2.7-17 蛇足17
「……はい?聞き間違いじゃなければ、今、あなたは、"帰った"って言わなかったかしら?」
諜報機関の機関員は、どこにでも潜入している。ハイリゲナート王国の王城も例外ではない。
そんな離宮の中で、機関長ヴァレンティーナは、自身の耳を疑っていた。
「どういうことなの?」
彼女は虚空へと問いかける。しかし、そこには誰もいない。とはいえ、独り言を喋っているわけでもない。
なにしろ、彼女は、とある特殊な固有魔法の使い手なのだ。それも複数。その中の一つが、遠隔会話の魔法だった。つまり、彼女に協力する者がいれば、たとえ惑星の裏側だとしても、リアルタイムで会話することが可能なのである。
今回の場合、協力者というのは、彼女が王城に忍び込ませている機関員。その人物からの報告は——、
「使者がブレスベルゲンに帰ったって……どういうことなの?私が関与している事はお父様や宰相から聞いたはずなのに……」
——ヴァレンティーナにとって、予想外のことだった。
これまで、ヴァレンティーナたち諜報機関が集めた情報によると、ブレスベルゲンの者たちは例外なく短気で、売られた喧嘩は即購入。放っておいても、すぐに離宮へと乗り込んでくるはずだったのである。
そんなブレスベルゲンの者たちに、ヴァレンティーナは興味を持ったのである。権力に媚びず、引かず、省みない(?)ブレスベルゲンの者たちは、ハイリゲナート王国において異質な存在。そんな者たちが何を考えているのか、一度、顔を合わせて会話をしてみたかった、というわけだ。……たとえ、そのせいで、自分がブレスベルゲンの力に屈することになったとしても。
ところが、その計画が全部ご破算になってしまったのだ。この先の未来で待っているのは、フューリオンたちによる離宮の包囲。ヴァレンティーナが得るものは何も無い。痛み分けにもならない。
「最悪ね……。でも、手詰まりというわけではないわ」
フューリオンたちが邪魔するなら、抗えば良い……。ヴァレンティーナはプランBの準備を始めた。
◇
一方、王城の会議室では——、
「ふーむ……離宮の制圧、か……」
——国王フューリオンは酷く険しい表情を見せていた。彼はヴァレンティーナがいる離宮に手を出したくなかったのである。
彼が長女であるヴァレンティーナのことを大事にしていた、というのも理由の一つだ。だが、それは2番目の理由。一番厄介な理由は別に存在した。
「諸君らの言い分は分かっておるつもりだ。だが、離宮に手を出すことに、余は同意できん……」
フューリオンのその言葉を聞いても、会議室にいた面々が、理由を問うことはない。皆、離宮に手を出す意味を分かっていたからだ。
離宮には何があるのか……。諜報機関があるだけではない。もっと厄介なものが離宮には存在していたのだ。
その名を"後宮"という。ようするに、王妃が住む場所だ。
「彼奴を敵に回せば、余も其方らも未来はないのだぞ?」
と、フューリオンは言うが、王妃に法律上の権力は無い。しかし、彼女は無力でもない。
王妃がもつ力。それは、影響力。ハイリゲナート王国の女性貴族たちは、王妃をトップにした序列型の社会を形成しているのである。つまり、王妃に喧嘩を売るような真似をすれば、ハイリゲナート王国内の全女性貴族を敵に回すのと同義というわけだ。まぁ、ブレスベルゲンのように、貴族社会と無縁なアルティシアのような人物もいるにはいるが、彼女の場合は極めて稀だ。
女性貴族たちを敵に回せば、ハイリゲナート王国が崩壊するのは必至。そんな理由があったために、フューリオンとしては、可能な限り、離宮には手出ししたくなったのである。
しかし——、
「ですが、陛下。ヴァレンティーナ様をどうにかしないと、我が国はブレスベルゲンに滅ぼされてしまいますぞ?」
——という宰相アルマの指摘の通り、離宮にいるヴァレンティーナを捕縛してブレスベルゲンに差し出すか、処刑しない限り、怒り狂った(?)ブレスベルゲンの人々にハイリゲナート王国が襲撃される可能性を否定できなかった。まさにジレンマ。フューリオンの表情が険しいのも無理はないと言えるだろう。
「ぐぬぅ……」
フューリオンは2択の選択肢で悩んだ。即ち、離宮に乗り込んで王妃の逆鱗に触れるか、あるいは、ブレスベルゲンの者たちを宥めて無難な落とし所を探るか……。
フューリオンは究極の選択を迫られていた。
◇
そしてブレスベルゲンでも——、
「ほう?王城で襲われた、と?詳しく話を聞かせて下さい」
——導火線に火が付こうとしていたようである。
魔王「カチコミですね」
化け猫「カチコミにゃ!」
堕聖女「滅殺です」
夜狐「金を要求する!」
魔女「もうやだ、この過激派組織」
王女2「…………」にやぁ
王女3「……お姉様?」




