6日目午後-19
結局、BBSウールの品物を横に退けた後。皆、食卓に着いて、お互いに詳細な自己紹介を始めたようである。その際、グレーテルの自己紹介がどこかぎこちなさげだったのは、長いこと一人で暮らしてきたせいでシャイになってしまったためか。
その間、小枝はキッチンで夕食の準備を進めていく。うどんを茹でて、あらかじめ作っておいた品々を皿に盛り付けて……。そしてその料理を、手伝ってくれていたキラへと託す。
「はい、姉様」
「……味噌が入ってる。売ってた?」
「いえ、作りました」
「……そう」
そんな短いやり取りで何があったのかを察したのか、キラはそれ以上、小枝に対して事情を問いかけることなく、配膳を進めたようである。
するとそんな折、小枝のところへと2人ほど追加の手伝いがやってくる。
「コエダ様。お料理を手伝わせて下さい」
アルティシアと——、
「私も手伝うよー?」
——クレアだ。2人が同い年であることを明かし合った様子は見られなかったものの、自己紹介の結果、意気投合したらしい。
そんな2人が仲良くなったきっかけ。それは、小枝の食事にあったようだ。アルティシアが小枝の食事のおいしさを説いたところ、クレアが興味を持って、2人で小枝の手伝いをするついでに、どんな方法で料理を作っているかを見に来た、というわけだ。まぁ、この時点で料理と言えることは大体が終わっていて、残すところはうどんが茹で上がるのを待つくらいしかないのだが。
「お料理はもう終えてしまいましたから——」
「「えっ……」」
「——配膳をお願いできますか?」
「「あ、はい……」」
と、小枝が粗方の料理を終えてしまったことを知って、揃って残念そうな反応を見せるアルティシアとクレア。2人とも、残念そうな表情を隠せないほどに、小枝が料理をしている瞬間を見たかったようである。
ただ……。2人のその欲求は、ある意味で満たされることになる。それは茹で上がったうどんを水で洗う場面で訪れた。
ザバーッ!
キッチンに備え付けられていた水道の蛇口をひねった瞬間、うどんに向かって水が勢いよく吹き出した。その光景は、現代世界のキッチンではどこでも見られるようなありふれた光景だったが——、
「「んなっ?!」」
——異世界に住むアルティシアとクレアには、見慣れないことだったらしい。
「ど、どうなってんの?これ……」
「すごい……魔道具ですか?」
「えっ?ただの水道ですれど……あっ……」
そして小枝は察する。この世界には下水道はあっても、上水道は存在せず、そればかりか、ポンプ式の井戸すらも無いのではないか、と。
ちなみにこの水道、小枝が"あるモノ"を得ようと思って掘った井戸から出てきた水を、電動式のポンプでくみ上げたものである。途中、念のために、活性炭を使った濾過装置なども入っていて、水質は現代世界以上の品質を誇っているようだ。
「……魔道具ではありませんが、井戸に工夫をして、勝手に水が出てくるようにしたのです」
「「へぇ……」」
と、しげしげと水道を観察するアルティシアとクレア。そんな2人が見ている中で、小枝はうどんを洗い、そしてそれを再び沸騰しているお湯にサッと通した。
すると、うどんの調理方法——どころか、うどんの存在すら知らなかったのか、アルティシアが小枝に質問を投げかける。
「それは何ですか?」
その質問に返答したのは、小枝ではなく、クレアだった。
「多分ね……森で採れるやつじゃない?」
「森で採れるやつ……?」
「えぇ、枯れ木の隙間とかに、あんな感じの白いやつが——」
と、うどんに似た"何か"を森の中で見たことがあるらしいクレア。そんな彼女のことを放置しておくと、アルティシアにトラウマが植え付けられると思ったのか、小枝がすかさず口を挟む。
「いえ、まったく関係ありません」
「えっ?そうなの?」
「そ、そうなのですか……よかった……」
「これはうどん、という食べ物です。パンを作るのに小麦を使いますよね?あの小麦に水とお塩を加えて捏ねて、そして包丁で切って茹でたらこうなります」
「「へぇ……」」
アルティシアとクレアにそんな説明をしつつ、木で作った即席のどんぶりにうどんを盛り付けて、そして加水分解を使って作ったつゆを掛ける小枝。そこにネギに似たトッピングを掛けて、肉なしうどんの完成だ。
「はい、できあがりました。持って行ってもらえますか?あっ、熱いので気をつけてください」
「は、はい!」
「任せて!」
と、小枝の言葉に頷いてから、アルティシアとクレアは、それぞれ4人分ずつ盆に載せて、合計8人分のうどんを食卓へと持って行った。
「(お酒って……必要でしょうか?)」
シチューのパーティーやリンカーンが、"Health Kitchen"で度々飲酒をしていたことを思い出す小枝だったが——、
「(……どんなお酒なら良いのか分からないので、まぁ、今日は良いでしょう)」
——今日の夕食では下調べが済んでいないこともあって、酒類を振る舞うのはやめておくことにしたようだ。
こうしてすべての準備が整い、小枝の夕食会が始まった。




