5日目-15
「(……ふーん。あのお爺さん、いきなり斬り掛かってきた割には、意外と良い人なのですね?)」
小枝はランスターのことを(物理的に)審問官にぶつけることで、ランスターへとすべてのいざこざを押しつけ、問題を有耶無耶にしようと考えていたようだ。なにしろ、ランスターは、小枝に向かっていきなり斬り掛かってきた人物なのである。そんな彼がどうなろうとも、小枝には知ったことではなかったからだ。……まぁ、より正確には、ギルド内にいる審問官をギルドの外にさえ出してしまえば、煮るなり焼くなりできるので、小枝にはランスターのことを本気で犠牲にするつもりはなかったようだが。
だが、ランスターの活躍は、小枝の想定を大きく越えていた。小枝が気を回さずとも、彼は頑固で面倒な老人を演出して(?)、審問官を煙に巻いてしまったのである。それも、自分が冒険者ギルドの関係者であるとは一切言わずに、カトリーヌたちギルド職員を守るかのようにして。
「(……そういえば、あの方は何者なのでしょうか?古参の冒険者の方?ギルドの中にいたのですから、関係者であることに間違いはないと思うのですが……)」
ランスターが前ギルド長であることを知らない小枝は、彼が何者なのか推測しようとしたようだ。
しかし、彼女はすぐに思考を止めた。今、彼女には、ランスターの正体とは別に、頭を回さなければならないことがあったからだ。
「(しかし、教会が私のことを魔女として捕まえようとしているとは……困ったものです。朝、ここで出会った堕天使っぽい名前の人たちは、その先兵だった、というわけですね……。さすが堕天使。無実(?)の私を罰しようと思うとは、恐れ入ります)」
朝、冒険者ギルドの前で出会った堕天使のような名前の2人——シスターシェムと神父ハザが、教会に来るよう自分に話しかけてきたのは、罠だったのではないか……。自分の事を魔女扱いして、捕まえようとしてきた審問官のことを考える限り、小枝にはそうとしか思えなかったようである。
そんな考えに至った彼女は、深く溜息を吐いた。なにしろ、今日の彼女の予定は、魔女グレーテルの薬局兼、自身の安全な転移場所を確保すること。もしも小枝が魔女の認定を受けてしまったとなると、彼女が自宅を持った途端、教会関係者が押しかけることになり……。小枝の計画は、台無しになってしまうのだ。
「(……もう、この町を出ていきたいです。でも、アルティシアちゃんや、ミハイルさんたちがいるし……。まぁ、グレーテルさんは、どこの町に連れていっても、問題なくやっていけるような気がしますけど……)」
冒険者ギルドの窓の外に立っていた小枝は、額に手を当てながら悩みに悩んだ。周りの人々の視線など、一切気にすることなく、ひたすら悩み続けた。一体どうすれば現状を打破して、この町に居続ける事が出来るのか……。
「……もう、滅ぼすしかないですね」
「「「?!」」」びくぅ
「すべてを消し去って更地に変えてしまえば、一切証拠は残らないでしょう」
「「「?!」」」ざわざわざわ
「えぇ、そうしましょう。こうしてはいられません!(薬草の報酬の)お金は……まぁ、あとで回収するとして、とにかく今は行動あるのみです!」
小枝は誰に向けるでもなくそう言ってから……。町の人混みの中に姿を消した。
その際、彼女の呟きを聞いていた少なくない数の者たちは、皆、一様に、戦々恐々としていたようである。……小枝は一体何を滅ぼそうとしているのか。そして『お金を回収する』というのは誰から回収しようとしているのか……。人々は、小枝の呟きの行間を想像して戦慄した。
結果、町の中で、小枝の呟きについての噂が、歪みに歪んで伝搬していくのだが……。それが巡り巡って"運命"とも言える展開に繋がるとは、小枝はこの時、予想していなかったに違いない。
◇
ここ数日の間、小枝が見聞きした情報によると、この町の教会というのは、この世界の"神"についての布教を行うことと、冒険者に対する回復薬・回復魔法の施しを行うことが主な活動内容で……。孤児院は、教会の管轄ではなく、領主が直接管理する別の施設なのだという。
つまり、幸いにして、教会を潰しても、孤児たちが困ることはなさそうだった。困るのは、町を利用している人々と冒険者たちだけ。……まぁ、孤児たちが怪我をした時に、教会を頼るというのなら、話は別だが。
「(強い憤りは感じますが、無関係の方々にまで恨まれるというのは避けたいので、すこし考えながら行動することにしましょう)」
一応、"良心"と呼べるものが小指の爪の先ほどは残っていたのか、これからの行動について、ある程度は自重することを心に決める小枝。そんな彼女の姿は今、ギルドが密集して立ち並ぶ地区の中でも、町の正門から続く大通りに面した角の建物——教会の前にあった。
そこで彼女は異相空間に身を潜らせながら、これからどんな嫌がらs——行動をするのかを考えていたようである。
「(教会の原動力は人々の信仰です。それを無視して破壊活動を行えば、必然的に私が恨まれることになるでしょう。つまり、この町の教会にダメージを与えるためには、町の人々の信仰が自然と教会から遠ざかっていくように仕向ければ良いのです。そうすれば、教会は、自ずと自壊していくはずですから。……まぁ、そのうち教会側も、何かしらのアプローチを行うはずですが、そのときはそのときです。まずは小手調べといきましょう)」
そんな行動の指針を決めた小枝は、異相空間に隠れたまま、教会へと踏み出した。彼女の第一目標は、この町の教会の評価を地に落とすこと。どうすればそれが出来るのか、具体的な作戦を考えつつ、小枝は教会の門をくぐったのである。




