6日目午後-23
騎士の1人が気付いたとき、彼らは既に、大きなスライムの身体に周りを囲まれていた。彼らは殿。周囲にいるエカテリーナなどの町の者たちをその場から逃がすために、身体を張ってスライムを足止めしようと戦っていた勇敢な者たちである。
本来なら、彼らがスライムに囲まれるなど、あり得ない事だった。スライムは移動速度が遅いので、走って逃げれば簡単に逃げ切れるはずだからだ。それでも彼らが捕まった理由は2つ。スライムの身体が大きいために移動速度が思いのほか早かったことと、周囲にいる小さなスライムと違って、大きなスライムは攻撃しても怯まない事だった。移動速度が速く、怯まないスライム……。そのイレギュラーに、騎士たちは感覚を狂わせてしまったのだ。
この世界におけるスライムという生き物は、例えるなら粘菌のような生き物である。顕微鏡で覗き込めば、細胞核の1つ1つが思い思いに動いていて、刃を入れれば分離し、本体とは別れて活動出来る一方……。大局的に見ると一つ一つの行動が、実は自分の属するコロニーのためのもので、まるで大きな身体を持った1匹の動物のように振る舞う——そんな不思議な生き物なのだ。
ゆえに、彼らに氷魔法等の攻撃を加えると、それが群れ全体の存続に関わるような攻撃なら怯むものの、そうでない場合は、あまり反応しないのである。今回の場合、"餌"と言っても過言ではない騎士団の者たちがその場にいて、彼らの攻撃によって受けるダメージが無視出来るほどに小さかったために、巨大スライムは騎士たちの攻撃に怯むことなく、彼らのことを取り囲んだ、というわけだ。
そして取り囲まれた騎士たちに出来る事は1つしか無かった。攻撃が意味を成さない以上、このままでは巨大なスライムの中で泳ぐことになるので、多少の損害を覚悟で、スライム身体の薄い部分に自ら突っ込んで、外へと逃げ出す、という選択である。
「……いいか?絶対に立ち止まるなよ?立ち止まったら絡め取られて……死ぬと思え。行くぞっ!」
分隊長と思しき人物が、仲間たちに向かってそう声を掛ける。そして彼はその後で——、
「うぉぉぉぉぉっ!!」ズササッ!!
——という雄叫びと共に勢いを付け、スライムの包囲が一番薄かった部分を走り抜けようとして——、
「うわぁぁぁぁぁっ!!」ベチャッ
——と、呆気なく飲み込まれてしまう。
「「「隊長ぉぉぉぉっ?!」」」
「く、くそっ!……お、俺はもう……ダメだっ……!あ、後のことは……頼む……」がくっ
そして分隊長は力尽きた。まぁ、まだ死んだわけではないようだが。
そんな者たちのところへと、赤い服を着た少女がやって来る。分隊長の呆気ない結末を遠巻きに見ていた小枝だ。
「……何を遊ばれているのですか?」
小枝は当初、手を出すことなく、分隊長のことを観察していたようである。彼がスライムに飲み込まれていたのは、膝くらいの高さまでだったので、力一杯足を動かせば、いくらでも逃げられるものだと考えていたのだ。だが、どうやら、そう簡単な話ではないらしい。
「お嬢ちゃんは確か……」
「まぁ、そんなことはどうでも良いのです。遊ばれているようなら、助けなくても良いですよね?」
「そ、そんなことはない!本気で力を入れてるが……ああ、クソッ!無理だ……」
分隊長は、無理矢理に足を引き抜こうとしているものの、まるでセメントに固められたかのようにビクともしなかったようである。
その様子を見た小枝は、その辺に落ちていた木の枝を拾い上げて、ツンツンと突いてみる。
「(……まぁ、確かに硬くはなっているようですが、石のように硬いというわけではないですね……。人間の体力では、これが限界、ということなのでしょうか?)」
以前、回収したスライムは、まるで液体のように柔らかかったものの、その場にいたスライムの身体は、泥よりももう少し硬いくらいの粘度に上がっているようだった。
そして小枝は考察する。ただしそれは、スライムの生態についてではない。……この世界の人々と魔物たちの関係全般について、である。
「(人々が弱いのか、スライム……いえ、魔物たちが強いのか……。魔物たちが強いのは間違い無さそうですが、人も弱そうですね……)」
と、足を飲み込まれて動けなくなった分隊長のことや、市場でまともな魔物の肉が売っていなかったことを思い出しながら、小枝はこの世界の人々の強さについて考えた。その思考の延長線上に、アルティシアやグレーテルたちがいた事については言うまでも無いだろう。
しかし、人の強さというものを定量的に数値化できなかった小枝は、とりあえず思考を停止して、分隊長を助けることにしたようである。このまま放置すると、分隊長の足が、スライムに消化されてしまう可能性が高かったので、彼の救出を優先することにしたのだ。
ただし、彼女はスライムを相手に、現代世界の武器を使うような真似はしなかった。彼女が使ったのは、手に持っていたた木の枝。それをスライムの身体の表面で撫でるかのように振り回したのだ。
小枝のその様子を見ていた騎士団の者たちは、彼女が遊んでいるようにしか見えなかったようである。年端もいかない少女が、健気に枝を振り回して、スライムに戦いを挑んでいる——そんな様子だ。
対する小枝としては、騎士団のその認識通り、少女が遊んでいるかように見られることを狙って、木の枝を振り回していたようである。化け物じみた力を発揮して人間ではないと思われると困るので、できるだけ人間らしく振る舞おうと考えたのだ。
ズドォォォォン!!
ズドォォォォン!!
……まぁ、物事には限度というものがあるのだが。
こんな感じで話を書き続けられると良いのじゃがのう……。




