5日目-11
「……なんか後ろから気配が……」ちらっ
「「「?!」」」びくぅ
ズサササッ!!
「……なんでしょうね?あの魔物たちは……」
薬草の採集を終えてブレスベルゲンの正門付近までやってきた時、小枝がふと後ろを振り向くと、そこにはなぜかゾロゾロと魔物たちが連なっていて……。そして、小枝が振り向いた途端、クモの子を散らすようにしてどこかへと走り去っていったようだ。なお、クモの魔物はいなかった模様。
「変なの」
細かいことは気にせずに、小枝はブレスベルゲンへの道のりを急いだ。さっさと薬草を換金して、家を借りようと思っていたのだ。
しかし、やはり今日も、彼女の思い通りには進まない。
その異変に小枝が気付いたのは、冒険者ギルドへと戻ってきた昼過ぎのこと。
「(……なんか、怪しい人がギルドの入り口に立っていますね……)」
小枝が見つけた怪しげな人物。それは、教会の関係者と思しき人物だった。ただし、彼女が朝方出会った堕天使の名を分解して付けられたような名前の2人組、というわけではない。そこに立っていたのは、1人の神父。彼は、神父ハザよりも位が高そうな服装を身につけていた。とはいえ、かなり高い、というわけではなく、普通より少し高め、という微妙な感じである。
「(……あやしい……)」
ギルドから300m以上離れた人混みの中で、険しい表情を浮かべる小枝よりも怪しい人物というわけではなかったが、小枝が見る限り、ギルドに出入りする冒険者たちは、皆、その神父のことをまるで怖れるかのように避けていて……。小枝は直感的に、その神父に警戒心を抱いたようだ。
そんな時のことだった。
「(……あっ。こっち見てますね……)」
小枝と神父の視線が合ったらしい。
「(やっぱり、この服装は目立つのでしょうか?でも、これがアイデンティティーですし……違う服を着たら、イメージが崩れてしまいますし……)」
300m離れた場所から、背の低い自分を見つける手段など、この和装で見分けるしかありえない、と小枝はすぐに理解した。これまでにも、彼女は、その赤い和装のせいで色々と問題に巻き込まれてきたわけだが、この期に及んでようやく服装についても考え直したようである。まぁ、そう簡単にアイデンティティーを脱ぎ去るわけにはいかなかったので、今の服装から変えるつもりはなかったようだが。
「(……なんか気持ちが悪いので、避けてこっそりとギルドに入ることにしましょう。どうやらギルドの中には入らないようですし……)」
そう判断した小枝は、その場から90度進路を変えて、路地裏へと入った。そこで異相空間に身を潜らせて、家々を貫通して、真っ直ぐにギルドへと向かう。
「(ちょっと通りますよ?おっと……ここはトイレでしたね……こっちは、あ、すみません。寝ているところ失礼します。次は……えっ……ダニエルさんって、そんな趣味が……)」
……紆余曲折あり、小枝は直接ギルドの中へと到着する。しかし、その場で姿を見せると色々と問題があるので、彼女はギルドの中で異相空間から出ても大丈夫そうな場所を探すと、そこに入り込み——、
ガチャッ……
——通常空間に姿を顕現させた。彼女は一体どこに現れたのか……。
「「「?!」」」
「ちょっ、コエダ様?!今まで掃除用具入れの中に隠れていたのですか?!一体いつの間に……」
そんなカトリーヌの指摘通り、箒や雑巾などが置かれていた掃除用具入れの中である。ちょうど小枝の体格に合った空間が内部に存在したのだ。
「……?何かおかしな事でも?」
「いや、おかしな事しか無いわよ!」
「まぁ、些細なことです」
「どこが些細ことなのよ……」
と、言って頭を抱えるカトリーヌ。そんな彼女がいたカウンターへと近付いた小枝は、早速、依頼完了についての手続きをすることにしたようである。小枝はまるでカトリーヌの言葉を遮るかのように、カウンターの上へと——、
ズドォォォォン!!
メキメキメキッ!!
——数時間にわたって採取してきた薬草の袋をすべて並べた。
「ふぅ、重かった。腰が崩壊するかと思いました」
「……この光景に慣れた自分がいるっていうのが嫌ね……」
「これが朝に受けた依頼3つ分の薬草です。お納め下さい」
「どう考えても依頼3つ分って量の薬草じゃないんだけど……じゃなくて!」
ここまで小枝に流され続けていたせいか、言いたいことが言えなかったカトリーヌは、ようやく我を取り戻して、小枝に向かってこう言った。
「あなた、魔女審問官に目を付けられてるわよ?!」
「あー、外にいた怪しい方でしょうか?」
「……えぇ」
「どうすれば良いでしょうか?」
「どうすればって……」
自分で切り出しておいて、カトリーヌは言葉に詰まった。
魔女審問官。それは、魔女の疑いを掛けられた人物が、本当に魔女かどうかを判断する者である。しかし、彼らは大抵の場合、対象の人物が魔女であってもなくても"魔女である"と断定して、無理矢理に魔女裁判を迫ってくるので、ほとんど死刑執行人のような立ち位置にいる人物だったのだ。なお、魔女裁判がどんな内容なのかは、現代世界のものとそう大差はないので、説明は省略する。
つまり、カトリーヌは、死刑宣告を受ける——いや受けたも同然の小枝に対して、どうすれば良いかを答えられず、困ってしまったのである。今はまだ、魔女審問官が、教会とは別の組織である冒険者ギルドの中に入ってくることは無かったものの、小枝に対し、ギルドから出ないように伝えるわけにもいかず……。かといって、数日前の諸ギルドのように、教会を滅ぼせ、とも言えず……。あるいは、町から逃げるよう言うわけにもいかず……。カトリーヌは助言として言える事がほぼ無い手詰まり状態だった。
ちなみに、魔女の疑いを掛けられた場合、一般的には、人里から離れてひっそりと暮らすのがベストの選択肢だったりする。例えるなら、魔女グレーテルの親がそうだったように……。




