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2.9-01 国1

 フューリオンの身体が、放物線を描いて吹き飛ぶ。大きな力によって弾き飛ばされたのだ。


 しかし、彼の身体が吹き飛んだのは、何者かによる攻撃によるものではなかった。彼は自らの力で、自分を吹き飛ばしたのである。……近衛騎士団長に対するゼロ距離での爆発魔法。それは、魔法というには稚拙で、むしろ暴発と表現した方が良いほどの反射的な魔法だった。


 おかげで、彼の身体はダメージを受けることになるが、幸い、彼に大怪我は無い。軽い火傷と打撲程度だ。人知れず、普段から鍛えていたおかげか、彼の筋肉が身体を守ったらしい。


   ドサッ……ズササッ!!


 地面でワンバウンドした後、身体を敢えて回転させることで、フューリオンは地面への落下によるダメージを相殺する。そして、空中で5回転ほど回ったあとで——、


   シュタッ!


——綺麗に着地した。彼が運動選手なら満点評価だろう。もはや、玉座でふんぞり返っている国王の動きではない。王城の騎士団にも、彼のような動きができる人間はそういないだろう。


「くっ……!ガイアスの忠告が役に立ったか……。癪だ」


 フューリオンは、軍務卿(きゅうゆう)の顔を思い出して悪態を吐きながら、自ら吹き飛ばした騎士団長のことを獣のごとき瞳で睨み付ける。


 対する騎士団長は、これまた人間とは思えないような動きをしていた。いや、"動き"と表現するのは適切ではないだろう。なにしろ、騎士団長は、腰の部分で2つに折れ曲がった状態。普通なら即死としか思えないような体勢で、しかしそれでもなお立って、フューリオンのことを見定めていたからだ。


「……正直、驚きました。あなた、人間ですか?」


「その言葉、そのまま其方(そち)に返そう。その姿、人間ではあるまい」


「ふふっ!ご明察。これは……戦力を見誤りましたかね」


 騎士団長はそう口にしたあと、バキバキという嫌な音を上げながら、上半身の位置を本来あるべき場所に戻した。その際

彼の側頭部から、2本の角が生えてくる。会合に参加して気を失っていた者たちと同じ角だ。その他にも、背中からコウモリのような翼が生えてくる。テンソルたちなどの人化したドラゴン族と見た目は似ているが、雰囲気はまったく異なっていて、別の種族なのは明らかだ。


 その姿に、フューリオンは覚えがあった。


「……おとぎ話の登場人物。魔族、か」


 今や、物語の中でした登場しない存在——魔族。フューリオンが聞き及んでいた魔族は、まさに、いま目の前に立っている人物のような容姿をしていたようである。


 対する()騎士団長は、ニヤリと笑みを浮かべて言った。


「いかにも。私は魔族。私たちがなぜここに来たかは分かるな?矮小なる人間よ」


「…………」


 フューリオンは眉間に皺を寄せた。その理由は、もちろん、現状に危機感を感じていたせいもある。


 しかし、彼にとって、それは些細な事。理由は別にあった。


其方(そちら)が不憫でならん……」


「……えっ?」


 魔族は、自分が何を言われたのかすぐに理解出来なかった。大抵の人間は、魔族を前にすると、命乞いをするか、戦おうとするかのどちらか。まさか、同情する人物がいるとは思っていなかったのだ。


「悪い事は言わん。すぐに手を引け」


「……ふん。命乞いか」


「いや、違う。其方(そちら)のために言っておるのだ」


「……えっ?」


「この件が小枝様や女神様に知られてみろ?全世界から魔族が根絶やしにされるぞ?」


「女神……!」


「いや、女神様はこの際、どうでもいい」


「……えっ?」


「世の中には、絶対に抗ってはならん御仁がおるのだ。流石の余でも、非のない魔族まで滅べば良いとは思わんのでな」


「ふ、ふん。人間がいくら集まったからと言って、私たちには勝てぬぞ!」


「いや……多分、あの方は人じゃない。この前、女神様を従えておったしな……」


「……えっ?」


 フューリオンの言っている事がいまいち分からなかったのか、魔族の男はやり取りの度に、頭にクエスチョンマークを浮かべていたようである。どうやら彼らは、ブレスベルゲンや小枝の事を知らないようだ。


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