2.9-42 国42
なぜ自分たちは、この場に呼ばれたのだろうか……。今までブレスベルゲンの政や、小枝の理不尽、あるいは魔族というものに直接関わってこなかった者たちは、今この場にいる事を、文字通り場違いではないかと思っていたようである。小枝が見せたデモンストレーションは、本来、ブレスベルゲンの"影"に隠れているべき事柄である。公にすべきことではないのではないか……。そう考えると、尚更に、この場にいる事が間違いだとしか思えなかったらしい。
「あの、コエダ様?」
エカテリーナが問いかける。
「このデモンストレーションをなぜ私たちにお見せになったのでしょう?」
エカテリーナは、ここにある施設の存在と用途を知るべき立場にある。ゆえに、彼女の質問は、その言葉通りの意味を持たない。
『ここの存在を知る必要の無い者たちに対して、教える必要はなかったのではないか?』
それがエカテリーナの言葉の副音声だ。
そんな疑問にも答えるように、小枝が説明する。
「ここの施設は、皆さんにも活用して欲しいからです。戦争のためだけに情報収集設備を使うなんてナンセンス。戦争以外にも、魔物の位置を特定したり、天気を予測したり、荷物の到着予定日を確認したりするなどにも活用出来ます。ちなみに、私の"眼"を活用している以上、人の家を覗いたり、お風呂を覗いたりするなど、悪用はできませんのでご安心ください」
「……理解しましたわ。それでしたら問題はございませんわね」
小枝の最後の一言が、エカテリーナのことを安心させたようだ。ただ、そのわりに、エカテリーナはすこし残念そうな表情を浮かべていたようだ。何か思うことがあったらしい。
一方、2人のやり取りを聞いていた他の者たちの間では、ざわつきが広がっていた。
「天気を事前に予想することができれば、世界が変わるぞ!」
「えぇ。雨具の販売や、農作物の栽培などにも活用出来そうだ」
そう口にしていたのは、ブレスベルゲン商工会議所の商業部門長ヴァンドルフと、シェリーの父親で商人をしているリンカーンである。2人とも、商人としての視点から、情報収集設備を見ていたようだ。
他にも——、
「警備がすごく楽になりそうだ。わざわざ歩哨を巡回させる必要もなくなるだろうからな」
「完全に巡回を無くすのは難しいと思いますけど、ブラウちゃんの出動の機会はずっと減らせますね」
「さんぼ、すき!」ふさぁ
——ブレスベルゲン騎士団のグラウベルとアリス、それに狼が人に化けた少女ブラウも、好意的な反応を見せていたようだ。昼夜問わず、ブレスベルゲン内外の警備に人を出すのは、大変な事らしい(?)。
他にも、冒険者事務局の関係者たちや、ドラゴンたちが、あーでもない、こーでもないと騒いでいたが、皆、情報収集設備には、好意的な意見を口にしていたようだ。リアルタイムかつ広範囲の情報にアクセスできることの重要性に、皆が気付き始めていたのである。……小枝が監視目的で使用しないことを明言したので喜んでいたわけではない、はずだ。
そんな中で、グレーテルだけは、険しい表情を浮かべていた。隣にいるシェリーが、依然として鋸を手にしていたことも原因の一つだが、グレーテルには小枝に報告すべき事があったものの、その機会を見つけられずにいたのである。
「(魔族のこと、いつ話そうかしら……)」
グレーテルたちは、レゼント王国からやってきた魔族の男を尋問して、情報を吐かせたのである。果たして、皆の前で報告して良いものか、あるいは皆と別れてから報告したほうがいいのか……。グレーテルには判断が付けられず、機会をうかがっていた、というわけだ。
「(急ぎと言えば急ぎの情報だけど、別にあとで説明しても状況はあまり変わらなそうだし……)」
少々、優柔不断気味に、グレーテルは悩んだ。そのせいで、彼女の眉間に皺が寄る。
そんな彼女の様子に、小枝が気付く。
「グレーテルさん。どうかされたのですか?」
グレーテルにとってはチャンスだった。ゆえに彼女は、隠すことなく、悩みの内容を口にする。
「さっき、捕まえた魔族の尋問をしたんだけど、その内容をいつ伝えようかな、って……」
その瞬間、場の空気が固まる。ピシャリ、という音が聞こえてきそうなほどだ。談笑していたはずの者たちも口を閉ざし、一斉にグレーテルの方を向く。
小枝についても似たようなものだ。彼女の表情は変わっていなかったものの、明らかに雰囲気が変わる。
「尋問しているという話は初めて聞いたのですが……」
「あれ?尋問するって、言わなかった……あっ、言ってなかったかも知れないわ」
グレーテルが思い出す限り、尋問のことを知っているのは、女神たちと、ノーチェ、シェリー、それにレゼント王国の者たちと、尋問された本人くらい。そのうち、この場にいるのはノーチェのシェリーだが、彼女たちが小枝に状況を報告するわけも無く……。小枝たちは、グレーテルが魔族の尋問をしているとは知らなかったのである。




