6日目-31
ズドォォォォン!!
その出来事に、前触れは無かった。小枝たちの目の前にあった自宅が、見えない錘に押しつぶされるかのように、一瞬にしてペシャンコになってしまったのだ。
「「…………えっ」」
その様子を見ていたアルティシアとグレーテルは、思わず目を疑った。いや、疑わざるを得なかった。何が何だか分からない……。彼女たち表情が、そう語っていた。
ちなみに何が起こったのかは敢えて言うまでも無いだろう。小枝が重力制御システムを使い、家に大きな超重力を掛けたのだ。その結果、家は自重に絶えきれず、崩れてしまった、というわけである。
そして、アルティシアたちが驚いている内に、瓦礫が虚空へと消える。キラが異相空間に瓦礫を取り込んで、消し去ってしまったのだ。
「……姉様ですか?」
「…………」こくり
「そうですか。処理についてはお願いしてもよろしいですよね?」
「……あとで圧縮して、暖炉の燃料にする」
「なるほど……。それはつまり、暗に"暖炉を作れ"というのですね?」
「……まかせる」
「分かりました」
キラとそんな短いやり取りを交わした後、小枝は目の目に手をかざした。その瞬間——、
ブゥン……
——と彼女の目の前に虚空から大木が現れる。それは、以前、魔女の森の中で切り倒した木の一つ。ガベスタンの者たちがスタンピードの魔法陣を描いていた場所で、檻を作る際に余計に伐採した大木の一つである。
それは生木だった。まぁ、当然である。普通に生えていた木を伐っただけなのだから、乾燥している訳がなかったのだ。
生木は、乾燥させなければ、家を建てる材料としては使えない。湿った状態の生木で家を建てると、しばらくして樹の中から水分が蒸発し、柱が変形して家全体が歪んでしまうからだ。
ゆえに、通常は、生木を乾燥させるために、数年ほど野ざらしにして乾燥させるのだが……。小枝がそんな悠長な事をしているはずは無かった。
彼女は生木を——、
スパパンッ!
——とレーザーで切断して、角材にすると、"物体の温度を変える"という自身の能力を使い加熱しつつ、重力制御システムを使って圧縮し始めたのだ。
生木は加熱すると、内部から余計な水分が飛び、短時間で乾燥させることが出来るのだが、その反面、割れてしまったり変形してしまったりするのである。小枝はそれを防ぐために、強制的に水分を蒸発させつつ、重力制御システムを使って木材を引き締めたのだ。その結果、幾分サイズは小さくなってしまったものの、通常の木材よりも密度の高い頑丈な木の柱が完成する。
その間、小枝は、明いた方の手を使い、更地になった地面の加熱を行った。すると、地面から猛烈な勢いで湯気と熱気が生じて……。その場の地面がガラス状に変わる。……テクタイト。隕石が落下したクレーターなどで見られるガラスである。
小枝は大量の木材を次々と乾燥させつつ、土地の所々でテクタイトを形成していった。どうやらテクタイトを土台にして、その上に家を建てるつもりらしい。
そして——、
「……行きます!」
ドゴッ!!
——小枝は作り上げた大量の木材を、空へと次々に放り投げた。
放り投げられた木材は、上空50mほどの場所まで上昇した後、惑星の引力に引っ張られて、地面へと落下してくる。そんな木材はどういうわけか、地面に作られたテクタイトの上に、ピンポイントで落下してきて——、
スココココーーーンッ!!
——という小気味よい音を立てながら、積み木を重ねるかのように積み上がっていった。
とはいえ、重ねられた積み木のように不安定というわけではない。いつの間にか枘が切り込まれた木材同士が、接着剤も釘もなしに填まり込んでいって、ガッチリとした柱と軒を形成していったのだ。
小枝が作業を始めてから20秒。土台と柱と軒桁、それに屋根の枠が完成する。
「「「…………」」」ぽかーん
アルティシアとグレーテル、そして通行人たちは、小枝の華麗な建築(?)を前に、我を忘れて見入っていた。隣の敷地にあった教会の入り口では、シスターシェムと神父ハザも、開いた口が塞がらない様子で小枝の建築を眺めていて……。人だかりこそ出来ていなかったものの、まるでその場の時間が止まったかのような雰囲気に包まれていたようだ。
そんな状況の中でも、小枝の作業は止まらない。彼女は更に木材を乾燥させると、今度は板状に薄く切断し……。それをあり合わせの材料で作った釘で、家の床や壁に貼り付けていく。
ドドドドドッ!!
バババババッ!!
町の中に、まるでマシンガン——いやガトリングガンを撃つかのような音が響き渡った。毎秒数千発の釘が、板材目掛けて射出されて、目にも留まらぬ早さで建物が出来上がっていく音だ。
その際、小枝は、壁と壁の隙間に断熱材と遮音材を入れることも忘れない。この世界で発泡剤の断熱材を手に入れることは不可能だったので、麻袋を作るために採取してあった植物を乾燥させて、綿のようにして……。それを、薄い金属板と共に、壁と壁の隙間に挟み込んでいったのだ。
そして、さらに数秒後。
ダダダ、ダンッ……
町を包み込んでいた爆音が、突如として止まった。小枝の建築作業が終わったのだ。
その様子を眺めていたグレーテルは、数分前には影も形も無かったその建物を見て、思わずこんな感想を漏らした。
「……はは……もう笑うしかないわ……」
その際、周囲の者たちも、彼女のように乾いたような笑い声を上げていたのは、皆、彼女と同じように現状を受け入れられなかったから、なのかもしれない……。




