2.9-08 国8
ログハウスの中は、落ち着いた雰囲気に包まれていた。強すぎず、弱すぎない灯りが、やわらかく部屋の中を照らし出し、置いている家具も暖色系のものが多かった。
そんな部屋の中を見回していたフューリオンには、いくつか気になる事があったようである。面で光る灯りがどういう原理で光っているのか分からなかったり、家具の中に用途不明の板のようなものがあったり……。さらには——、
「……人形?」
——男一人で暮らしているにしては、ずいぶんと可愛らしい人形が飾ってあったりと、理解に苦しむ物体がいくつか存在したのだ。
「これはまるで——」
フューリオンが何かを口に出そうとした、その直前。
「待たせたな。茶の位置は分かったか?」
客間を用意する、と言って、つい1分ほど前に家の入り口で別れた少年が戻ってくる。随分と早い戻りだが、どうやら客間の準備は終わったらしい。
「……いや、こういった家屋に入るのは初めてゆえ、茶がどこにあるかは分からなかった」
「そうか?こういう家って、普通の家のような気がするんだけどな……」
「それに、余は茶というものを淹れたことが無い。もしも茶を見つけたとしても、途方に暮れていただろう」
「……は?」
少年は呆れた様子で、フューリオンのことを見上げていたようである。フューリオンの無知ぶりに、開いた口が塞がらなかったらしい。
それから少年は「はぁ……」という溜息を吐いたあと、茶を淹れ始めた。普段から茶を入れているのだろう。手つきに迷いは無い。
コトッ……
「茶だ。飲め」
「う、うむ……」ズズズズ「……うむ。美味いな」
茶を飲んだフューリオンは、かつてどこかで飲んだことがあるような味だ、などと思ったようである。
いったいどこで飲んだ茶だっただろうか……。もう少しで思い出せそうだ、などとフューリオンが考えていると、彼の思考を遮るように、少年から質問が飛んでくる。
「で、おっさん。名前は?」
「名前?あぁ、余はフューリオン。フューリオン.N=ハイリゲニアと言う」
「長い名前だな。おっさんで良いか」
「……まぁ、構わんが」
「いや、冗談だ。俺の名はジョン。フルネームだとかなり長いから、まぁ、ジョンとでも、小僧とでも、好きなように呼んでくれ。フューリオンのおっさん」
「結局、おっさんか……。では……ジョン。ここはどこだ?」
流石に、世話になっている相手を小僧呼ばわりできなかったためか、フューリオンは少年のことをジョンと呼ぶことにしたらしい。
対するジョンは、フューリオンの質問を聞いて、彼にジト目を向ける。
「それは本気で言っているのか?まぁ、確かに、俺の名前はこの国の人間っぽくはないから、ここがどこか疑うのも分からんでもないが……」
「……本気で聞いておる。恥ずかしい事に、余はどうやら迷子になってしまったようでな……。元いた場所に戻るにしても、まずは自分が置かれた状況を知りたいのだ」
「……そうか。やっぱり、フューリオンのおっさんからは厄介な気配しかしねぇな」
ジョンはそう言うと、近くの戸棚の上にあった黒い板のようなものに視線を向けた。
その直後——、
パチッ
『——本日の、札幌ジオフロントの天気は晴れ。最高気温は22度。旭川ジオフロントの天気は——』
——と、黒かった板に絵が表示され、音声が聞こえてくる。所謂天気予報だ。それも地球の。
それを見てたフューリオンは、目を丸くして、まるで打ち上げたロケットのごとく勢いよく立ち上がった。
「こ、これは……!」
「おっ?この反応、アレだな?」
ジョンがニヤリと口角をつり上げる。
「おっさん、どうせ、板の中に人が閉じ込められてる、とか思ってるんだろ?それか、板の向こうに人がいる、とか」
「……違うのか?」
「あぁ、違うな。でもまぁ——」
そう言ってジョンも立ち上がった。そして彼は、フューリオンが思ってもいなかった言葉を口にしたのである。
「フューリオンのおっさんがどこから来たのかは分かった」
「……!」
「さて……せっかくの来訪者だ。どうしてくれようか……なぁ?」
そう口にするジョンは、とても嬉しそうな様子で、少年らしい笑みを浮かべていたようである。しかし、その笑みがあまりに良い笑みだったためか、フューリオンは逆に底知れぬ不安を感じていたのであった。
老後は、狐をモフモフできるような場所に住みたいのう……。
……そもそも、老後というものがあるかどうか、分からぬが。
なお、妾の居住地は北海道ではない模様。




