2.7-02 蛇足2
「——郊外の畑で怪異が起こって樹海化してる?あぁ、そのお話ですか。あの畑はドラゴン様方の管理下にありますから、問題ありません。ご安心ください」
樹海化した畑に驚いた市民たちの通報が、冒険者事務局に集まっていた。しかし、市民たちの調査依頼は受け付けられない。事情を察した受付嬢のカトリーヌが、丁寧に断っていたのだ。
他の町の冒険者ギルドであれば、些細な通報であっても、依頼として受理して対応するのが一般的だ。だが、ブレスベルゲンでは、その辺が普通ではない。なぜなら——、
「(この町の周辺で起こる怪異って普通じゃないから、冒険者では対応できないことしか起こらないのよね……。っていうか、普通って何だっけ?)」
——ブレスベルゲンにおける"怪異"とは、小枝の関係者が起こすものであり、ただの冒険者が対応しようとしても、どうにもならないことばかりだからだ。対応ができないのなら、最初から受け付けない、というわけである。
「(そういえば、最近、普通の怪異が起こったって話、聞かないわね……いや、普通って何だっけ?)」
同じ案件を持ち込んでくる市民たちを説得しながら、カトリーヌは考える。しかし、彼女が思い出す限り、"普通の怪異"というものが何だったのか思い出すことはできない。
小枝がブレスベルゲンに来る前はどんな出来事が起こったいただろうか……。そんなことを考えたカトリーヌが、過去の依頼内容を確認しようとした、そんな時。
「こんにちは〜。カトリーヌさん」
「お忙しいところ、失礼します」
気の抜けた喋り方をする冒険者と、彼女とは真逆に堅っ苦しい喋り方をする冒険者の2人組が事務局へとやって来る。身分を隠して冒険者をしているハイリゲナート王国第2王女のカトレアと、第3王女のヘレンだ。
木下家の食事会仲間(?)として面識のあったカトリーヌは、当然。カトレアたちの正体も知っているので、椅子から立ち上がり、恭しく礼をする。
「いらっしゃいませ。カトレア様、ヘレン様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「依頼を探しにやってきましたぁ〜。先ほど町の外を見てきたら、見慣れない樹海が広がっているようなのでぇ〜、その調査の依頼が無いかなぁ〜、と」
「たまには、冒険者らしい仕事を請け負おうと考えた次第です」
「そうでしたか。生憎、その件につきましては、調査の依頼は出しておりません。ドラゴン様方の管理する畑で、植物が異様に生育したと何度か通報を受けているのですが、原因はほぼ100%、コエダ様関連の案件ですので、当事務局としては怪異として取り扱わない方針となっております。まぁ、怪異は怪異なのですけれど、手に負えませんからね……」
「そうだったのですねぇ〜。ですがぁ〜、かなり大きな事件かぁ〜、あるいは事故って感じがするのですよねぇ〜」
「樹海どころか、密林を通り越して、一つの大きな樹の壁になっているようにすら見えました」
「…………」にこっ
「「ひえっ?!」」
カトリーヌの表情に、暗い笑みが浮かぶ。その瞬間、カトレアもヘレンも、何かに怯えるように小さな悲鳴を上げた。よほど、カトリーヌの顔が怖かったらしい。
「……かしこまりました。では、事務局から、カトレアとヘレン様に、指名依頼を出させていただきます」
「「指名……依頼?」」
「はい。とても簡単なお仕事です。今、手紙を書きますので、テンソル様に届けて欲しいのです」
カトリーヌはそう言うと、手紙を書き始めた。
ガッ!ガッ!ガッ!
紙が破けるギリギリの強さで殴り書きだ。紙には、こう書いてあった。
" 早く畑を元に戻すように。さもなくば、コエダ様に報告する。 "
と。
カトレアたちは、その手紙を受け取った。手渡してくるカトリーヌに抗えないまま、受け取ってしまった。指名依頼とはいえ、本来は拒否できるのだ。だが、今回は、拒否する選択肢が無かったようである。
こうしてカトレアとヘレンは、手紙をテンソルに届けるべく、樹海化した畑へと向かうことになった。そんな2人の後ろ姿を見送りながら、カトリーヌは思う。
「(はぁ……疲れるわね。どうせ起こるなら、普通の怪異が良いのだけど……って、普通って何だっけ?)」
そんな事を考える彼女は、もう二度と、"普通の受付嬢"には戻れないのかも知れない。




