2.7-18 蛇足18
「第一王女の部下と思しき方が、エカテリーナさんたちを襲ったと?」
「もしもそうだとすれば、見過ごせない事態です」
小枝は、エカテリーナたちからの報告を聞いてもすぐには鵜呑みにせず、何度も確認をした。対してアルティシアは、エカテリーナたちの報告をそのまま受け入れていたようである。珍しく対照的な反応を見せていたと言えるかも知れない。
というのも、小枝はエカテリーナたちの報告に疑問を抱いていたからだ。
「果たして、諜報機関員ともあろう方が、わざわざ自分たちの所属が分かるようなヘマをするのでしょうか?」
「ヘマ、ですか?」
「諜報機関員というのは、特に自分の正体を隠すことに余念がありません。なぜなら、自分たちの正体がバレてしまえば、それは国家間の関係悪化に直結するからです。これから先の未来で、ハイリゲナート王国からの独立を謳っているブレスベルゲンも、その例外ではありません。私たちに正体がバレてしまうなど、言語道断のはずです」
エカテリーナたちの報告にあった諜報機関員は、魔法で正体が隠されているとは言え、あまりに稚拙ではないか……。地球の諜報機関員が基準となっていた小枝としては、引っかかりを感じていたらしい。
「なるほど……。単に、ハイリゲナート王国の諜報機関のレベルが低すぎるためでは?」
アルティシアが問いかけた。彼女からすれば、自分の方がまだまともな諜報活動をできる、とすら考えていたようである。
対する小枝は、首を横に振った。
「……いえ。安直に考えない方が良いでしょう。おそらくこれはわざとのはずです」
「わざと?」
「わざと自分たちの正体を知らしめることで、私たちのことを招こうとしているのでしょう」
「なるほど……。しかし、どこへ?」
「その第一王女の元に、です」
小枝のその言葉に、アルティシアは、驚いた様子で目を見開いた。
「まさか……罠?」
「その可能性は否定できません。本当に第一王女が関わっているのか、それとも第一王女の仕業だと思わせたい別の勢力がいるのか……。可能性としては——」
小枝がすべてを口にする前に、アルティシアが続きを口にした。
「……第一王女様の仕業だと思わせたい他の誰かがいる、という確率の方が高そうですね」
「……えぇ、あまりに稚拙ですから。それに、第一王女が私たちに誘いを出すというのでしたら、正式にお手紙を送ってくるはずです。暗殺者紛いの機関員を送り込んでくるとは思えません」
「確かに……。ということは、本件について、ブレスベルゲンは様子見、ということでよろしいですね」
「えぇ、そうしましょう。エカテリーナさんたちのお話では、フューリオンさんの所でも対応をすると仰っていましたしね」
そんな小枝の決定によって、ブレスベルゲンの王都侵攻(?)は未然に防がれたのである。
◇
「ブレスベルゲンは動かない……?どういうことです?」
ヴァレンティーナは、ブレスベルゲンに潜入していた諜報機関員から、遠隔での報告を受けていた。機関員によると、領主アルティシアや騎士団に動きはないらしい。
「なぜ……」
流石のヴァレンティーナでも、理由までは分からない。諜報機関員は木下家の中まで侵入できず、どんなやり取りを交わされたのかまでは調べようがないからだ。事実として分かるのは、ブレスベルゲンが大きな問題として取り上げていないことくらいである。
「どういうことなの?」
ヴァレンティーナが頭を抱えていると、別の場所から連絡が入ってくる。
「王城も動かない?せっかくお母様への報告準備をしていたのに、無駄に終わったわね……」
結局、フューリオンは、王妃への刺激を避けて、離宮への突入をやめたらしい。とはいえ、何もしないというわけでもなかったようである。
「召喚状ねぇ……。さて、どうしようかしら?」
フューリオンは、エカテリーナたちに事態の収拾を任せるように言った手前、何もしないという選択肢は選べなかったようである。突入は諦めても、事情聴取のために召喚状を送った、というアピールをするつもりなのだろう。
「……ふん」びりびり
ヴァレンティーナは、召喚状を破り捨てた。フューリオンからの指示に従うくらいなら、彼女は最初から王城に諜報機関員を潜入させるようなことはしないのだから。
「ただ、振り出しに戻っただけ、ね。まぁ、良いわ。ブレスベルゲンの玩具が現れるまで、何度も繰り返すだけですもの」
暗闇の中でそう口にするヴァレンティーナの目は、怪しく光っていた。
古龍「…………」ぶるっ
魔神「おや?武者震い?ドラゴンは恒温動物でしたか?」
魔王「いえ、変温動物のはずです。いつもひんやりとしているので」
代官「……アルはなぜそのことを知っているんですの?」




