5日目-10
「……おっと、同じ場所で薬草の採取を続けていると、この辺の薬草が根絶やしにしてしまいそうです。……なるほど。これが本当の"根絶やし"ですね」
小枝が上機嫌で薬草採取をしていると、いつの間にか30袋ほどの薬草が採取出来ていた。金額にすると、およそ100万ゴールド弱。市場の相場で例えるなら、ブレスベルゲンの中央部に位置する上級市街地の豪邸の家賃1ヶ月分、といったところである。小枝が普段、現代世界に戻るために立ち入っている飲食店街の路地裏当たりにある家なら、2年半くらいは借りられる金額だろうか。
「あと70袋……頑張らないと!」
一体、何を目指しているのかは不明だが、300万ゴールドを頑なに目指そうとする小枝。なお、300万ゴールドもあれば、商業地区の大通りに面した一戸建てを、2年間は借りられることだろう。大通りだと物価が高いので、必然的に家賃も高くなるのだ。まぁ、小枝が2年間もの間、ブレスベルゲンに居続ける可能性はそれほど高くないはずだが。
「さて、次は——」
薬草が根絶やしになる事を危惧した小枝は、2枚目の依頼書に目を落とした。そしてそこに書かれていた薬草がどこに生えているかをデータベースに問い合わせて、最寄りの場所を特定する。
「歩いて20分ですか。思いのほか近所ですね」
そう判断した小枝は、再び鼻歌を歌いながら、森の中を歩き始めた。
森の中には、不自然に刈り取られた植物がある以外は、平和そのものだった。花が所々で咲き乱れ、小鳥のさえずりが響き渡り、水辺では鹿のような魔物が水を飲む……。現代日本では見られなくなった自然豊かな光景が、そこには広がっていたようだ。
木々の隙間から木漏れ日が降り注ぐそんな森の中をしばらく歩いて行くと、小枝は平原との境界に差し掛かる。そこには背の高い茂みがあり、少しだけ視界が悪くなっていた。
それが原因の一つになってしまったらしい。小枝は茂みを抜けたところで——、
「「「グルゥ!」」」
——狼のような魔物の群れに出会すことになったのだ。体調2m程の大きな狼。ブレスウルフの群れだ。
彼らもブレスバイソンと同じく、風魔法を操るのだが、あまり人を襲うことはなく、臆病な部類に入る魔物である。なにしろ、彼らにとって人間は天敵。頭の良い彼らは、危険を冒してまで人に近寄ろうとは思わないのである。その辺は、現代世界のタイリクオオカミと似たような習性を持っていると言えるかも知れない。
ゆえに、彼らは基本的に、人間を見たら、そっと距離を取るように離れていくはずなのだが……。小枝からは人の気配が出ていなかった(?)らしく、彼女と偶然遭遇することになってしまったようだ。
その結果、狼たちは、何を思ったのか、お互いに顔を見合わせると——、
「「「クゥン……」」」ごろん
——と、急に小枝へと向かって腹部を見せ始めた。犬と同じく、服従のポーズである。恐らく彼らも昨日は、小枝のエンジン音を間近で聞いていたのだろう。
「おやおや、犬と同じですね……。仕草は可愛いくて大変よろしいのですが……しかし、人に媚びる狼に興味はありません!」
自身に腹部を見せる狼たちの姿を見た小枝は、まったく興味が無いような発言をしながらも、狼の腹部を思う存分撫でてから……。狼たちから離れて、そのまま森を抜けていく。
すると、さらに5分ほど経って——、
「ギギッ!」
——草原の真ん中で、地面の穴から出てきた巨大なオケラ——ブレスクリケットに遭遇する。
しかし、彼もまた、小枝の姿を見た途端——、
「ギッ……」
——まるで時間が止まったかのように固まってしまった。
「(……以前に比べて、随分と魔物の量が多いようですが……全然、襲ってきませんね?世の中、こんなに平和なのに、皆さんどうして魔物退治などということをしているのでしょうか?……あぁ、そういうことですか。弱肉強食というわけですね……)」
ブレスベルゲンの冒険者たちが、普段どんな狩りをしているのかを想像して、少しだけ魔物たちに同情してしまう小枝。そんな彼女の頭の中では、無防備な魔物たちが、一方的に冒険者たちに蹂躙されていく姿が浮かんでいたようだが……。彼女の想像と現実とが大きく乖離している事については、詳しく言うまでもないだろう。
それからも小枝は、目的地に向かって歩いて行くのだが……。彼女はこの時、2つのことに気付いていなかったようである。1つは、自身から距離を取って、後ろから魔物たち——今まで遭ったブレスバイソンやブレスウルフ、ブレスクリケットなどがゾロゾロと付いてきている事。そして、もう1つは、その異様な光景を、少なくない者たちに見られていたことである。
むしろ、気付いていて、気にしていなかったと表現するのが適切かも知れない。普段から、不特定多数の者たちの視線を受ける小枝にとっては、誰かに見られているなど、今となっては些細なことで……。あまりに人間離れした姿さえ見られなければ、細かいことはどうでも良かったからだ。
それよりも何よりも彼女の頭の中は、新しい家を確保することで一杯だったのだ。今まで18年間、ずっと同じ場所で過ごしてきた彼女にとって、新しい家に住むというのは、新しい世界で生活をすることと等しく……。好奇心を刺激されてやまないことだったのだから。
一応、小枝殿と、狩られなかった魔物たちとの関係を描写しておくのじゃ。
……あぁ……狐ェ……。