが、そのことがまたアクセントとなって、4人は表情を緩ませざるを得なかったらしい。
それから小枝は、ノーチェの前にしゃがみ込むと、彼女と視線の高さを合わせて、朝の挨拶の言葉を口にした。
「おはようございます?ノーチェちゃん」
「(お、おはようございます……?)」
「彼女たちのことが気になるのですね?」
「…………」こくり
「彼女たちは私たちと一緒に同居している方々で——」
「私はアルティシア。(正体が領主なので)普段は本名ではなくてキノシタという名前で呼ばれていますが、どちらか好きな方の名前で呼んでください。よろしくね?」
「(よ、よろしくおねがいします……)」
「私はグレーテルよ?(正体が魔女だから)これと言って何か自己紹介できるようなことは無いけれど、ケガをしたり、風邪を引いたりしたら、お薬を作るから遠慮なく言ってね?」
「(は、はい……)」
「……私はキラ」
「……って、姉様は昨晩もやりましたよね?」
「……やっても減るものじゃない」
「それはそうですが……じゃぁ、その分、朝食の時間が遠のいても良いというのですね?」
小枝がそう口にした瞬間だった。キラはまるで瞬間移動でもしたかのように、食卓に着く。圧倒的な力とその制御能力にものを言わせた人力(?)瞬間移動である。
そんな一瞬の出来事に小枝以外の3人は面食らうが、食事という単語を思い出したせいか、皆、キラに合わせるかのように食卓に着こうとする。その際、どこに座って良いか悩みかけていたノーチェに向かって、キラが声を掛けた。
「……ノーチェ。ここ」
「……」こくり
ノーチェは、キラに誘われるまま、既に食事が用意されていたキラの隣の席に腰掛けた。そして、席に付くや否や、隣に座っていたキラの顔を見上げて、嬉しそうな笑みを向けたようである。詳しい理由は不明だが、ノーチェはキラに懐いているらしい。
小枝はそんなノーチェの反応に小さく笑みを見せながら、皆に食器を配っていき……。そしてアルティシアのところに食器を置くタイミングで、彼女に向かってそっと問いかけた。
「アルティシアちゃん。この町では、お耳や尻尾が生えている人をあまり見かけないのですが……やはり、それなりの事情があるということのでしょうか?」
小枝は、ノーチェがいる手前、オブラートに包んで問いかけた。その副音声は『獣人は奴隷扱いされているのか』といった意味に近いニュアンスだろうか。
対するアルティシアは、小枝が何を言わんとしているのかをすぐに察して返答する。ただし、自身の言葉がノーチェに伝わらないよう、幾重にもオブラートに包み込んで。
「残念ながら、その予想は合っていると思います。私個人としては、ただただ可愛いだけだと思いますが、世の中には別の考えを持つ方々もいますので……」
「そうなのですね……」
小枝は予想通り、ノーチェの立場があまりよくないことを確認して、小さく肩を落としたようである。
それから彼女たちは朝食を食べるのだが……。美味しそうに食べるノーチェやアルティシア、それにグレーテルとは異なり、小枝の表情はあまり浮かなかった——いや、何かを考え込んでいたようである。そんな彼女がその悩みに答えを見つけられたのかどうかは不明だが、皆の食事が終わるまでには、彼女の表情も元通りになっていたようだ。
……なお、キラの場合は常に眠そうな表情なので、悩みがあるのかどうかすら不明である。




