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2.7-25 蛇足25

 時間は数分だけ遡って……。


 国王フューリオンは焦っていた。突然、自分の所に、娘のヴァレンティーナが転移してきたことで、離宮で何か大変なことが起こっているのだと、否が応でも知ることになったからだ。


 そう、グレーテルはヴァレンティーナのことを、転移魔法でフューリオンの所に送りつけていたのである。ヴァレンティーナのことを安全に転移させるなら、フューリオンの近くが良いと考えたのだ。


「どうしてこんなことに……」


 フューリオンは玉座で頭を抱えていた。ついでに自身の胃の辺りに手をやって擦る。相当、ストレスが溜まっているらしい。


 ちなみに、ヴァレンティーナは、まるで借りてきた猫のごとく、部屋の片隅で小さくなって震えていたようである。なにかショックを受けるようなことがあったわけでもなければ、フューリオンに叱責されたわけでもない。普段引き籠もっている部屋から無理矢理に転移させられたせいで、萎縮していたのだ。彼女は根っからの自宅警備員なのである。


「帰りたい……帰りたい……」


 2人揃って、どんよりとした表情の親子が、部屋の中に重苦しい雰囲気を醸し出す。


 そんな中で、先に思考を切り替えたのは、父親のフューリオンの方だった。このまま悩み続けていても事態は悪化するだけだと考えた彼は、一旦、ヴァレンティーナのことを棚に上げて、対応を考える。


「(今、アルティシア殿たちは、離宮か後宮でエレオノーラと面会しておるはず……。和やかに面会しておるだろうか……否!ヴァレンティーナがここに来ておる時点で、何か大きな問題が起こっておるに違いない!)」


 このままアルティシアとエレオノーラを放置しておくと、手の付けようのない大変な事態に発展するのではないか……。そう考えたフューリオンは、配下の者たちに対して言った。


「動けるだけの兵を集めよ!これより余は離宮に向かう!」


 まるで、戦争にでも向かうかのようなフューリオンの号令に、部屋の空気がピシリと張り詰めた。


  ◇


「まぁ!カトレアとヘレンもいるのですね?」


「はい。お二方とも、ブレスベルゲンで医療の修練を行っております」


 離宮の中庭は、当初アルティシアたちが考えていたものとは異なり、和やかな雰囲気に包まれていた。エレオノーラがアルティシアに対する質問は、他愛ない内容で、ごく一般的なものばかりだったからだ。ハイリゲナート王国に対して叛意を持っているか、などという刺々しい質問は一切無い。


「あの娘たち、医者になるって言って出ていったっきり、まったく王都に帰ってこないのよ。元気にやっているかしら?」


「はい。とても元気にお医者様をされております。最近では、無料で施しもされているようで、他のグループの方々と競いながら、通りすがりの怪我人や病人に回復魔法を掛けて回っているようです」


「あらまぁ!ブレスベルゲンでは、そのようなことも流行っているの?」


「流行っているわけではありませんが、そういった修練をされているグループがいくつかあります」


「やっぱり変わっているのね。ブレスベルゲンって」


 アルティシアが語るブレスベルゲンでの出来事を聞いたエレオノーラは、とてもハイテンションな様子だった。後宮内の生活では刺激が無いのかもしれない。ブレスベルゲンでは当たり前のことにも、大きな反応を見せる。


「そんなに変わっていますでしょうか?」


「えぇ、噂話で聞いていたとおり、まるで異界ですわ?先ほども言いましたとおり、人と魔物が仲良く暮らしている時点で、ありえないことですもの。どうしたら、そんなことができるのかしら?是非、参考にさせて欲しいですわ?」


「どうしたら、ですか……」


 返答に悩んだのか、アルティシアは後ろを振り返り、そこに立っていたエカテリーナとグレーテルに助けを求めようとした。


 対する2人も、少し悩んだ後で、それぞれこう答える。


「アル……ヘンリクセン辺境伯が、治安の維持に注力した結果ですわ?」

「アルちゃんとコエダちゃんのおかげじゃない?」


「ん?コエダ、ちゃん?」


 エレオノーラが、聞いたことのない名前に反応した——そんな時のことだ。


『『『うぉぉぉぉっ!!』』』


 まるで勝ち鬨のような大声が、遠くの方から聞こえてくる。離宮を取り囲む壁の向こう側からだ。


「……何です?」ムッ


 せっかく楽しげにブレスベルゲンの話をしていたというのに、それを妨害されたためか、エレオノーラが不機嫌そうに眉を顰める。


 そんな彼女に対応したのは、彼女の後ろに立っていた王妃直属の近衛騎士団長のレイチェルだ。彼女は、別の騎士からの報告を軽く受けた後、エレオノーラに対して報告した。


「王城の兵士によって、この離宮が取り囲まれたようです」


「……フューリオンの仕業ね」


「はい」


「「「はい?」」」


 いったい何が起こっているのか……。アルティシアたちは、ただただ首を傾げるしかなかったようである。


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