2.9-64 国64
紆余曲折あったが(?)、ハイリゲナート王国側でも、レゼント王国側でも、魔族たちの制圧作戦は、ほぼ完了と言える状態にあった。ハイリゲナート王国では、第2王女カトレアと第3王女ヘレンの活躍によって、魔族たちは生きたまま捕縛され……。そしてレゼント王国側では、妖精たちの軍勢によって、ほぼすべての魔族が囲まれたのである。
この状態から、魔族が勢いを取り戻すのは困難。皆がそう確信していた。
しかし……。世の中には、世界を跨いで、こんな格言がある。
『1匹見つけたら、100匹いると思え』
地球においては、某、黒光りする昆虫についての格言だ。だが、この異世界においては、昆虫の存在確率を表現する言葉に限らない。いったい何に対して向けられた言葉なのかは、もはや言うまでも無いだろう。
ブゥンッ……
ハイリゲナート王国の王城跡地。その一角で空間に歪みが生じる。転移魔法の兆候だ。
歪んだ空間の近くには、ブレスベルゲンの軍勢から逃れた魔族の姿があって、彼が転移魔法を発動させたようである。ただし、彼自身が逃げようとして唱えた転移魔法、と言うわけではなかった。彼は援軍を呼ぼうとしていたのだ。それも、隠し球と言えるような強力な援軍を。
「くっくっく……!馬鹿な奴らめ!我らを退けたくば、一人残らず消し去る事だな!」
魔族の男が、口角をニヤリと釣り上げる。その直後、彼の前に、一風変わった姿の魔族が転移してきた——、
ドゴシャッ!!
——ように見えた。
「……え?」
魔族の男の近くには、盛大に絵の具を零したような——いや、ぶちまけたような、真っ赤な跡が広がっていた。一瞬前まで無かった跡である。
魔族の男には、事態が把握できなかったらしい。地面のシミを見下ろしながら、満面の笑みを浮かべつつ、固まっていた。間もなく仲間が現れるかといったタイミングでの出来事、と言うことだけは分かっているが、そこに真っ赤な絵の具との関係を見出すことができないのだろう。
「いったい何——」
ドゴシャッ!!
もう一つ、その場に、真っ赤な絵の具がぶちまけられる。その場所に、もはや魔族の男の姿は無い。
何も残ってはいない。多量の赤い液体と、ほんの少しの固体だけだ。
いや、強いて言えば、もう3つほど残っていたものがある。
「ふふふっ。馬鹿め☆」キラッ「ですって」
「一人残らず消え去ることを所望されているようでしたね?」
「害虫を退治する側も、退治される側も、望んだ結果というわけですね。相思相愛です」
何もない空間に残されていたのは、3人の女性たちの声。彼女たちの明るい会話は、無慈悲な戦場にはあまりに不釣り合いで、まだ捕まっていなかった魔族たちの事を、心底震え上がらせていたようである。
◇
一方。
「つ、次々、魔族の存在が消えていきます……ふ、ふひっ……」
ブレスベルゲン地下で、モニターを見上げていたヴァレンティーナは、モニターを見上げながら戸惑いを隠せなかった。ハイリゲナート王国側のモニターに映し出されていた魔族たちが、見る見るうちに消えていくのだ。まるで、掃除機で吸われるかのように。まるで、最初から何もいなかったかのように……。
彼女が見ていたモニターの画面には、魔族たちがいたこと示すタグの表示と、真っ赤なトマトを地面に叩き付けたかのような跡だけが表示されていた。何か悲惨なことが起こったのは確実。しかし、その瞬間はモニターに表示されない。
問題は、誰がどうやって、魔族を殺害して回っているのか、という点だ。離れた場所にいる魔族たちが、次々に潰されていく様子を眺めながら、ヴァレンティーナは眼を丸くする。
そんな彼女の言葉に、小枝が返答した。
「薄らとですが、ウメさん、サクラさん、モモさんの姿が映っているようです」
「そ、それは、どちら様でしょうか?」
「女神3人衆の名前です」
「め、め、女神……ふ、ふひひっ……」
ヴァレンティーナは合点がいった様子(?)だった。少なくとも疑問には思っている様子はない。少し顔が青いようだが、それはきっと、寝不足のせいだろう。
結果、彼女は、ハイリゲナート王国側の状況を表示していたモニターから、まるで逃げるように、隣にあったモニターへと視線を移した。すると、そこでも何やら、異変が起こりつつ合ったようである。彼女が見ていたものは、レゼント王国側の戦況を映し出すモニターだ。
その出来事は、モニターの中心付近にいたノーチェとグレーテルのすぐ近くで起こることになる。




