2.9-58 国58
「そういえばさ」
グレーテルが何かを思い出したかのように、口を開く。
「この城の中には、ブレスベルゲンの他の部隊も入り込んでるのよね?」
その問いかけが誰に向けられたものかは不明だ。宛先がない問いかけだったからだ。
ゆえに、ノーチェとヴァレンティーナの両方が同時に答えることになる。
「近くにはいない。たぶん、魔族の近くに固まってる」
『方位45度……最短距離150メートル……300人……潜伏中。他、城の外……3000人……』ざざっ
「まだ誰も倒されてはいない、ってことね。ようするによ?魔族が1箇所に固まる事によって、彼らを監視していた他の部隊の連中も、1箇所に集められてる、ってことよね?」
「ん」
『肯定』ざっ
「それ、罠じゃない?」
と、グレーテルが問いかけると、ノーチェは固まり、ヴァレンティーナからも返答が返ってこなくなる。2人とも罠の可能性を考えていなかったらしい。
とはいえ、ヴァレンティーナの隣にいるだろう人物は、罠の可能性も考慮しているはずである。そのことを考慮に入れていたグレーテルは慌てない。
「罠でも、罠じゃなくても、コエダちゃんからの指示は無いんでしょ?だったら、今はまだ安全ってことね」
「ん……」
『注意喚起……無し』ざざっ
「だったら、大丈夫でしょ」
と、グレーテルが心配を払拭した後、いまだ納得できていない様子だったノーチェが、グレーテルに問いかけた。
「……ねぇ、グレーテルお姉ちゃん。たくさんの人を罠にかける方法、ある?」
「そうねぇ……魔法陣を使えば簡単でしょ。テンソルの魔法陣を見たわよね?あれがあれば、かなりの広範囲に散らばってる人たちを、一気に罠に掛けられるでしょうね。ただ、すんごい魔力を使うから、魔族たちにできるかは分からないけど。少なくとも、人間には無理ね」
「魔法陣以外の方法は?」
「無いとは言わないけど、机上の空論の話になるわね。まぁ、コエダちゃんの力があれば、大抵のことは力でゴリ押しできるんでしょうけど。でも、どうして、そんなに、罠のことを気にしてるの?」
グレーテルから見ると、ノーチェは罠のことを気にしているように見えていた。何度も掘り下げるように聞いてくるからだ。普段のノーチェであれば、グレーテルが適当に理由を言うだけで納得して引き下がるのだが、今日は違ったのである。グレーテルとしては、その違いが気になっていたらしい。
ノーチェが理由を口にする。
「ノーチェたち以外のブレスベルゲンの人たちは、潜入のプロ。ノーチェたちよりも、ずっと隠れるのがうまい」
「私たちより上?どうしてそう言えるの?」
「隠れんぼで勝てたことない」
「あ、うん……そう……」
「だから、見つけるのは無理。でも、魔族は気付いた。おかしい。ぜったい罠。ズルしてる」
「いや、ズルでは無いと思うけど……。それに、魔族が本当に他の部隊員たちを見つけたとは限らないわよ?」
といつつも、グレーテルは、ノーチェが見つけられないという他の部隊員たちのことを考えていた。
ノーチェの正体は巨大な狐であり、その辺にいる魔物や人間よりも、生き物の探知能力には遙かに秀でているのである。その彼女が、遊びとは言え、隠れんぼで見つけられないほど、ブレスベルゲンの部隊員たちは高度な隠密能力を持っているというのだ。見た目が普通の人間とそう大差無い魔族たちに見つけられるというのは、少々、納得のいかない事だった。
「(ヴァレンティーナみたいに、遠隔で会話ができる能力を持った伝令役とかがいたりするのかしら?)」
深く考えすぎだろうか……。グレーテルが眉間に皺を寄せて考え込んだ——そんな時のことだ。
「……ん?」
ノーチェが何かに気付く。
「何か見つけたの?ノーチェ。また金?」
「……なんか、気配がする」
「気配?何の?」
「人か魔族?生き物かも。よくわかんない」
「ふーん。どこから?」
巡回している魔族でもいるのかもしれない……。そう考えたグレーテルは、不可視の魔法の効果が、間違いなく発動していることを確かめながら、ノーチェの次の言葉を待った。
そんな彼女が、平静を保っていられたのは、この瞬間までだった。それほどまでに、ノーチェの発言は、グレーテルにとって衝撃的だったのだ。
「……色々な所から気配がする。天井、壁、足下、窓、花瓶の裏……」
「はい?うん……?いや……いやいやいや!そんな馬鹿なことは……」
グレーテルが、とある仮説に思い至った——その瞬間の事だ。
「っ?!おっきな魔法?!」
ノーチェの耳が、ピンと縦に立ち上がる。城の中——それも、魔族たちやブレスベルゲンの部隊員たちが集まる方向に、ノーチェは異常な魔力の反応を感じ取ったのだ。
目が……痒いのじゃ……。もう……ダメかも……しれ……ぬ☆




