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2.9-76 国76

微閲注なのじゃ。

「い——」


 い、と発言した状態で、魔族の男が固まる。引き攣った顔だ。頬の筋肉が緊張し、眼を見開き、息を吸うのも忘れて、目の前を凝視する。瞳孔も開いていた。極度の緊張状態にあったと言えるだろう。


 そんな彼は、こう口にしたかったらしい。……いったい何が起こったのか、と。


 彼が驚愕していた対象は、3つある。そのうち1つは、言うまでもない事だろう。アルティシアが一撃でイレイザースライムを消し飛ばした事に対して、だ。


 しかし、それだけであれば、息が止まるようなことにはならないはずだ。問題は2つ目以降の原因にあった。


『オォォォォン!!』

『グォォォンッ!!』

『ギィャャャッ!!』


 魔族の町に、次々と魔物が現れたのである。


 しかも、その1体1体が、迷宮の歴史に名を残すほどに強力。エルダーリッチ、クリスタルドラゴン、テラトータスなどなど……。たった1体でも、町に大きな被害が出るような恐ろしい魔物たちばかりが、列を成して現れたのだ。


 まるで、世界の終わりのようだった。実際、魔族たちには、世界の最期の日——神判の日が訪れたように見えていたことだろう。対抗するなど無意味。逃げれば生き残れるかも知れないが、迷宮の外に出れば、そのうち衰弱して、同じ末路を辿るのである。まさに最期の日だ。


 目に見える"終焉"を前にして、魔族たちは、ただ一人の例外を除いて戦意を失った。イレイザースライムと戦おうとしていた魔族たちですら、抗うのをやめ、唖然と立ち尽くす。


 そんな中で、ただ一人——、


「えいやっ!」


——幼い魔族の少女だけは、戦意を失っていなかった。


 しかし、誰の目から見ても、勝てるようには見えない。少女が投げつけた小さな石ころは、魔物の身体に当たると、カラン、と軽い音を上げて、跳ね返っていたからだ。子どもが岩山に向かって小石を投げつけるようなものだ。魔物にとっては、傷にすらならない——いや、感覚すら感じないほどの、小さな攻撃だったに違いない。


 しかし、敵意は敵意。大きなテラトータスの注意が、少女の方へと向けられる。


 その巨大な眼に睨まれれば、大人でも怯んでしまうことだろう。それでも少女は諦めない。テラトータスの眼を目掛けて、小石を思い切り放り投げた。


「やっ!」


   カラン……


 眼に当たっても、やはり音の軽さは変わらなかった。眼球もまた、かなりの硬度を持っていたらしい。


 結果、少女は、完全にテラトータスの注意を引くことになった。山と見紛うほどに巨大な魔物が、少女に向かって大きな口を開く。


 テラトータスは、地竜の親戚だ。つまり、彼らもまた、口からブレスを噴き出すのである。


 もはや、これまで。数秒後には、テラトータスの強烈なドラゴンブレスが、少女だけでなく、町ごと消し炭に変えてしまうことだろう。少なくとも、その場でテラトータスの行動を目にしていた者たちは、皆が死を覚悟した。


 そして、テラトータスの喉の奥が眩く輝いた瞬間——、


   ドゴシャッ!!


——異様な音が響き渡った。


 そう、異様な音だ。到底、ドラゴンブレスが放たれたり、ブレスが爆ぜたりしたときの音ではない。瑞々しいその音は、まるで、巨大なゼリーの固まりを、強力な力でひねり潰したかのような音だった。


 ブレスが放たれる直前、テラトータスと対峙していた少女は、ようやく自分の置かれた状況に気付いて、咄嗟に身を縮めていた。しかし、いつまで経ってもブレスは飛んでこない。そのことに気付き、彼女は恐る恐る顔を上げた。するとそこにあったのは、巨大なテラトータスの口、ではなく——、


「……っ?!」


——思わず絶句してしまうような光景だった。


 一面の赤。鮮やかな絵の具や、煌びやかな宝石ですら出すことのできない、独特の色をした深紅の景色が、魔族の少女の前には広がっていたのだ。そう、文字通り"血の海"だ。


そして、その海の中に、人影があった。少女とそれほど歳が変わらなさそうな、白髪の少女だ。彼女はテラトータス()()()()()の上で、クルリと後ろを振り向くと、少女に対して優しげな笑みを見せた。


「みんなのことを守りたかったのですね。その気持ち、大切にして下さい」


 白髪の少女がそう口にした直後の事だ。


   ズブシャッ!!


 新たに少女のところへと近付いてきていた魔物が、突然液体へと変わる。身体の硬さが随一と謳われるクリスタルドラゴンが、一瞬で液化したのだ。


 その後も——、


   グチュッ!!

   ブチャッ!!

   ズシャッ!!


——酷く瑞々しい音が、魔族の町の中を反響する。何が起こったのか、言葉で説明することすら躊躇われるような出来事ばかりが繰り広げられていく。千切っては投げ、千切っては投げという言葉通りに、魔物たちの四肢や頭部、胴体までもが、次々と四散していったのだ。


 その中心にいたのは、白髪の少女——アルティシア。白く長い髪をなびかせながらステップを踏む彼女の様子は、まるでその場に降り立った天使のよう。そんな彼女の周囲で起こっていた()()()()()()と言えるような光景と相まって、魔族たちの心に消しようのない恐怖が刻み込まれていく。


 いったいあれは何か。目の前で何が起こっているのか……。人の姿——あるいは魔族の姿をした何かが、魔物を蹂躙しながら乱舞する光景に、魔族たちの心は次第に理解することを止め、ただ怯え、震えるばかりだった。


夜狐「……危ないところだった。あの場にノーチェがいたら、ノーチェの食後のゼリーが、アルお姉ちゃんに潰されて、食べれなくなってたかもしれない……!」


魔女1「あ、うん。そうねー」棒

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