2.7-19 蛇足19
その日の夜。
木下家の夕食会で、アルティシアが王女たち2人に対して問いかけていた。
「カトレア様とヘレン様。差し支えなければお教え頂きたいのですが、第一王女のヴァレンティーナ様は、どのような方なのでしょうか?」
カトレアもヘレンも、ヴァレンティーナの諜報機関員による王城襲撃事件のことは知らない。ただ、彼女たちは、出来事の子細は知らずとも、アルティシアがヴァレンティーナについて問いかけた時点で、何か焦臭い気配を感じ取ったようだ。
「え、ええとぉ〜……お姉様がぁ〜、なにか良くない事を〜、してしまったのでしょうかぁ〜?」
「処刑ですか?」
「いえ、そういうわけではありませんが、どのような方なのか知っておきたかったのです」
「「…………」」
拙い……。アルティシアが理由を答えなかった事で、カトレアとヘレンは同時に同じ事を思った。彼女たちとしては、姉がどんな事をしてどんな結末を迎えようとも、自己責任なので仕方がない、と考えていたようだ。だが、ヴァレンティーナの居場所を考えた時、無関心ではいられなかったようである。ヴァレンティーナの居城——離宮。そこに攻撃を仕掛けるということは、王妃を始めとしたハイリゲナート王国の女性貴族たちと敵対するということに他ならないからだ。
ゆえに、カトレアとヘレンは、懸念を払拭するため、アルティシアの意図を探ろうとする。
「……お姉様はぁ〜、すこし根暗でぇ〜、かなり自分勝手でぇ〜、ものすごく怠惰な方ですねぇ〜。離宮からでることは無いはずですがぁ〜、お姉様はぁ〜、アルティシア様のご機嫌を損ねるようなことでもしたのでしょうかぁ〜?」
「もし、お姉様が失礼な事をされたというのでしたら、私からも謝罪させて頂きます」
「いえいえ、私が失礼な事をされたわけではありません。ただ、人なりを知りたかったのです。お話をするにしても、初めてお会いする方ですから、何も事前準備なくお話をするというのは失礼ですので」
というアルティシアの言葉に、カトレアとヘレンは、なおさらに顔を青ざめさせた。彼女たちは察したのだ。アルティシアの言葉の副音声を。
「(お、"お話"って、何をするつもりですか?!)」
「(お、お姉様、何をされたのですか?!)」
"お話"と書いて"報復"と読む。王女たちの脳裏で、最悪の展開が広がった。
「(お食事会にお父様もお兄様もいないのは、つまり王城で何かあったからなのですか?!)」
「(私たち、ここで呑気にお食事をしていて良いのでしょうか?!)」
カトレアとヘレンの食事の手が止まる。彼女たちは察したのだ。……ハイリゲナート王国は、いまこの瞬間にも、破滅の一途を辿っているのだ、と。そして、その原因が、自分たちの目の前で、ニッコリと微笑んでいるのだ、とも……。
一方、アルティシアとしては、そこまで深く考えていたわけではない。エカテリーナたちの報告を聞いてから、純粋にヴァレンティーナという人物に興味が湧いただけだった。
「お菓子など、好みはあるのでしょうか?」
「(毒殺するつもりですか?!)」
「(好みのお菓子を使って、トラウマを植え付けるつもりですね?!)」
「ご結婚されているというお話は聞いておりませんが、婚約などはされているのでしょうか?」
「(婚約者の首を取って、寝所に投げ込む気ですか?!)」
「(行き遅れで良かったですね……お姉様……)」
「あと、ご趣味などがありましたら、ぜひお聞かせ頂きたいです」
「(趣味?ひきこもりですかね?)」
「(部屋から出てこないで寝てばかりいるか、魔法を使って覗きをしているか……。そのどちらかですね)」
何気ないアルティシアの問いかけに、カトレアもヘレンも戦々恐々としていたようだ(?)。彼女たちは、アルティシアの言葉のすべてに、副音声を感じ取っていたのだ。
問いかけに答えなければ、自分たちに危害が及ぶかも知れない、とでも考えたのか、カトレアとヘレンは、ヴァレンティーナという人物について説明を始めた。たとえ副音声にトゲがあったとしても、ヴァレンティーナの情報を渡すこと事態には否やはなかったからだ。
問題は、やはり、ヴァレンティーナの居城。離宮への対応である。
「ひきこもりが趣味ですか……。親近感が湧きますね」
「え?え、えっとぉ〜……アルティシア様ぁ〜?離宮に訪問されるのですかぁ〜?」
カトレアが切り込んだ。明確に表情には出ていないが、顔は強張っている様子だ。
対するアルティシアは、顔色を変えずに、考えを口にする。
「必要とあらば、ご訪問させて頂きたいと考えておりますが、現状ではどうするか決めかねています」
「でしたらぁ〜、行かないことをお勧めしますよぉ〜?」
「……何故ですか?」
アルティシアの問いかけに、今度はヘレンが返答する。
「離宮は恐ろしい場所です。人の形をしたデーモンたちが跋扈する魔窟なのです。アルティシア様が訪問されれば、ご気分を害されるのは必至。訪問はお勧めできません」
「魔窟、ですか……」
ヘレンの言葉を聞いて、アルティシアは眉を顰めた。ヘレンの言葉が大げさだと思ったわけではない。彼女はヘレンの言葉を信じて、魔窟だと表現された離宮に行く気が失せてしまったのだ。
だが、それで諦めては、領主の名が廃るというもの。アルティシアは、思考を整理しようと思ったのか、隣に座っていた人物の方をチラリと見た。するとそこには——、
「とても美味しい料理ですわ!さすがコエダ様!」
「そうですか。それは良かったですね」
——小枝と、彼女の隣に椅子を寄せて嬉しそうに夕食を摂る聖女ユーリカの姿が……。
「……やはり、行く方向で検討します。いえ、行きます。行って、文句の一つでもぶつけてこようと思います」イラッ
どうやら何かが、アルティシアの琴線に触れてしまったようである。まぁ、何が、とは明言しないが。
魔神「(ユーリカさんの距離が近い……)」




