2.8-22 科学?20
ノーチェの朝は早い。自発的に朝食を作っている彼女は、誰よりも早く起きて、食事の準備を始めるのである。
彼女が目を覚ますと、大抵の場合、リビングは真っ暗。あるいは灯りが点いていたとしても、部屋にいるのは小枝かエカテリーナのどちらかだった。小枝の場合は、そもそも眠らないせいで、ずっとリビングにいるため。そしてエカテリーナの場合は、アルティシアよりも早く起きて、政の整理を行っているためである。
しかし、今日。目覚めてビングにやってきたノーチェがリビングで出会ったのは、小枝でもエカテリーナでもない別の人物だった。寝ぼけ眼の状態で、フラフラと身体を左右に揺らしつつ、降りた階段の先にいたのは——、
「んはよ」
「あ、ノーチェちゃん。おはようございます」
——聖女のユーリカだった。
「はやい……」
「ノーチェちゃんこそ。早すぎるのではないですか?」
「……食事の準備がある」
ノーチェは端的にそう答えると、キッチン裏の洗面所へと向かった。頭は半分寝ているのか、こくりこくりと船を漕いでいるかのよう。しかし、それでも身体が動いているのは、習慣のおかげなのかもしれない。
そんな彼女のことが危なさそうに見えたのか、ユーリカは手を伸ばした。その直後の事だ。
バサバサバサッ!
食卓の上に置いてあった紙の束に、ユーリカの手が当たってしまい、床にバラバラと落ちてしまう。
「ん?」
「あっ?!」
その音を聞いて、ノーチェは後ろを振り向いた。一方で、ユーリカは顔面蒼白。どうやら見られたくない内容が書かれていたらしい。
足下まで飛んできた紙の一枚を持ち上げたノーチェは、そこに描かれていた内容を見て、眠気が吹き飛んだように目を丸くする。
「絵が描かれてる……」
「ああ……見られちゃいましたか」
「何の絵?」
「冒険譚……私が知っている子ども向けの簡単なお話を、絵に描いてみました」
「…………」
ノーチェは食い入るように紙へと視線を落とした。
紙に描かれていた絵は、漫画ではない。文字は無く、1枚の紙に1つの絵だけが描かれているというシンプルなものだ。
ただ、キャラクターも景色も、かなり細かく描かれていて、ノーチェの感性からしても、美しい絵に見えたようである。見るだけで、物語のワンシーンを想像出来るような絵。具体的なものに例えるなら、絵本の1ページそのものだった。
「うまい……」ぺらっ
「え、えっと……見ても良いですけど、皆さんには内緒にして貰えませんか?」
「内緒?」
「恥ずかしいんです。人に見られたことはありませんし、見よう見まねで描いただけですので……」
そう口にした後で、ハッと何かに気付いた様子で、ユーリカは自身の口を押さえた。というのも、彼女が真似したのは、女神たちが描いていた漫画だからだ。女神たちが漫画を描いていることは秘密なのである。推測されるような事を安易に口にすべきでない、と彼女は発言した後で気付いたのである。
とはいえ、漫画のことは簡単に推測出来ることでもなく、その上、ノーチェはユーリカの絵に夢中だったためか、ノーチェがユーリカの懸念に気付くことはない。
「面白い。これを秘密にするのはもったいない。でもユーリカお姉ちゃんが秘密にして欲しいなら、ノーチェはだんまりを決め込む。だけど、対価が欲しい」
「た、対価ですか……?」
「ノーチェに続きを見せて欲しい」
「……なるほど」
ノーチェに何を要求されるかと身構えたユーリカだったが、その内容を聞いて微笑んだ。ノーチェはまだ子ども。その見た目通りの子どもらしい要求に、思わず破顔したのだ。
「この絵が、世界に通用するか、判断したい」
「……あの、ノーチェちゃんって、子どもですよね?」
「ん。子ども。子どもだから、子どもの権利を有効的に活用する」
「えー……」
本当に子どもなのだろうか……。ユーリカは疑問に思うが、その一言が口から出てくることは無かった。
夜狐「6歳の権利を行使する!」




