2.9-49 国49
「金の気配もするけど、人の気配もする」
「へぇ?あの中に人がいるの?」
「いる。たぶん、3人」
「ホント、どんな気配を感じてるのか、知りたいわね……。特に金の方」
人の耳には聞こえない息遣いでも聞こえているのだろうか……。金が呼吸をしている光景を想像しながら、グレーテルは足を進めた。
その後ろを、ノーチェが付いて歩いていたようだが、扉に近付くにつれ、彼女の表情が暗くなっていく。
「このまま行けば、見つかる気がする。ノーチェなら透明でも、近付けば分かる」
「そりゃそうでしょうけど、部屋の中に入らないと、金は手に入らないわよ?」
「中の人、どうする?」
ノーチェの気配察知の通りに部屋の中に人がいた場合、扉を開けた瞬間に戦闘は避けられないだろう。たとえ、2人が、透明化の呪文を使って不可視の状態になっていたとしても、扉の動きを誤魔化すことまではできないからだ。
しかも相手は3人。そして、ノーチェたちは2人だけ。魔族の戦力が不明な以上、数で劣勢というのは危険と言えた。
普段のノーチェなら、部屋の中にいるのが3人でも、10人でも、気にする事なく部屋に乗り込んで、魔族たちを排除していたことだろう。しかし、この日、ノーチェは慎重だった。小枝から、とある指示が出ていたからだ。
『魔族を制圧するときは、魔族1人につき、5人以上で対応すること』
安全を考えるなら、騎士道・武士道の類いは関係無い。卑劣と言われようが、なんと罵られようが、皆で寄って集ってタコ殴りにしろ……。それが、小枝の指示だ。
グレーテルもそのことは覚えていた。ゆえに、彼女は、すぐに、ノーチェがなぜ慎重になっているのか思い至る。
しかし、彼女の表情は暗くならない。どうやら考えがあるらしい。
「私、魔族を尋問してからというもの、ずっと考えてることがあるのよ」
「?」
「どうして魔族は、迷宮の外で活動するための仮の身体を、人そっくりに作ったのか、って」
「……きっと、迷宮の外で、人間と会って、金を集めるため!」
「まぁ……金はどうかか分からないけど、ノーチェの言うとおり、迷宮の外の人間と交流を持ちたかったのかも知れないわね。でもさ?別に、生理現象まで再現させなくても良いと思わない?」
「せいりげんしょう?あっ、うんk——」
「おっと、喋ってたら、扉の前まで来ちゃったわね。ようするに、よ?」
グレーテルはそう言って、目の前の扉に向かって手を翳した。すると、彼女の手だけが虚空へと消える。
それから10秒後——、
『『『うひぃぃぃっ?!』』』
——扉の向こう側から断末魔が聞こえてきた。どうやらグレーテルは、扉の向こう側にいるだろう者たちに対して、何かをしたらしい。
◇
1分ほど前のこと。扉の向こう側では、3人の魔族たちが、そこにあった財宝の山を見上げながら談笑をしていた。
「人間共が、このようにキラキラとしたものを集めようとするのは何故だ?何の意味がある?まぁ、ドラゴン共も似たような習性を持っているが……」
「迷宮では、そこら中、無造作に転がっていますから、清掃係がいつも苦労しておりますな!」
「確かに。そう考えると、もしや、この部屋は、ゴミ捨て場ではないでしょうか?」
「ふむ……しかし、その割には、綺麗に整理されているように見える。ほれ、見て見ろ。陳列棚のようなものに、並べられているものまである」
「変わった習性ですな。やはり我々とは、相容れない考えを持っているのでしょうな」
「理解に苦しみますね」
そんな魔族たちの会話の通り、迷宮内では、金銀財宝の類いはごくありふれた出土品である。魔族たちにとっては、無価値な品。石ころ同様。まさしく、地面に転がるゴミの一種だったのだ。
ゆえに、それらを好き好んで集める人間たちの行動は、魔族たちには理解出来なかった。それが彼らの発言の理由である。
無価値の品なのだから、焼き払ってしまおうか……。3人がそんな会話に至ろうとしたときのこと。
ブゥン……プシュゥゥゥゥッ!
部屋の中のどこかから、何かが噴き出すような音が聞こえてくる。
「何だ?!」
「トラップですかな?!」
「いや、そんな気配は……」
魔族たちが困惑していると、音はすぐに消えた。
一体何だったのか……。周囲を見渡しても変わった事は無い。臭いもしないので、ガスが充満している様子でもない。その他、身体に変化もない……。特に問題が無いことを3人で確認した——その直後のことである。
「うっ……?!」
「ん?どうした?」
「腹が……腹が痛い……!」
「何?変なものでも食った——」ゴロゴロゴロ「うっ?!うぉっ?!」
「何だ?!二人とも?急に腹を押さえて……」ゴロゴロゴロ「うぐっ?!こ、これは……っ!」
魔族たち3人が急に腹部を押さえて蹲る。その内に——、
「「「うひぃぃぃっ?!」」」
——腹部の痛みが極限にまで達したらしい。
結果、3人は蹲ってすらいられず、地面に崩れて、のたうち回り始めてしまったのである。
夜狐「グレーテルお姉ちゃん、汚い」
魔女1「まるで私が汚いみたいな言い方ね?いやまぁ、確かに手段としては、汚い方法かも知れないけど……」




