2.10-04 遅延04
一部、改行が抜けておったゆえ、追加したのじゃ。
「……昨晩、ハイリゲナート王国北部とレゼント王国北部の複数地域で、同時多発的に暴動が発生しました」
静かに、しかし芯のある声で、ヴァレンティーナは小枝に報告した。手に汗がじわりと滲み、気を抜けばその場にへたり込みそうになる。けれども、彼女は逃げない。挫けない。責任と覚悟を胸に、その二本の足で身体を支え続けた。
彼女が部下たちから得た情報は、単に暴動が起こったという内容だけ。場所は北部地域に限られているという情報は、ヴァレンティーナ自身が情報を整理して導き出したものだ。
そして、申し合わせたかのように、同時に発生したのである。もはや、ただの暴動ではない。ヴァレンティーナの直感が無視できないざわめきを感じていた。
何より引っかかっていたのは、両国の情勢だ。レゼント王国では、政治的圧力や重税などが国民にしわ寄せとなって不満が蓄積していたという情報は、確かに存在する。しかし、未だ爆発するような圧力にまでは高まっていなかった。せいぜい、国民が執政者たちについて、ひそかに不平不満を零す程度である。
ハイリゲナート王国に至っては、そのような兆候は一切見当たらない。たしかに、国王フューリオンによる大規模な粛清が進められてはいた。しかし、その対象は貴族に限られており、民衆が直接的な圧を受けていなかったのだ。重税もなく、圧政も見られない……。そんな状況で、なぜ暴動など起こるというのか……。まったく不可解。ヴァレンティーナには、これが、誰かの手による出来事なのではないかと思えてならなかった。
その可能性には、小枝も、すぐに気づいたようである。
「どこかの国か組織が関与している疑いが高いですね。魔族との戦いが終わったこの段階で攻撃ですか……」
小枝はそう口にしてから、珍しく考え込んだ。彼女にしては極めて異例。いつもなら、大抵のことについて、1ミリ秒以下の短時間で答えを出す彼女が、この時は明確に考え込み、なんと2秒以上も掛けたのだ。彼女のことを知っている者なら、大雪でも降るのではないかと心配することだろう。
そして2秒後。結局、小枝が口を開く前に、別の人物が、2人の会話に割り込んできた。
「あの……コエダちゃん?いま、ものすごく不穏な事を仰っていませんでしたか?」
小枝の話に反応したアルティシアだ。
今回の対魔族戦争で、ブレスベルゲンは戦争に勝ったものの、ハイリゲナート王国とレゼント王国は大ダメージを受けており、政府を失った両国共を放っておけば、双方とも瓦解する危険があった。アルティシアもそれを知っていて、ブレスベルゲンに果たせる役割がないかと考えていたのだ。
堅実に復興するために、これから計画を立てよう、などと呑気なことを考えていたら、今回のヴァレンティーナの報告である。出鼻をくじかれるとは、このことをいうのかもしれない。予想の遙か斜め上を行く速度で流れ始めた事態を前に、アルティシアは思わず耳を疑ってしまったようだ。
そんなアルティシアは、途中から会話に入って来たため、まだ事情は掴み切れていない様子。ゆえに、ヴァレンティーナが子細を報告する。ただし、彼女の声は小さすぎてアルティシアには聞こえないため、遠隔会話用の魔法は必須だが。
「実は――」
ヴァレンティーナが事実を告げると、アルティシアが後ずさりする。余程大きな衝撃を受けたのだろう。
「そんな……。誤情報、というわけでは――――」
「……残念ながら」
「……そう、ですか……」
アルティシアは近くにあった椅子に腰を下ろして、そのまま呆然としてしまう。そんな彼女の頭の中で、何が浮かび上がっていたのかは、誰にも分からない。ただ、ぼんやりと遠くの天井を仰ぎ見るばかり。
それを見たヴァレンティーナの胸には、鋭い痛みが走っていた。彼女には分かっていたのだ。……せっかく、命を賭してまで守り抜いた国や民が、第三者の手によって、再び踏みにじられるこの状況。それが、アルティシアの胸をどれほど締め付けているのか……。考えれば考えるほど、胸が張り裂けそうになる。
しかし、彼女の言葉も、彼女の手も、アルティシアには届かなかった。アルティシアが椅子から不意に立ち上がったのだ。
それから、普段の彼女らしからぬ苛立ちに満ちた言葉が、呪詛のごとく口から零れ落ちた。
「……どいつもこいつも……どうして私の邪魔ばかりするのですか……!」
ガタガタガタ……!!
アルティシアから不可視の魔力が漏れ出し、その場の空間を激しく揺らす。それは魔力の暴走。感情が高ぶり、抑えきれなくなった時に起こる現象で、放っておけば、術者の生命だけでなく、周囲の者たちも巻き込んで爆発するという危険極まりないものだった。
そのあまりに強大すぎる魔法現象を前に、ヴァレンティーナはゴクリと喉を鳴らす。しかし、彼女の表情には浮かんでいたのは、恐怖の色ではない。
「……すばらしい……!これが……魔王……!」
それはまるで、心の底から湧き上がってくる歓喜が、自然と表情から零れ出ているかのようだった。今なお魔力の奔流を噴き出すアルティシアの一挙手一投足を逃すまいとするかのように、ヴァレンティーナの眼の奥で、狂おしいほどの興奮が揺れ動く。
それでも……。不思議な事に、小枝は動かない。静かにアルティシアの側に佇んでいるだけ。まるで、アルティシアの怒りが間もなく収まると分かっているかのようだった。
実際、周囲の空間を揺らしていた現象は、間もなくして静まった。アルティシアが自らコントロールして、抑え込んだのだ。そう、彼女の見た目は子どもだが、心は成熟した大人(?)。暴走に身を委ねるなどあり得ないのだ。
それからアルティシアは、鬱憤が顕現しそうな深い溜息を吐いた後、その内心をポツリと零したのである。
「……コエダちゃんと一緒に迷宮散策するって約束したのに妨害するなんて……絶対に許さないんだから!」
その一言に、ヴァレンティーナの気が一瞬で抜けた。




