2.9-14 国14
「……ふぇ?杖を借りに、ここまで来る?」
「そう……そうなんです。私もここまで反応が大きいとは思っていなかったんですが……」
冒険者事務局にある別室へと案内された後。シェリーたちは、カトリーヌから、状況の説明を受けていた。
カトリーヌによると、杖に興味を持ったのは、ハイリゲナート王国の北東に位置するレゼント王国の冒険者ギルドらしい。当初、カトリーヌは、杖をレゼント王国まで持っていく方向で調整しようと考えていたようだが、レゼント王国の冒険者ギルドと話をしている内に、ブレスベルゲンまで取りに来ることになったのだとか。
「かなり大きく興味を持ったらしく、輸送の時間すら待てないと言っていました。まぁ、こちらとしても、隣国まで持っていくのは手間が掛かることですから、良い申し出だったと思いますよ?」
「……そうですね。輸送もまたコストが掛かることです。それが無くなるのですから、こちらとしても、ありがたいことです。それで、いつ頃、ブレスベルゲンにいらっしゃるのですか?」
と、シェリーが問いかけると、カトリーヌの表情が険しくなる。
「それが……今日なんです」
「はあ……今日ですか…………は?今日?」
「先ほども言いましたとおり、先方は杖に対して、かなり大きい興味を持っています。輸送の時間すら待てないくらいの……」
「そ、それはあまりにも急ですね……」
商人の世界では、会合の約束を取り付ける場合、即日行う、というのは、ほぼありえない事である。お互いの準備ができていれば話は別だが、相手にも都合や準備というものがあるので、それらを無視して即日打ち合わせを行うというのは、相手に失礼な行為でしかないからだ。
それはカトリーヌも分かっていることだったが、彼女には断ることができなかったらしい。
「えぇ、確かに急です。私も最初は無理だ、と断ったのですが、先方のところでは、深刻な食糧不足に陥っているようで、どうしても急いで話を進めたいと言っておりまして……。急いで対応した分の費用も、全部出すと言っておりました」
「そう、ですか……(カトリーヌさんの話を聞く限り、悪くない話だとは思いますが……)」
シェリーは考え込んだ。彼女たちの準備は整っていて、すぐに対応することは可能。しかし、うまい話には穴があるというのは、商人の世界では常識のことだったのだ。
一方、彼女の隣に座っていたノーチェは、あまり気にしていない様子だった。というのも、彼女は商人ではなく、出資者。出資者の観点から見ると、マイナスになることはなさそうに見えていたので、罠があったとしても、大した問題ではないと考えていたようである。
「……シェリー。何か、気になることがある?」
「そうですね……。あまりに性急すぎる対応が気になっています。食糧難に喘いでいると言っても、数日くらいは待てるはずです。それが、急に今日来て話し合いたいなんて、"裏がある"と言われているのと同じようなものです。ノーチェちゃんはどうすれば良いと思いますか?」
「話を受ける」
「即答ですか……」
「話を受けて、罠があったら……罠ごと相手を嵌める」
「うっ……」ぶるっ
シェリーは小さく震えた。莫大な資産を持つノーチェの言葉には、何か目には見えない力のようなものが含まれていたらしい。
結果、シェリーは腹を決める。
「……分かりました。カトリーヌさん。その話、お受けしましょう。時間と場所の調整をお願いできますか?」
「えぇ、分かりました。こちらですべて調整します」
カトリーヌは快く、シェリーの言葉に頷いた。そんなカトリーヌの表情から憂いの色が消えていたのは、相手からスケジュールの譲歩を引き出せなかった事で感じていた負い目が晴れたからか。
こうして、シェリーとノーチェは、レゼント王国の冒険者ギルドの者たちと打ち合わせをすることになったのだが——、
「……ところで頭取」
「ん?」
「気に食わないからと言って、レゼント王国を滅ぼすようなことはないわよね?」
——カトリーヌとしては、打ち合わせの日程が云々ということよりも、ノーチェが口にしていた"罠ごと相手を嵌める"という言葉の方が、気になって仕方がなかったようだ。ノーチェの場合、その言葉は冗談ではなく、有言実行。一歩間違えなくても、国の破綻に繋がるのだから。
うーむ……。執筆時間をフレキシブルにすると、調子が狂うのじゃ。
難しいのう……。




