第95話 VSゴールドグリフォン
確認している暇はなかったので、後から確認した情報だが……『ゴールドグリフォン』は、名前からも想像できる通り、グリフォンの上位種である。グリフォンよりも疾く、軽やかに空を舞い、爪やくちばしはより鋭く、魔法すら自在に操る。当然、知能も高い。
複数のグリフォンを統括して群れをつくることも少なくはない。というか、その威光にあやかろうと、グリフォンの方から集まってくるそうだ。
その戦闘力は、一説には下位の龍種にすら匹敵するとまで言われるレベル。
そんな『魔物図鑑』の説明文の通り、僕らの前に立ちはだかる『ゴールドグリフォン』は、その戦闘能力を存分に発揮していた。
配下のグリフォンたちを統率して襲ってくるとか、自身も強い戦闘能力を持っているとか、そのへんはいい。むしろ予想通りだし。スキルと能力値を見れば大体わかった。
けど……毎度のことながら、どうやって戦うのか、っていう点だけは、実際に戦ってみないとわからない。
そして毎回、僕らが苦戦することになるのはそのへんだ。
「おら、また来るぞ!」
フォルテの声が響いた直後、ゴールドグリフォンは僕らの視線の先で、その翼を大きく羽ばたかせて飛翔した。ある程度まで高く上がると……そこから急降下して襲ってくる。
が、まっすぐこっちに突っ込んでくるかと思われたそいつは、急カーブして軌道を変え、ずれた場所に着地すると……着地したその瞬間に、地面が爆ぜるほど強く地を蹴って駆け出した。
その速度は、軽く馬を超えているだろう。空がホームグラウンドだとは思えないくらいの速さで、すさまじい勢いで走る。瓦礫なんかの障害物はよけたり、飛び越えたりしながら。
そして、その最中……来た!
「全員構えろ! アレだ!」
―――ピカァァアアァアッ!!
『光魔法』の類だろう……『ゴールドグリフォン』のキンキラキンの体が、スタングレネードばりの爆発的な光を放った。
直前にアルベルトが発してくれた――しかも『戦略魔法』との合わせ技で、発声した瞬間に頭に届いてくれるので助かる――警告のおかげで、僕らは目を瞑ることでそれを回避できた。
しかし、その一瞬の隙を見逃すはずもなく……配下たちをひきつれて、『ゴールドグリフォン』が突っ込んでくる。ご丁寧にも、今発光したところからさらに場所を変えて……目を瞑っている僕らでは反応するのが難しいであろう角度から。
しかしそれは、僕が展開した『箱庭』の結界で防がれ、離脱にもたついている1羽のグリフォンが、リィラのヘッドショットで撃ち抜かれた。それでも、脳は外れたのかまだ息があったので、一歩踏み込んでフォルテが頭を踏みつぶした。
これだよ。この目つぶしからの一斉攻撃。コレが厄介だ。
今でこそ、アルベルトが直前で気づいてくれるので対応できているが、最初はひどいもんだった……とっさに『箱庭』を展開しなきゃ、怪我人がでていたかもしれない。
目つぶしは僕ら無機物組にはそこまで効果はないんだけど、全く効かないわけじゃないし、目がチカチカして前がよく見えない、程度にはやられてしまうのだ。おかげで、その後しばらく防戦一方になって大変だった。
レーネ達、生身のメンバーは、完全に視力をやられてて……回復にはかなり時間がかかりそうだったけど、『無限宝箱』に入れてあった状態異常回復のポーションを皆に使って、さくっと復活させた。
この手の消耗品は、製造部門にひたすら作らせているので、数えるのも億劫になるくらいの在庫がある。湯水のごとく使っても何も問題ない。
むしろ、こういう緊急の場面で使ってこそ……ってそんな場合じゃなくて。
「どうすっかね……素早くて、空も飛ぶ。防御力も低くはないし、障壁もまとってる。そんなのがヒットアンドアウェイで襲ってくるって……厄介だなこりゃ」
「どれかの要素が欠けていれば、まだ対応できるのだがな……というか、あの目くらましが凶悪すぎる。今度軍の戦闘プランのメニューに取り入れてみよう」
「仕事熱心ね、こんな時まで……ねえ、ところでアルベルトって、どうやってあいつが閃光を使うのを察知してるの?」
ふと気になったのか、レーネがそう尋ねていた。
