2.3-19 ブレスベルゲンの探検16
時は遡り、朝、サヨが木下家を出発した直後のこと。食器が片付けられた長机に書類の山を重ねていたアルティシアに対し、小枝が言う。
「今日は少し、周辺諸国の状況を見てこようと思います」
「えっ?で、でしたら私も……」
「いえ、アルティシアちゃんは、家でお留守番をしていて下さい」
「 」
小枝の容赦無い言葉(?)に、アルティシアは絶句した。今まで、一緒に行きたいと言えば、同行を許していた小枝が、拒絶した(?)のだ。アルティシアにとって、小枝の言葉は、胸に刺さるほどショックなことだったらしい。アルティシアの目の前が真っ暗になる。
アルティシアの目が、見るからに死んでいったためか、小枝は微笑んでから、こう口にする。
「今日は殆どが移動ばかりになるので、アルティシアちゃんの体力を考えると、私一人で移動した方が良いと思ったのです。アルティシアちゃんはまだ本調子ではないと思いますので」
アルティシアは、先日、身体のリミッターを外して運動したために大怪我を負って、身体の神経が酷く傷ついている状態だった。本来であれば、起き上がること自体、大変なはずである。ところが、アルティシアは、普段と変わらない様子で、食事を摂ったり、仕事の準備をしたりしているのだ。小枝から見る限り、強がりをしているようにしか見えず……。小枝はアルティシアの同行を止める事にした、という訳だ。まぁ、そのせいで、アルティシアの心に、大きな傷が出来てしまったようだが、小枝はそこまで重傷だとは思っていないらしい。
ゆえに小枝は、アルティシアに対して、容赦無くトドメを刺した。
「なので、今日は、私1人だけで行ってこようと思います」
小枝はそう言うと、自宅を出て行った。……その背中に向かって、ゲッソリとした表情を浮かべながら、手を伸ばす者がいるとも知らずに。
「何をやっているの?アル」
虚空に向かって手を伸ばしているアルティシアに対し、エカテリーナが怪訝そうな視線を向ける。
「あぁ……コエダ様が行ってしまいました……」
「仕方ありませんわ?コエダ様の仰る通り、アルは本調子ではありませんもの。ちゃんと療養すべきね」
「わ、私の身体は、もう治りました!ほら、見ての通り!」
「本当かしら?」
と言って、アルティシアの手を見つめるエカテリーナ。そんな彼女の視線の先にあったアルティシアの手は、小刻みに震えていたようである。なお、その震えが、病み上がりのせいか、それとも他に理由があったからなのかは不明である。
「まだ、手が震えているじゃない」
「こ、これは(コエダ様に置いて行かれたショックで……)」
「そんな状態だから、コエダ様に置いて行かれるのです。養生しなさいな」
と言って、その場から去って行くエカテリーナ。
彼女の後ろ姿を見ていたアルティシアが、慌てて問いかける。
「ちょっ……カーチャも外出するの?!」
「えぇ。この数日で、町の人口が急に増えたから、その確認をしてきますわ?」
「私の——」
私の補佐は誰がするのか……。アルティシアがそう口にする前に、エカテリーナの姿はその場から消えていた。
結果、その場に残されたのはアルティシア1人。他の者たちも、皆、各々の仕事をするために外出してしまい、木下家の中にはアルティシア以外に誰もいなくなってしまう。
「……どうしてこんなことに……」
アルティシアは後悔した。調子に乗って身体のリミッターを外して運動しなければ良かった、と。
◇
そして元の時間に戻ってくる。
「どうして、皆、非協力的なのでしょう……。あ、この人は死刑でいいですね」ブツブツ
「ひぃっ……(い、いまのって、独り言かにゃ?!返答しなくても死刑にならないにゃ?!みんな、早く戻ってきて欲しいにゃ……)」
サヨはアルティシアの前で小さくなっていた。その場から逃げれば、後でどんな事をされるか分からなかったからだ。
どうにかして逃げ出そう……。心の底からそう考えて、逃げるタイミングを見極めていたサヨだったが——、
「あ、そうだ!サヨちゃん。文字は読めるのですよね?」
「えっ?は、はいにゃ……?」
——サヨはますます、逃げる機会を失うことになる。




