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2.9-55 国55

「なるほど。申告通りですね」


「何が起こったのですか?」


 ブレスベルゲンの地下施設で、巨大なモニターを見上なら、小枝とアルティシアが会話を交わす。


「アルちゃんは、"固有魔法"というものを知っていますか?」


「はい。ある特定の人にしか使えない魔法で、火や水と言った"属性魔法"には分類できない特殊な効果を持つ魔法のことですね。もしかして、カトレア様のあれも、固有魔法なのですか?」


「そう聞いています。ただ、本人も詳しい効果までは分かっていないようです」


「分かっていない……?」


「何となくしか効果が分からないらしいです。対象が異なれば、現象も異なるのだとか」


「なんだか難しそうな魔法ですね。どのような効果があるのですか?」


「時止めらしいです」


「と、時止め?!」


 まさか、カトレアは時間を操る事ができるというのか……。と、おそらくハイリゲナートの王室関係者たちも考えただろうことを、アルティシアもまた同じように考えた。それほどまでに、時止めの魔法と言うのは希少。むしろ、伝説上の魔法だと断言出来るほどだった。


 アルティシアが驚きのあまり、目を白黒とさせていたためか、小枝が補足を口にした。


「先ほども言ったとおり、効果がよく分かっていないので、本当に"時止め"なのかは分かっていません。非生物——例えば、流れる水などに使えば、その流れを乱すことができるものの、水の流れそのものを止める事は出来ないらしいです。落下したり転がったりする石ころを止める事も出来ないそうです」


「えっと……話をお伺いする限り、時止めらしくないのですが……」


「そうなのです。ただ、生物に使うと、その生物は動けなくなるようです」


「なるほど。だから、魔族の方々の魔法が止まって、皆さん抵抗ができなくなった、と」


「抵抗ができなくなったのは、もしかすると別の方の活躍かも知れませんが、魔族の方々が行おうとしていた自爆のような魔法については、間違いなくカトレアさんの魔法が止めたのだと思います。もしかすると、時止め魔法というより、麻痺魔法といった方が的確かもしれませんね。ですが、カトレアさん本人が"時止め"だと言い張っているので、その意思を尊重して、時止めということにしておきましょう」


「そう、ですか……。そうですね……」


 アルティシアはモニターの向こう側にいるカトレアに向かって視線を向けた。何か可愛そうなものでも見るかのような視線だ。魔族の前で胸を張りながらドヤ顔を浮かべるカトレアに、何か思うことがあったらしい。続きの言葉が出てこなかったところを見るに、口にはできないことを考えていたのかも知れない。


 そんな自分の反応が、その場の空気を乱している事に気付いたのか、アルティシアは不意に話題を変えた。


「そういえば、魔族たちが、カトレア様に向かって、剣を投げていましたよね?それを、カトレア様は、手も足も使わずに弾き返したように見えましたが、あれも時止め魔法なのですか?」


「いえ。あれは、カトレアさんの力ではなく、妹のヘレンさんの力らしいですよ?」


「えっ?でも、ヘレンさんはカトレア様の近くにいないですよね?遠距離からでも剣を弾ける魔法があるのですか?」


「もしかして、アルちゃんには見えていないのでしょうか?」


「えっ?」


「なるほど……。ヘレンさんからの申告通りです」


「えっ?何の話ですか?」


 アルティシアは困惑した。小枝の言葉から推測すると、ヘレンは今なお画面内に映っていて、その上、カトレアの近くにいるということになるからだ。しかし、前述の通り、アルティシアにはヘレンの姿が見えなかった。彼女はいったいどこにいるのか……。実は地面に埋まっていたりするのだろうか……。アルティシアは画面を凝視した。


 しかしやはり見えない。


「今も映っている……のですよね?」


「えぇ、普通に立っていますね」


「そんな……いったいどこに……」


 画面を隅から隅まで凝視しても、やはりアルティシアにはヘレンを見つける事が出来なかった。確かに、画面に映る景色は、瓦礫だらけで、しかも上からの映像なために、人の姿は頭頂部しか映っておらず、誰が誰なのか識別は難しい。しかし、人を見落とすとは考えにくい程度には画面の解像度は高く、また人物にはそれぞれ分かりやすいように文字でタグ付けがされていたのだ。見落とすなど、普段のアルティシアなら、まずあり得ない。


「……もしかして、ヘレン様のタグだけ消されています?(それか、私がすごく疲れているか……)」


「おや?アルちゃんには、タグも見えないのですね?」


「えっ……映っているのですか?!」


「はい。カトレアさんの隣に堂々と」


「そんなぁ……」


 アルティシアは、再び、画面を凝視した。文字通り、血眼だ。しかし、何度見回しても、彼女には"ヘレン"のタグを見つける事が出来ない。


 そんなアルティシアの反応を見て、小枝が微笑む。


「ヘレンさんの固有魔法の影響でしょう。デジタルの情報にも影響を及ぼすとは思っていませんでしたが、彼女の申告通りだとすれば、見えなくて当然です」


「……やっぱり、ヘレン様も、固有魔法が使えたのですね」


「はい。彼女の固有魔法は"認識阻害"。自分に意識が向けられても認識できなくする魔法とのことです。まぁ、剣を弾き返したのは、ヘレンさんの純粋な剣技の(たまもの)だったようですが」


「すごい話ですね……。姉妹揃って、悪用できそうな魔法や力を使えるというのは、なんだか怖い気がします」


「確かに、姉のヴァレンティーナさんの遠距離通信の魔法も含めて、犯罪に使えそうな魔法ばかりですね」


「そういえば、ヴァレンティーナ様もそうでした。遠距離から人の話を盗み聞き——いえ、なんでもありません」


「ただ、彼女たちの通り名は、犯罪とは無縁のようですよ?」


「通り名?」


「……ハイリゲナートの鬼神たち。元は、"高貴な者たち"という意味で"貴人たち"という別の言葉で呼ばれていたようです。それが、いつしか、鬼の神という意味である"鬼神"の文字があてられるようになったようです。3人揃うと誰も勝てないから鬼神。もしかすると、誰か命知らずが、3人に戦いを挑んだ事があるのかもしれませんね」


 という小枝の説明は、近くにいるヴァレンティーナの耳にも入っていたはずだが、彼女は反応を見せなかったようだ。そんな彼女の顔は真っ赤。リンゴなど比較にならないほど、顔が朱に染まっていたようだ。何か思い出したくない過去があるのかも知れない。……所謂、黒歴史という過去が。


魔王「姉のヴァレンティーナさんの遠距離通信の魔法も含めて、犯罪に使えそうな魔法ばかりですね」


代官「アルほどじゃないと思いますわよ?」


魔王「いや、そんなことは——」


代官「純粋な筋力だけで、どのくらいの高さまで飛び上がれるかしら?」


魔王「……ブ、ブレスベルゲンの外壁を飛び越えられるくらい……?」


化け猫「お城の天辺まで跳んでるのを見たにゃ!」


魔王「……そんなこともあったかもしれません」


代官「ブレスベルゲンで一番魔力量が多いのは?」


魔王「そ、それはテンソr——」


古龍「…………」じぃ


魔王「……私です」


代官「筋力強化の魔法を全力で使って、100メートル走をしたら?」


魔王「それは試したことが——」


魔神「この前、0.3秒未満で走っていましたよね?というか、跳んでいましたよね?ギリギリ超音速だったので、ものすごく喜んでいたことを記憶しています」


魔王「はぅぅ……」ぷるぷる


諜報機関長「(ブレスベルゲン、こわい)」わなわな

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