2.6-29 工場2
小枝とキラたちが話をしていた場所は、幅30m、奥行き50m、高さ20mほどの倉庫のような場所である。そこでは、人よりも小さな機械たちが、魔法の研究を進めているが、機動装甲を修復できるような設備はどこにも存在しない。
「……詳細を調べるから、これは預かる」
しかしそれでもキラは、女神たちのパーツを預かった。彼女の研究施設に変化が生じたのは、その直後のことだ。
ガシュンッ!
ウィィィィィン……
電気的、あるいは機械的な音が聞こえて、壁が大きくスライドを始めたのである。そして、壁の向こう側に現れたのは——、
『『『……神殿……』』』
——天井を支えるいくつもの太い柱と、どこまでも広がっていそうな広い空間だった。空間の先に壁は見えない。おそらく、数kmほどの奥行きと幅はあるはずだ。
そんな空間の中に、ガコンガコンと大きな音を立てるプレス機や工作機械などの設備がズラリと並ぶ。炉のようなものも何機か並んでいて、現在進行形で何かを作っている様子だった。キラや小枝たちがいた空間は、巨大な空間の一角に作られた倉庫程度の施設でしかなく、女神たちの度肝を抜く。
とはいえ、小枝だけは、異なる反応を見せていたようだが。
「地中をスキャンしたときに分かっていましたけれど、またこのような巨大な構造物を作ったのですか?」
「……地上に作れない。色々バレる。仕方がないから、地中に作るしかなかった」
「それにしたって、これほど大きな空間を作る必要はありませんよね?工場として使用している面積は、全体の面積の1割にも満たないではありませんか」
「……正直、やり過ぎたと思っている。でも、後悔はしていない。これから設備が増える予定だから」
「管理できるなら文句は言いませんが、技術の流出などが起こると世界が滅茶苦茶になってしまうので、注意してください」
「……分かってる。最悪の時は、ゼロに戻す」
『『『(さすがは、魔神様のお姉様……)』』』
ゼロに戻す、というキラの発言をどう捉えたのかは不明だが、女神たちは畏怖、あるいは羨望の色を含んだ視線をキラへと向けていたようだ。
◇
一方、その頃。
「……こればかりは、私たちの設備だと、どうにもならないですよ」
「細かく分けてもダメですか?」
「大きければ大きいほど、機械というものは、精密に作りにくくなるんです。小さな部品を組み合わせても、それは変わりません。むしろ、組み合わせた時に誤差が蓄積するので、精度はより低くなります」
地上にある木下家の一室で、時計職人エスカと、代官エカテリーナによる打ち合わせが行われていた。2人とも表情は険しく、事が思い通りに進んでいないらしい。
彼女たちが作ろうとしていたのは、飛空艇のプロトタイプの部品。より具体的には、プロペラを回すための変速機を作ろうとしていた。それが上手くいかないのだという。
「どうやったら、ケースの精度が出るでしょう?」
「そりゃ、ケースそのものを小さく作れば精度は出ますよ。出力は上げられませんけどね」
「それでは意味がありません。でも大きくすれば精度は出ない……。大きくても精度を出す方法はないものでしょうか?」
2人が相談していたのは、変速機のケースの作り方について。ケースには、歯車や軸を支えるために高い精度が要求されるのだが、大きければ大きいほどケースの寸法精度が下がってしまう課題を解決できなかったのだ。
理由はいくつもある。この世界では、未だ熱膨張という概念が存在していないこと。計測器そのものの精度が低いこと。加工機の精度も高くないこと、などなど……。そんな技術水準で、地球並みの加工精度を目指そうというのだから、困難極まりない話だったのだ。
それでも、エカテリーナもエスカも、諦めるつもりはない。
「……ケースで精度を出すのは諦めて、軸受けを別部品にして、軸受けで精度を高める工夫をする、くらい?実際にやったことはないので、想像だけですが」
「隙間からオイル漏れを起こしそうですわね……」
「どんな機械でも、少なからず、オイルは漏れるものですよ?」
「時には、割り切ることも必要、ってことですわね……」
エカテリーナの頭の中では、変速機のケースから漏れ出る湯水のごときオイルの様子が浮かんでいたようだが、その認識がエスカの認識と共通しているかは不明である。
「加工精度はどうにかなるとしても、ケースの加工に、相当な時間が掛かるかも知れません。これほど大きなサイズの加工など、やった事がありませんので、他の職人たちとも相談して製作方法を検討する必要があります」
「最初から性能を100%満足するような完成品を求めることはしません。試行錯誤は自由にしていただいて結構です。私としては、何度も失敗しても、最終的に完成すれば、それでいいのです。もちろん、何十年も掛かるというのは勘弁願いたいですけれども」
「なるほど。では、まず、作成にどのくらいの時間が掛かりそうか、その期間を見積もるところからですね……」
エスカは、机の上に置かれた設計図を見下ろしながら、深く溜息を吐いた。エカテリーナが描いた設計図は、それほどまでに労力のかかる内容だったのだ。
そんなやり取りが何日も続いて、彼女たちは少しずつ飛空艇のパーツを作り上げていくのだが……。今の2人には、木下家の地中深くにあるハイテク工場の存在を知る術は無い。




