2.8-39 科学?37
「……これは、サヨに課せられた罰なのかにゃぁ。悪い事は特にしてないつもりにゃんだけどにゃぁ……」
「む?いま何か言ったかの?」
「気のせいにゃ」
「しかし、"ひんしゅかいりょー"、とか言ったか?本当にそんな事が出来るのだろうか?」
テンソルは小枝の言葉を思い出していた。品種改良どころか、進化論自体を知らないテンソルとしては、小枝の説明を俄には受け入れられなかったらしい。とはいえ、小枝の説明を否定しているわけではない。飽くまで素直に納得できていないだけだ。
ちなみに、当の小枝はというと、その場にはいない。彼女にはやることがあるらしく、テンソルを呼んで品種改良について説明した後、どこかへと行ってしまった。
ゆえに、テンソルの疑問にはサヨが答えることになる。当然ながら、サヨにも進化論の知識は無いが、彼女の故郷の村に畑があった影響か、品種改良については何となく理解出来ていたようである。
「甘い果実がなる木と、病気に強い木を交配させると、病気に強くて甘い果実がなる木を作れるにゃ。絶対ではないから、何度も試さなきゃならないけどにゃ?」
「ふむ……ドラゴン同士の交配にも似ておるのやも知れぬ。強い親からは、強い子が産まれるからな。しかしだ、サヨよ」
テンソルはそこで言葉を止めると、眉を顰めてこう言った。
「米であれば、先日、我の魔法陣で、大きな米を収穫したではないか。品種改良などせずとも、アレではだめなのか?」
と、先日、王都で売ったラグビーボール大の米の事を思い出すテンソル。その元となった米は、確かに米らしい米ではあったものの、サヨが思っているのとは大きく異なっていたようだ。
「あの大きなお米は、お米じゃないにゃ」
「米ではない?米であろう?」
「んー、実は、お米には、うるち米と餅米の2種類があるにゃ。このうち、ご飯にするのに適しているのは、粘り気が少ないうるち米の方にゃ。でも、この前のお米は、潰すと粘り気が出る餅米 にゃ。食べて美味しくにゃいとは言わにゃいけど、お米として食べるなら、やっぱりうるち米の方がいいにゃ。ネバネバしてる米を毎日食べてたら、その内、国王様が喉に詰まらせるにゃ」
「ふむ……そういうものなのか……。難しいのだな」
「実際に食べれば、簡単に区別が付けられるにゃ。でもにゃぁ……」
サヨはそう言って腕を組むと、難しそうな表情で考え込むような素振りを見せる。
「でも、確かに、うるち米のように粘り気の少ないお米がにゃいから、品種改良は前途多難にゃ。どこかに粘り気の無い品種の米があればなんとかなるかもしれにゃいんけど……」
サヨはそう言うと、畑を取り囲むように作られている道ばたでしゃがみ込んだ。そして、そこに生えていた雑草の1本を徐に引っこ抜いて、テンソルに見せる。
「この辺のイネと交配させてみるかにゃぁ……」
「何だ?これ」
「野生のイネにゃ。雑草イネとも言うにゃ。食べられるお米ではないけど、食べられる稲と交配させれば、もしかしたら粘り気の少ないお米を作れるかも知れないにゃ」
「ふむ……これが野生のイネか。本当に雑草なのだな?実のようなものはついてはおるが……」ぷちっ「実の内部には何も入っておらぬぞ?殻だけだ」
「うにゃ。だから、食べられないお米にゃ」
「そういういことか。果たして食べられる米ができるのか……まぁ、やるだけやってみるか」
やる前から否定していたのでは身も蓋もないと思ったのか、テンソルはとりあえず、雑草イネの育成に取りかかることにしたようだ。彼女も地面から雑草イネを何本か引き抜くと、そこに付いていた実を指先でいくつか摘まみ取る。
「これが美味い米になれば良いのう」
テンソルはそう言うと、数日前にサヨたちの前で使った魔法陣を構築しようとした。ただし、今回は品種改良が目的なので、巨大化の効果はない。飽くまで、成長促進だけである。
しかし、彼女の魔法陣を書く手は、途中で止まることになる。
「……ところで、米に花は咲くのかの?」
どうやらテンソルは、稲に花が咲いた様子を見たことが無いらしい。非常に長い時を生きていて様々なことを知っている彼女だったが、元々の身体が巨大だったせいで、米粒よりも遙かに小さい稲の花を見つけるのは難しかったようである。
また1年が始まったのじゃ……。




