2.9-62 国62
魔族たちが、謎のゴーレム集団と邂逅していたその同時刻。彼らのいた現場から100mほど離れた場所にノーチェとグレーテルの姿があった。
「危なかった。鼻栓を詰めてたら、爆発に間に合わなかった」
「最初から耳だけに栓を入れてたら、余裕を持って間に合ってたわよね?」
「…………ん?グレーテル!聞こえない!」
「……耳栓を入れてるから、聞こえないのよ」すぽっ「もうこれ、いらないでしょ」
グレーテルは、呆れた様子で、ノーチェの耳から耳栓を抜く。ちなみに、耳栓を抜いたのは、ノーチェの側頭部にある人の耳からだ。頭の天辺にある獣の方の耳栓は、完全に毛に埋まっていて見えなかったので、触れていない。もしも、間違えてノーチェの耳毛(?)も一緒に引き抜けば、きっと、だれも得をしない大惨事に繋がることだろう。
「上の方の耳栓は、自分で外しなさいね」
「ん」すぽっ「はい」
「いや、渡さなくても良いんだけど……」
ノーチェから渡されたものを含めてすべての耳栓を火魔法で灰にしながら、グレーテルは炎に包まれた廊下の先を見つめた。
「で、あの、炎の中で蠢いてるやつ、何?ノーチェは知ってるんでしょ?追いかけっこだか、隠れんぼだかをしたことがある、って言ってたわよね?あんなの、ブレスベルゲンじゃ見かけた事なんて無いんだけど……」
というグレーテルの言葉通り、彼女たちがいた場所からも、ゴーレムたち(?)の姿が見えていた。魔女であるグレーテルの目から見ても、ゴーレムたちのことはやはり、"ただのゴーレム"には見えなかったらしい。彼女が住んでいた魔女の森には、何種類かの野生のゴーレムが住んでいたので、グレーテルの中にはゴーレムについての知識が少なからずあったのだ。
納得できなさそうに眉間を顰めるグレーテルに対し、ノーチェが短くこう答える。
「あれは、妖精」
ノーチェのその言葉に、グレーテルは眼を見開いた。
「妖精?そんなの、ブレスベルゲンにいないでしょ。っていうか、ゴーレムとは関係無いでしょ」
「妖精はいる。たまに一緒に遊ぶ。あれは、妖精の乗り物」
「乗り物?」
「危険になったら乗るって言って」
「……だとしても、ブレスベルゲンにはやっぱりいないんじゃない?いないわよね?」
「いる、って言ってる!妖精が見えないグレーテルお姉ちゃんの心は、きっと歪んでるに違いない。心が綺麗じゃないと、妖精は見えないって言われてるから」
「ちょっとなにいってるか分かんないわね。その論法だと、私に見えなくて、ノーチェに見える説明にはならないもの」
「…………?」
「……本当に心が歪んでいたら見えないとか、そういう種族じゃなくて良かったわ……」
どうやらグレーテルには、心が歪んでいたり、汚かったりする自覚があるらしい。とはいえ——、
「心が汚いと妖精が見えないっていうのは、ただの迷信よ?」
——心の歪みや汚さといったものが、妖精たちを不可視化させるという魔法学的現象はなかったようだ。
「心が汚くても見える……?」がくぜん
「そんな真剣に受け取られると心苦しいのだけど……まぁ、その通りよ?妖精を見るのに、心の綺麗さは関係無いわね」
「ショック」がくっ
「……妖精たちは、自分たちを害さないと判断した人間の前だけにしか姿を見せないのよ。元来、弱い種族だから、警戒心が強いんでしょうね」
「警戒心が強いだけ?」
「うん、それだけ。その辺にいる野生の動物とか魔物とかと同じ。おとぎ話とかで、心が綺麗な子どもにしか妖精は見えないとか書いてあるのは、ただの与太話よ?」
「……ノーチェ、騙された。心が汚された!心が歪んでるのは、妖精の方かも知れない!」
「いや、それもどうかと思うけど……」
そう言いつつ、グレーテルは眉を顰めた。彼女の視線は、依然として、ゴーレムたち(?)の方を向いたままだ。すくなくとも、ノーチェの事を考えている様子ではない。
「(妖精がゴーレムを操るって話は、文献で読んだことがあるけど……あれはゴーレムなんかじゃないわ)」
人よりも2周りほど大きな機械人形。そこには、一瞬見ただけでも分かるほどに高度な技術が使われていて、知識のあるグレーテルにとっては、脅威すら感じるほどの存在感を放っていたようだ。
「(コエダちゃんは、あの妖精たちを手懐けた、ってこと?すごいわね……)」
小枝はどうやって妖精たちを手懐けたのだろう……。そんな疑問がグレーテルの中で浮かんでこなかったのは、頭のどこかで、小枝ならやりかねない、と考えていたからか。
機械狐「ノ、ノーチェ嬢の耳栓……」ごくり
光狐「…………」にっこり
ドゴォォォォンッ!!
夜狐「…………?」




