2.9-22 国22
「あの……もしかして、あなたは魔女——」
「だ、ダメですよマティアス!そのような失礼な質問は」
「す、すまない。いやしかし……本当にこの方に、尋問を頼むのか?」
レゼント王国の騎士マティアスは、疑問に溢れかえっていた。なぜここに危険な存在であるはずの魔女がいて、さらには堂々と薬屋を営んでいるのか。魔女に魔族の尋問を頼んで、本当に尋問は成立するのか。そもそも、自分たちはここにいて安全なのか、などなど……。彼の中にある常識が、絶え間ない疑問と不安を生み出していく。
それは、付き添いの女騎士や、ギルド職員のヴィルヘルムも同じだった。しかし、2人は、マティアスとは違い、余計な質問はしない。その質問が自分たちの生命の危機に直結するかも知れない、と直感したからだ。
3人にとって、目の前の魔女は、単体で見るなら魔族よりも恐ろしい存在なのである。レゼント王国では、魔女を見つけ次第、討伐隊が結成されるほどだ。しかも、その討伐がたまに失敗して大損害を被ることがあるのだから、彼らの恐怖が相当なものだと伺い知ることができるだろう。
マティアスも、黙って首を振る同行者たちの様子を見て、口を閉ざした。結果、3人ともが、グレーテルの不満げな表情を前に、身を竦ませることになった。猛獣が目と鼻の先にいるようなものなのだから当然だ。
尤も、グレーテルの隣にいる小柄な少女の正体は、猛獣どころの騒ぎではないのだが。
「……のう、グレーテルよ。この者たち、いわゆるお上りさんではなかろうか?我らに対するリスペクトが見受けられぬ」
と、テンソルが煽る。無意識ではない。故意だ。マティアスの発言が気に食わなかったらしい。
しかし、当のグレーテルは気にしていないようだ。
「テンソル。あなた、リスペクトなんて言葉、よく知ってたわね?」
「む?いちおう、この身なりでも、其方の百倍くらいは長い時間を生きておるからな」
「はいはい。あまり年齢の話をしていると、お婆ちゃんって呼ぶわよ?」
「んなっ?!」
という普段通りに取り留めのないやり取りをした後で、グレーテルの視線はシェリーに向けられた。
「この人たち、ブレスベルゲンの人間じゃないわね?」
その問いかけに、シェリーは臆することなく返答する。彼女にとって、グレーテルは、近所のお姉さんという程度の認識。マティアスたちとは比較にならないほど、魔女に対する忌避感も恐怖も無い。
「はい……。レゼント王国からいらっしゃいました。レゼント王国は今、魔族に襲われているらしく、小枝様方に助力を願いにやってきたそうです」
「なるほど、魔族……魔族ねぇ……」
グレーテルの視線は、次に魔族の男へと向けられる。品定めをするかのような視線だ。
「つまり、レゼント王国を助ける一環として、この魔族から情報を引き出せと?」
「可能でしたら……」
「あの女神たちに頼まれたのに、そんな弱気で良いの?」
「だって……グレーテルさんに無理だと言われたら、もうそれ以上、私には何もできないですもん!私に魔族の尋問を全部任せるとか、女神様もノーチェちゃんも酷すぎます!ただの商人の娘に、尋問なんてできるわけがないじゃないですか!」
「……なるほど。あなたも苦労してるのね……」
シェリーは特別な力を持たない。どこにでもいるような普通の少女と言っても良い人物だ。
ただ、ここはブレスベルゲン。しかも、木下家の中なのである。ただの少女がいるような場所ではない。なにしろ、シェリーもまた、小枝たちから色々な事を教わっていて、この世界の人々が持ち得ない知識を得ているのだから。
「面白そうだから協力してあげる。でも私は尋問しない。尋問するのはあなたよ?」
「は、はひぃ?ちょっ……私の話を聞いてましt——」
「テンソル?ちょっと、シェリーに魔族が何たるかを叩き込んでくるから、あとはお願いね。セラスもいるから大丈夫でしょ?」
「セラスがいても、あやつは喋らぬゆえ、店番の足しにはならぬのだが……」
とテンソルが言っている内に、グレーテルはシェリーと魔族の男を引きずって、どこかへと行ってしまった。その代わりに、店の奥から魔女セラスがヌッと現れる。グレーテルとテンソルの話が聞こえていたらしい。
セラスの登場に、マティアスたちは言葉を失っていた。魔女が1人だけだと思ったら、2人目が出てきたのである。しかも、テンソルは、その魔女よりも100倍長生きしているというのだ。いったいここは何なのだ……。そんな思考がマティアスたちの頭の中で渦巻いて、理解が追いついていなかったようだ。
そんな折。
「アルお姉ちゃん……魔王アルティシア様が呼んでる。ノーチェに付いてくる」
ただでさえカオスが立ちこめていた空間に、ノーチェが更なるカオスを投下した。
夜狐「ノーチェはもっと流暢に喋る。片言じゃない」
機械狐「では、普通に喋ってみるのじゃ」
夜狐「……普通に喋ってみたのじゃ」
光狐「いや……流暢なのは分かるけど、それ普通の喋り方じゃないかなぁ」
機械狐「…………ぐすっ」




