2.8-15 科学?13
大きな宝石が付いた杖を、可能な限り高く売るためには、どうすれば良いのか……。シェリーは考える。
商人にとって、利益を得るために必要なものは、コネと信頼だ。しかし、シェリーが考える限り、杖を売るために、コネと信頼が使えるとは思えなかった。
コネと信頼とは、既存の品などの"一般的な品"を売買するために使えるものであって、巨大な宝石の付いた魔法の杖という"非常識な品"を扱うためにも使えるとは思えなかったのだ。買う側が品物に価値を見いだせなければ、たとえどんなにコネや信頼があろうとも、金を出そうとは思えないのだから。
「普通の方法で売るって、やっぱり無理なんじゃないかな……」
ノーチェと共に昼食を食べようとして石段に座りながら、シェリーは悩む。ちなみに、今日の彼女たちの昼食は、ブレスベルゲンの屋台で買った焼き鳥だ。もちろん、その鳥肉はブレスベルゲンの名物、魔物肉である。
「何を悩んでる?」
焼き鳥を食べようとせず、ウンウン唸るシェリーに対し、ノーチェが問いかけた。
「どうやって売れば最大の利益が得られるかを悩んでいるんです」
「……?普通には売ればいい」
「普通ではないものを、普通に売るというのが難しいんです。もしかすると売れないか、とても安く買い叩かれるんじゃないかな、と心配しています」
「どうして?」
「相手の身になって考えて下さい。どこの馬の骨とも分からない女の子が、大きな宝石を使った杖を売りに来るんですよ?……いえ、出自がハッキリとしている人が杖を売ったとしても多分、同じ事です。買って下さいと言って、はいそうですかと、簡単に買ってもらえるほど安い代物ではありません。ましてや、繋がりのない国外で売ろうとしているんですから、状況はより深刻です」
「なら……やっぱり、小さくして売る?」
「……それしかないのかなぁ」
シェリーは飛び込みで営業をするほど、自分の商人としての腕に自身は無かった。そもそも、彼女は商人見習いどころか、商人らしい仕事をしたこともないのである。今はまだ、商人の娘でしかなく、商人としての経験はほぼ皆無。
しかし、相手が価値を見いだすためには、売り手としてプレゼンが必要だった。その方法が分からないのだから、売れるはずがない。
「あー、ダメだぁー。考えれば考えるほど、売れる気がしません……」
シェリーは溜息を吐いて、焼き鳥を口に入れた。幾分、冷えてしまっているものの、焼き鳥の香ばしい匂いが鼻腔を抜けていく。
そして食べ終わってから、彼女は独り言を口にした。
「こういう杖がたくさん出回れば、他の町でも魔物肉が食べられるようになるのに……」
ブレスベルゲン以外の町において、人は弱者。魔物の肉を食べるなど、滅多にあることではない。しかし、今、彼女が持っているような杖があれば、ブレスベルゲン以外の町でも、人々はより簡単に魔物を狩ることができるのである。
たくさん買ってもらえれば良いのに……。そんな考えが、シェリーの視界を狭めていたと言えるかも知れない。
ただ、幸いと言うべきか、彼女の隣には、視野狭窄に陥っていなかった相棒がいた。
「……じゃぁ、貸せば良い」
ノーチェがそんな事を言い出す。
「……?貸す?」
「そう、貸せば良い。1週間10万ゴールドくらい」
「そ、そんな高額の杖なんて、借りてくれる人は——」
そう口にしたシェリーの思考が動き出す。
「(ブレスベルゲンでの魔物肉の金額は、かなり堕ちているので、1週間で10万ゴールドは高すぎますが、他の町なら行ける?1匹魔物を狩れば、10万ゴールドなんて簡単に回収出来るはず……はっ?!)」
そしてシェリーは立ち上がった。
「行ける!行けます!壊したときの保証や、貸し出しのルールなどを考える必要はありますが、行けると思います!」
どうやら彼女の頭の中で、金稼ぎの方程式が組み上がったようだ。




