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1日目-06

 夕方近くになり、ようやく森の木々が切れ始めた。幌が付いた馬車の中からは空が望めず、小枝の視線には専ら森の景色だけが映っていたようだ。


 そんな移動の最中、小枝は、冒険者たちから、この"魔女の森"について説明を受けていた。……曰く、森には醜悪な顔の魔女が住んでいる。曰く、魔女は人を喰らう化け物である。曰く、魔女は"魔物"を操って人を襲う……。


「(ふーん。魔物がいるのですね……。あのプテラノドンもどきも魔物だったのでしょうか……)」


 冒険者の話は、8割方が魔女の話だったというのに、小枝の興味はたった2割の魔物や森のことに対して向けられていた。地球における魔女の意味やその歴史を考えるなら、彼女の興味が魔女に向かなかったのは当然のことだと言えるかもしれない。ちなみに、巨大蟻は、"魔物"ではなく"動物"に分類されるのだとか。


「(魔物……。そういえば、魔物と普通の動物の違いは何なのでしょう?強い?凶暴?素材が取れる?あるいは……)」


「——って事があって、近くの村人はこの森に……って、コエダちゃん?私の話、聞いてる?」


「えぇ、聞いていますよ?魔女が放った魔物のせいで、村の1つが滅びてしまい、そのことを知った他の村の人々は、それ以降、森に近付こうとしない、というお話ですよね?」


「ちゃんと聞いてたのね……。なんか、上の空だったから、聞いてないのかと思った」


「私は最近初めてこの森に来たので、クレアさんの説明は非常に興味深いものだったのです。そのせいで色々と考え込んでいたので、上の空のように見えていたのでしょう。すみません、紛らわしくって……」


 同じ女性だったためか、自分に色々と説明してくれたクレアに対し、謝罪の言葉を口にする小枝。対するクレアが——、


「そんな……謝る必要なんて——」


——ない。そう答えようとした時のことだった。


ギギギギギ……


 不意に馬車が止まる。そして、御者席に座っていた商人のリンカーンが、幌の中にいた4人に向かってこう口にした。


「ふぅ、なんとか夜になる前に森を抜けたぞ?今日はここで野営だ。俺はもう疲れたから、野営の準備は頼んでも良いか?」


 3人の冒険者たちの雇い主であるリンカーンは、本来なら御者の役目はせず、商売繁盛についてあれこれと考えを巡らせながら、荷台で馬車に揺られているはずだった。しかし、命からがら死地から脱出した現状、いつ再び巨大蟻たちに追いかけられるとも言えなかったので、御者をすべき冒険者たちは、体力を回復させて万事に備える必要があったのである。その結果、本来なら楽を出来るはずのリンカーンが、緊張しながら御者をやるという本末転倒な状況となり……。馬車を止めた時点で、彼が一番消耗していた、というわけである。しかも後ろからはいつ巨大蟻たちが追いかけてくるとも限らなかったので、その心労は計り知れなかったことだろう。


 そんな雇い主に対し、冒険者たちは言った。


「あぁ、当然だ」

「任せて下さい」

「お疲れ様です。リンカーンさんは休憩していて下さい」


 そう言って、3人は馬車から降りると、道沿いにあった大きな岩を背にしてテントを張り始めた。その場に焚き火の跡のように石ころが円形状に並べられていたところを見ると、ここを通る者たちは、皆、この場で、野営をするようである。


 小枝も3人の冒険者の後を追いかけて馬車を降りる。自分も冒険者であると言った手前、手伝わないという選択肢は無いと判断したらしい。


 そんな彼女に向かって、リンカーンが言った。


「えっと、コエダちゃん?あんたは雇った冒険者じゃないから手伝う必要はないぞ?」


「えっ?」


「あー、いや、コエダちゃんには命を救って貰ったからな。町まで行くなら客として迎えたいと考えてる」


 正式に契約をしているわけでもない上、命の恩人をこき使うなどできるわけがない……。そう考えたリンカーンとしては、小枝に野営の準備や見張りに立って貰うつもりは無かったようだ。


 それは小枝にとって助かる事だった。面倒か、そうでないか以前に、彼女は野営についてまったく何も知らなかったのだ。教えられれば出来なくはないが、この世界のテントを張る方法も、調理器具を使う方法も分からない彼女にとっては、ミハイルたちを手伝うのは難しいことだった。


 ゆえに彼女は、リンカーンの厚意に甘えることにしたようだ。


「では、申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」


 そう言って頭を下げる小枝。


 一方のリンカーンは、小枝のその仕草を見て、難しそうな表情を浮かべていた。


「……あの、小枝ちゃん?その丁寧なしゃべり方だけど、もしかして……どこかの大きな家のご令嬢様だったりする?」


「令嬢?いえ。ただのガ……平民です」


 ただのガーディアン……。そう口にしそうになって、小枝はとりあえず平民であると名乗ることにしたようだ。


 彼女にとって、その名乗りは、特別な意味を持っていた。今までガーディアンであるがために、小枝は山奥から外に出られなかったのである。ところがこの世界では、年相応の少女として生活が送れるかも知れないのだ。そのせいか、彼女の表情には、どこか清々しさすら浮かんでいたようだ。


 そして小枝は異世界に来たという現状を噛みしめるかのように、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。それから空を見上げて——、


「…………え゛っ」


——変な声を上げながら固まってしまう。


 そこにあったのは、巨大な月の姿。全天の2割強を覆い尽くすような巨大な月である。これまで馬車に乗って移動してきたせいで、彼女は月の姿に気付かなかったのだ。


太陽が昇る時刻は朝方で、月が昇る時刻は大体いつも昼頃なのじゃ。

なお、満ち欠けは無く、常に"下弦の月"の形をしておる模様。

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