2.9-17 国17
この大陸では、基本的に、獣人の社会的立場は低い。奴隷と同等か、それ以下の扱いだ。ゆえに、シェリーの言葉を遮ったノーチェに対し、ヴィルヘルムたちから向けられる視線は鋭いものとなった。
しかしそれでも、ノーチェは怯まない。
「この杖を何に使おうとしてるか教えて」
ノーチェには、ヴィルヘルムたちが、杖を魔物討伐に使わないのではないかと疑っているらしい。ヴィルヘルムたちは、杖を魔物以外に使うことを明言したわけでもなければ、発言の中に何か不穏なニュアンスを含ませていたわけでもない。それでも、ノーチェとしては、なにか引っかかりを感じていたようだ。
「犯罪に使われたら困る」
ノーチェたちが作った杖は、魔物だけでなく、使おうと思えば人にも使う事が出来るのだ。武器なのだから当然である。ゆえに、ノーチェとしては、使用用途をハッキリとさせておきたかったようだ。
対する3人の内、ヴィルヘルムの表情だけが少しだけ動く。やはり、嘘が付けない性格らしい。一方、他の2人は、ノーチェが話し出した後からずっと仏頂面だ。腹の中で何を考えているのかは不明である。
そんな3人の挙動にノーチェが目を細めていると、ヴィルヘルムがあからさまに苛立った様子で返答した。
「もちろん、魔物に対してしか使わんさ」
「神様に誓える?」
「あぁ、誓っても良い。しかし、随分と失礼なお嬢さんだ。そういった態度は——」
と、ヴィルヘルムがノーチェに対して苦言を呈そうとしたとき、カトリーヌが顔を青ざめさせて、ヴィルヘルムの発言を止めさせようとする。最悪の事態を考えてしまったらしい。
しかし、彼女が口を開くよりも早く、ノーチェが言葉を続けた。
「御託は良い。実際に誓って貰う」
「は?御託って——」
「頭取!」
最初はヴィルヘルムを止めようとしていたカトリーヌだったが、今度はノーチェのことを慌てて止めようとする。展開が読めたらしい。
しかし、やはりカトリーヌの呼びかけは届かない。
「女神のお姉ちゃん。来て」
「あー……終わった……」
カトリーヌが頭を抱えたその直後。彼女が予想したとおり——、
ブゥン……
「はいはい。呼びましたかね?」
「事件ですか?事故ですか?」
「お困り事なら、任せて下さい!」
——女神3人衆が現れた。3人とも聖都には帰らず、ブレスベルゲンに居座っていたのだ。とはいえ、自宅警備員をしているわけではない。キラに新しい機動装甲を作って貰ったことの恩返しとして、町の治安維持に一役買っていたのだ。ちなみに、ノーチェの呼びかけだけでなく、ブレスベルゲンの中で神に助けを求めると、誰の前にでも現れるらしい。
「だ、誰だ?」
「えっ?誰って……女神ですが?」
「教会に私たちの像が飾ってありますよね?」
「急に本物が現れたので、信じられなかったのでしょう。で、用件は何ですか?ノーチェちゃん」
「この人たちが、神に誓いたいことがある、って言ってた。聞いてあげて」
「「「喜んで」」」
と、女神たちが3人揃って返答した直後、彼女たちの身体が中に浮き上がり、何やら発光を始める。なお、後光でも何でもなく、ただ光っているだけだ。
それでも、彼女たちに初めて会うヴィルヘルムたちは、女神たちの雰囲気に圧倒され、自然とその場に膝をつき、祈りを捧げてしまう。小さい頃からの習慣として、身体に染みついているのかも知れない。
「「「さぁ、誓いの言葉を。さすれば、啓示を授けましょう」」」
「「「は、はいぃぃっ!」」」
と、ヴィルヘルムたちは女神たちの呼びかけに答えはしたが、一向に誓いの言葉を口にしようとはしない。ただ一言、"杖を人に向かって使わない"と言えば良いだけなのに、だ。
結果、ノーチェが、疑念を確信に変えつつあった、そんな時のことだった。
「「「……!この気配……」」」
何やら女神たちが反応する。その相手は、ヴィルヘルムたち、ではない。
彼女たちがいた冒険者事務局の訓練場のすぐ外側。そこに何かを見つけたようである。




