6日目-19
小枝たちは町の中を不動産屋に向かって歩いていた。不動産屋は2丁目の飲食店街の一角にあったので、ギルドのあった1丁目から町を反時計周りに回り、自宅の前(?)を通って、2丁目へと歩いて行く。
「大分、家々も修復が進んでいるようです」
「……小枝が壊した家」
「……姉様。人聞きが悪いので、その話は帰ってからにして下さい」
「えっ?何その話」
「いえ、終わった話です。グレーテルも、何でもありませんから、気にしないで下さい。むしろ気にしてはいけません」
と、ニッコリと笑みを浮かべながらそう口にする小枝。しかし、彼女の言葉とは裏腹に、町の修復作業は終わっておらず……。2日前のスタンピードの際に小枝がエンジンを吹かしたせいで半壊した家や屋台などが依然として残っているままだった。2丁目に被害が多かったのは、小枝がエンジンを吹かしたのが、町の中心から見て2丁目の方角だったからだろう。
「気になるけど、聞いちゃいけない感じの話?」
「聞いてはいけないわけではありませんが、これから先、平凡に生きていきたいなら聞かない方が良い話です」
「えっ……」
「まぁ、機会があったらお話ししましょう。……おっと。飲食店街の方も開店を始めたようですね。でも……正直言って、嫌いな場所なんですよね……ここ」
小枝は2人にだけ聞こえるようにそう言った。彼女にとってブレスベルゲンの飲食店街は、ある意味、地獄のような場所で……。かのHealth Kitchenもその一角に建っていた。ようするに、GTMN料理を提供する店ばかりが建ち並んでいたのだ。まともな料理と言えば、パン生地に肉や野菜を挟んだサンドイッチを提供する屋くらいのものだろうか。尤も生地が硬すぎて、そのまま食べるというのは、女性の顎には厳しすぎるようだが。
そんな飲食店街は、まだ朝だったこともあり、開店している店は疎らだったようである。一部に朝食メニューを出している店もあるにはあるのだが、それほど数は多くなく……。そのせいか、開店している店に人々が集中していて、店の入り口に行列が出来上がっていた。皆、冒険者のような装いだったのは、昼食を買ってから仕事に出かけるためなのだろう。
そんな者たちの中から、ふと、こんな声が聞こえてくる。
「いやー、まさかトイレが詰まるなんてな……」
「お前んところもか?こっちはキッチンの排水溝が詰まっちまったぜ」
「噂によると、町中で下水が詰まったらしいぞ?だけど不思議なんだよな……。普通、下水が詰まったら、臭いで酷いことになりそうな気がするんだが、そういうわけじゃないって話だし……」
どうやらブレスベルゲンの町中で、下水が詰まってしまったようである。
そんな会話を聞いた後で、小枝とキラが、他人事のように会話を交わす。
「下水が詰まるなんて、大変ですね?姉様」
「……ばっちい」
「えぇ、私もそう思います。下水処理施設の方々には一刻も早く、下水詰まりをどうにかして貰わなければ、雨が降ったりした時、大変なことになりそうです」
「……依頼が出るかも知れない」
「出てもやりたくはないですね……」
「ねぇ、2人とも?」
3人の内、唯一の良識人グレーテルが、小枝とキラに問いかける。
「それ、分かってて言ってる?」
「「…………?」」
「……ううん、分かってないなら良い。その方が幸せなこともあるかも知れないから……」
そしてグレーテルは、それ以上の言葉を飲み込むことにしたようだ。……言っても仕方ない。そう判断したようである。
そんなこんなで町の中を歩いてきた3人は、いよいよ不動産屋の前にやって来る。飲食店が建ち並ぶフェアアベニューから逸れてすぐのところ。そこに不動産屋はあった。……そう、あったのである。
「そんな……あり得ないです!」
何があり得ないというのか……。それは、声を上げた小枝の視線の先にあった張り紙に原因があった。
「……閉店?」
「昨日まで問題なくやっていたのに、今日になって閉店ですか?いったいどうして……」
「……小枝が豪邸を格安で譲り受けたから?」
「いえいえ、それはありえません……って断言できないのが痛いところです……」
どうやら小枝としても、今の自宅の価格が、月1万ゴールドというのは、あまりに安すぎると感じていたようである。
小枝は知らなかったものの、彼女が借りることになった自宅は、本来、月120万〜180万ゴールドほどが相場の賃貸物件。つまり、残り119〜179万ゴールドは、不動産屋が負担しなければならず……。その分が不動産屋の業績に影響を与える可能性は否定出来なかった。
ただ、昨日の今日で破産するというのもおかしな話である。通常、税金などの支払いは、翌月の集計か、あるいは翌年に一括で払うというのが普通のはずなのだ。つまり、不動産屋が閉店してしまったのは、小枝が原因と言うよりも、元々も潰れる事が決まっていた、と考える方が自然だろう。
そして小枝が眉を顰めてしまった理由はもう一つあった。閉店のメモ書きに、こんなことが書いてあったのだ。
「……今の賃貸物件の権利は、一旦領主に帰属する……とは、どういう意味でしょうか?」
どういうことなのか、と首を傾げる小枝だったが、どうもこうもなく、その文言がすべてを語っていた。どうやら小枝がせっかく手に入れた物件は、不動産屋の閉店に伴い勝手に彼女の手を離れ、領主が与る物件となってしまったようだ。




