2.9-32 国32
閲覧注意なのじゃ。
……悪いのはグレーテル殿、とだけ先に言っておくのじゃ?
人は舌を噛み切れば出血多量、あるいは血液の誤飲による呼吸困難で死に至るのである。魔族の場合も同じらしい。血が通っていないという伝承とは裏腹に、赤い液体が男の口からこぼれ落ちる。
しかし——、
「小娘が——何だって?」にやぁ
——グレーテルが口角を吊り上げた途端、彼の口から出ていた液体は止まってしまった。そればかりか——、
「なっ?!舌が、治った……だと?!」
——噛み切ったはずの舌が元に戻り、痛みすら消えたらしい。
それもそのはず。
「良かったわ。人と同じ身体の作りをしているみたいね」
グレーテルが魔族に対して掛けた魔法は、超回復薬を少しずつ彼の胃の中に転移させるというものだったのだ。
「貴様!我の身体に何をした?!」
「教える訳ないじゃん。もっと魔女のことを勉強してから質問しなさい。まぁ、ここから帰れるとは限らないけれどね」
と言って、グレーテルはシェリーの方を振り向いた。すると、そこには、大きな声を出す魔族の男に怯える少女の姿——ではなく、どこかボンヤリとした様子のシェリーが立っていたようだ。心ここにあらず、といった様子だ。どうやら、自白剤による二次的な被害を被って、思考や感情といったものが麻痺しているらしい。
その原因となったグレーテルは、困ったように首を傾げた。
「うーん……分量を間違えたかしら……。まぁ、多少なら問題無いでしょ」
薬屋にはあるまじき適当さである。
「さぁ、シェリー。尋問の時間よ?洗いざらい隠していることを聞き出しなさい」
「……はい。聞き出します」
「(やっぱり、分量を間違えたかも……いや、そもそも、揮発性の自白剤を使ったこと自体が間違いだったかしら?)」
シェリーが役に立たなかった場合、自分が彼女に変わって尋問をしよう……。グレーテルがそんな事を考えていると、シェリーは近くの机の方へと歩いて行く。ただし、魔族の男が固定されていた台とは逆の方向だ。
そこに置かれていたのは工具だった。とはいえ、尋問、あるいは拷問に使うための道具ではない。普段、尋問室を使う事はないので、この部屋は倉庫代わりに使われており、工具が偶然置かれていたのだ。おそらく、ノーチェ辺りが置いたのだろう。
その工具の内、シェリーが手に取ったのは——、
「これが良いかなぁ」
「え゛っ」
——何故か鋸だった。木の切断に使う鋸だ。鉄工用と違い、歯の1つ1つが大きく、間違って歯に触れると怪我をしてもおかしくない、そんな鋸である。
シェリーは鋸を持つと、なぜか満面の笑みで魔族の近くまで駆け寄ってきた。そして、何を思ったのか——、
「これを頭に——」
ザンッ!
「ギャッ?!や、やめ————ッ!!」
——男の頭に叩き付けたのである。
子どもの力だったためか、斧は男の額に少し刺さるくらいで止まっていた。しかし、子どもの力とは言え、そのまま鋸を引けば大惨事は免れないだろう。
流石のグレーテルも、いきなり拷問紛いのことをするつもりはなかったためか、シェリーの行動を見て、慌てて彼女の事を止めようとする。
「ちょっとシェリー?!何してるのよ?!」
「えっ?尋問ですよ?」
「あなたがしてることは尋問じゃなくて拷m——」
「尋問って、頭の中から情報を引き抜くことですよね?だから、これから頭の中身を引き抜こうと思うんです。いいじゃないですか?死のうとしたって死ねないんですから、すこし雑に扱っても死にませんよ」
「ちょっ……この娘、どういう考え方をしてるのよ?!」
「や、やめろっ!くそっ?!なんで魂の接続が切れない?!」
「動かないで下さいね?できるだけ優しく頭の中身を引き抜きますから!」
「や、やめっ……やめてくれっ!!」
「あははは〜」
「やめなさい!シェリーッ!」
尋問室の中は悲鳴に包まれた。魔族の男の叫びだけではない。グレーテルの悲鳴もまた、同じくらい響いていたようだ。
時計職人「なんか煩いですね。こう、キャーキャーと」
???「……問題無い。金属の切削音が響いているだけ」




