2.3-21 ブレスベルゲンの探検18
夕食の時間になる。しかし、この日はいつもと大きく異なっていた。いつもなら、キッチンには、小枝の姿があるはずなのだが、今日この日は彼女の姿が無かったのだ。
それを喜ぶ者は誰もいない。そこにいた者は、彼女の料理を楽しみにする者や、一緒に料理することを楽しみにしていた者ばかりだからだ。一応、ノーチェという代理料理人(?)がその場にはいたが、彼女は彼女で落ち込んでいるらしく、料理にも手が入っていない様子である。
そして、誰よりも小枝の事を心配していたアルティシアは——、
「コエダ様の身に、何かあったのでは……」
——落ち着かない様子でソワソワとしながら、頻繁に窓の外に視線を向けては、小枝の帰りを待っていたようである。
そんなアルティシアのことを、小枝の姉であるキラが落ち着かせる。
「……大丈夫。何も問題無い」
「本当に?」
「……小枝の身に何かあったら、その時は世界が滅びる時。でも、その兆候は見られない」
「そうですか……」
「いやいや、その言葉で安心するとか、おかしいでしょ?!みんなもそう思うわよね?」
と、グレーテルが周囲に同意を求めるが、他の者たちがキラの言葉を疑問に思った様子は無い。
「えっ……なにこの空気……」
「……いずれにしても、小枝が無事なのは間違いない」
「まぁ、キラさんがそう言うなら信じるしかないんだけど…………本当に世界が滅びるの?」
「……抗わずに自滅しない限りは」
「…………」
グレーテルは悟った。この世界は、考えているよりも遙かに、破滅の危機に瀕しているのではないか、と。なにしろ、小枝が危機的状況に陥ったとき、抗わないなど考えられないからだ。
ゆえに、グレーテルは思考を止めた。他の者たちも、似たような事を考えていたのか、どこか遠くを見つめ始める。
そんな中で、小枝の事を未だよく知らないサヨだけは、脳天気な様子だった。
「小枝様が帰ってこないと、何か問題があるにゃ?」
その問いかけに対し、彼女のことを膝の上に乗せていたアルティシアが答える。
「えぇ。お食事とか、ご報告とか、指示……いえ、考えを聞かせて欲しい場合などなど、色々と困る場合があるのです」
「ふーん。食事なら、サヨも作れるにゃ?」
その言葉を聞いたアルティシアは、最初の内、ふーん、としか思わなかった。年下にしか見えないサヨの言葉は、背伸びしているようにしか思えなかったのだ。
「では、ノーチェちゃんだけにお任せするのもどうかと思いますので、手伝って貰えますか?」
「はいにゃ!」
頼み事をされたのが嬉しかったのか、サヨはキッチンの方へと消えていった。猫の獣人(?)ではあるが、その後ろ姿は——、
「(なんだか、犬のような方ですね)」
——犬の獣人のように見えていたようである。もしもイヌのようによく動く尻尾がサヨの背中に付いていたなら、その尻尾はブンブンと左右に振れていたに違いない。
そしてサヨはキッチンへとやってきた。そこでは、少し暗めの表情をしたノーチェが料理をしていたようである。
「手伝いに来たにゃ!」
「……サヨ、料理できるの?」
「任せるにゃ!煮物から焼き物まで、お母ちゃんにたたき込まれたにゃ!」
「……だったら、何か作って。10人分」
「はいにゃ」
と答えつつも、サヨは動かない。彼女はキッチンの中を見渡して、固まっていた。
「どうかした?」
ノーチェが訝しげに問いかけると、サヨが答える。
「材料がどこにあるか分からないにゃ……」
「ここ」がちゃっ
「ほぁぁぁっ?!小さいけど、大きな氷室にゃ!」
「冷蔵庫と言う」
「れいぞーこ……」
「その様子だと、水道も分からない?」
「すいどー?」
「この蛇口を捻ると」じょばば「水が出る。あとお湯も」
「ほぁぁぁっ?!」
サヨの頭の中にあるキッチンとは、所謂台所。それも、土間に竈があるような古い台所だった。
ところが、木下家では、昔の日本どころか、異世界においてもハイテクと言えるようなキッチンが備え付けられているのである。驚くのも無理はないだろう。
「どんな原理にゃ?!」
「しらない」
「ほぁぁぁぁ!」
「手伝う気あるの?」
「も、もちろんにゃ!」
ノーチェから冷たい視線が飛んできたためか、サヨは思考をリセットする。
「さて……何を作ろうかにゃぁ?」
そしてサヨは冷蔵庫の中を覗き込んで、献立を考え始めた。




