1日目-08
小枝のためにあてがわれたテント。その中にあった毛布に包まりながら、彼女は——、
「(どうしよう……人間アピールが……)」
——と憂鬱な夜を過ごしていた。ガーディアンは眠らないので、彼女は静かに朝の到来を待っていたのだ。それこそ、人間である事をアピールするためにも……。
「(私……絶対、人間じゃないとか思われていますよね……今頃……)」
少し気を抜いた瞬間、誤って大岩を吹き飛ばしてしまったのである。いったいどこの世界に、重量500tを越えるような大岩を吹き飛ばす人間がいるというのか……。小枝もそんな人間などいないと確信していたので、余計に頭が痛かった。
「(もうダメです……)」
いっそのこと、逃げてしまおうか……。小枝はそんなことを考えていたようである。翼がある彼女なら、ひとっ飛びすれば、その場にいた冒険者たちと永久に顔を会わさなくても良くなるほど遠くの地方まで移動することができるのである。
「(……でも、逃げちゃ……いえ、逃げられません)」
しかし、小枝は逃げようとしなかった。彼女がここに来たのは、妹であるワルツの痕跡を探すためなのである。妹が近くにいない事を確認するまでは、遠くに逃げるなど言語道断だった。
「(今はどうにか誤魔化して町に行きましょう。町に行けば、ワルツの痕跡が見つかるかも知れません。見つからなかった時は……そのときは、どこか別の町に逃げても良いでしょう)」
そう決めると、心が楽になってきたのか……。小枝は毛布を取って、テントの外へ出ることにしたようだ。
◇
小枝がテントの外に出ると、その視線の先には、地平の彼方に沈み行こうとしていた大きな月の姿があった。彼女はその光景を姉のキラに見せるために、しっかりと目に焼き付けた後……。その視線を、今度は左へと向けた。
そこでは冒険者のクレアが、焚き火の前に陣取り、野営地の見張りをしていたようである。当然、小枝の姿にも気付いていて……。彼女は小枝の方に苦笑を向けながら、小さく手を振って話しかけてきた。
「もしかして、眠れなかった?」
「……はい、眠れませんでした」
「そっか……」
2人はそう口にすると、お互いに無言になった。クレアとしては色々と聞きたいことがあるものの、それを聞いて良いのか悩んでいる様子で……。一方の小枝の方も、言いたい事はあるが、選ぶべき言葉を悩んでいたようである。
そして、30秒ほど経過した後。話し始めたのは、クレアの方だった。
「コエダちゃん……失礼なことを聞くかも知れないけど、良い?」
「……はい」
「コエダちゃんって、もしかして……」
「魔女じゃないですよ?」
「うん、魔女じゃないのは分かってる。そうじゃなくて……もしかして、ドラゴニュートの人かな、って」
「ドラゴニュート……竜人ですか?」
「うん、そうとも呼ばれてる。でも、その様子じゃ……」
「……はい。私はドラゴニュートではありません」
「そっか……」
「ドラゴニュートって、力があるんですか?その……私みたいに」
「噂でしか聞いたことは無いけどね……。あと、狼の獣人も力が強いって、聞いたことがあるかな?」
「(ふーん、獣人もいるんですね……)」
小枝は、そんなことを考えながら、今日出会った4人の姿を思い出していた。だが、彼女が思い出す限り、4人とも、普通の人間で……。獣耳や尻尾が生えていたり、あるいはそれを隠したりしているという様子は見受けられなかった。
ちなみにこの世界には、怪力を持っている人種として、鬼人種やドワーフ、あるいはゴーレムなどの者たちがいたりする。ただ、クレアは、彼らの存在をあまり知らなかったらしく、彼らのことを怪力を持つ者たちの例に出すことは無かったようだ。
そんなクレアの話を聞きながら、小枝は頭を悩ませていた。現状における問題は、彼女が何者で、なぜ怪力を持っているのかという点である。……ここでクレアに説明できなければ、いつか同じような状況に陥った時も説明できる気がしない……。小枝は、自分の事をどう説明すべきか悩みに悩んだ。
結果、彼女は、自分が何者なのかを説明するために——
「あ、そうです。クレアさんに聞いておきたいことがあるのですが……」
——まずは説明のために必要な材料から集めることにしたようだ。
「クレアさんは魔法が使えますか?」
異世界と言えば魔法。もしも魔法があるなら、いくらでも説明が付けられるのではないか……。小枝はそんな発想に至っていたようだ。しかし、直接的に、「魔法ってありますか?」と問いかけるわけにもいかず、クレアに魔法を使えるか否かを確かめることで、間接的に魔法の存在を探ろうとした、というわけである。
小枝はこの時、かなりの高確率で、この世界には魔法が存在すると考えていたようだ。
「(昼間見たあのプテラノドンのような生き物……。あの生き物が放った火球はおそらく……)」
魔法だったのではないか……。物理現象を無視して飛び続けた火球の姿が、彼女の印象から離れなかったのだ。
だが、彼女のその推測は、半分が正しく、そして半分は外れていたようである。
「残念だけど、私は使えないわ?せめてミハイルやジャックみたいに火魔法か水魔法でも使えたら、こういう野営の準備もすごく便利なんだけどね……」
クレア自身は魔法を使えないようだが、彼女の仲間たちは魔法が使えるらしい。
その言葉を聞いた小枝は、内心で歓喜した。自分が何者かを説明する方法を見つけたのと同時に、ファンタジーの代名詞とも言える"魔法"の存在が確定したのである。場合によっては自分も魔法が使えるかも知れない……。彼女はそんな期待を持ったようだ。
ただ、それを表に出すと、失踪したワルツに申し訳なく……。その上、クレアに対して言い訳が言いにくくなると思ったのか——、
「……そうですか」
——と短く返答してから唇を結んで、自身の感情をごまかすのであった。