アルベルトはその問いに、ちょうど襲って来たグリフォン(配下の普通の奴)の攻撃をかわしつつ、首筋に蹴りを叩き込みながら返していた。
「ああ、何、簡単だ。配下のグリフォンたち、いずれの視界にも入っていないタイミングで、魔法発動の兆候が見られた時……絶対ではないが、これを目安にしている」
曰く、あれほどの閃光は、直視すれば敵だけでなく味方にもダメージになってしまうのは必然。
ましてや、グリフォンは目がいい魔物だ。ご丁寧に視力強化系のスキルまで持ってる。そんなのが閃光系の攻撃を食らったら、そりゃ大変なことになる。
ただ、ゴールドグリフォンが持っているスキル『統率』。これには、味方同士のフレンドリーファイアをある程度軽減する効果があるらしい。
おそらくコレのおかげで、閃光で自分の味方まで墜落させる、なんてことが起こらないようになっているんだろう。
だがそれでも、直視してしまえばそれは難しい。戦闘に支障が出るレベルのダメージにはなる。
だから、配下のいずれの視界にも入らないタイミングでしか使わない。
なるほど……言われてみれば納得の理由だが、この混戦の中、それを可能にするゴールドグリフォンの知能と観察力には戦慄せざるを得ない。
そして……戦域全体に意識を向け、そのタイミングを逃さず察知するアルベルトにも。
「……それにしてもこいつら、何だかやたら私をしつこく襲ってくるな。鬱陶しい……」
呟くように言ったアルベルトの言葉に、ビーチェは少し考えて、
「もしかして、閃光を使った奇襲が失敗続きな原因がアルベルトだって気づいてるのかな。だとしたら、向こうの頭脳もホントに侮れないけど……」
「……たぶん、違うと思う」
しかし、それに否をつきつけたのはレーネだった。
「え、何で?」
「気のせいじゃなければ……あいつら、アルベルトに襲い掛かる時……視線に、敵意の他に食欲みたいなのが乗ってるから。隠れ里時代の狩りでよく見た目だわ……餌におびき寄せられて、罠に飛び込んでいく獣があんな目をしてた」
「……食料として狙われとるのか、私は」
「そういや、ウサギって猛禽類の主食みたいな位置づけよね」
…………変な因果関係が明らかになってしまったのはともかく、
さて、この膠着状態、どう打破するか。
キノコの時みたいに、眷属を増やして人海戦術で行くか、それとも……と、考えていた時。
「ねえ、ここは私に任せてもらってもいいかしら?」
「? お母さん?」
どうやら、ピュアーノに何か考えがあるらしい。
会話を交わしてから数分後……事態が動いた。
再び、というかもう何度目になるかなんてわからないんだけども、『ゴールドグリフォン』が閃光を放ち……僕らはそれを、続けて飛んでくる一斉攻撃も含めて防御する。
しかし、その直後、今までと違うところがあった。
かなり深くまで切り込んできて、離脱しようとしたゴールドグリフォンを……ピュアーノが大きく踏み込んで追いかける。剣を振るって周囲のグリフォンを散らし、一直線に。
それを、ゴールドグリフォンは内心で嘲笑しただろう。深追いする愚か者が出た、と。
「はぁあっ!」
レイピアを鋭く突き出し、目を貫こうとするピュアーノを、ゴールドグリフォンは飛翔してひらりとかわす。そして、空中で一瞬にしてその背後に回り込み……その背中から、彼女を切り裂いた。誰がどう見ても、それは致命傷だった。
「あぁあっ!!」
「お、お母さんッ!」
レーネの悲鳴が空しく響く中……背中から血を噴出したピュアーノは、そこに力なく倒れ込み……うごかなくなった。
その体を前足で踏みつけ、ゴールドグリフォンは雄たけびを上げる。
勝利の咆哮か、はたまた、次はお前達がこうなる番だ、とでも言ってるのか。
……まあ、どっちでもいいが……この瞬間、黄金の獣の運命は決まった。
『隙あり~♪』
――ドスッ
ゴールドグリフォンの……人間で言えば、わきの下に当たる部分。
そこに、1本のレイピアが、深々と突き刺さっていた。
たった今死んだはずの、ピュアーノの手を離れて、ひとりでに飛んで……刺さっていた。
ゴールドグリフォンが驚いて、理解できない様子なのがここからでもわかった。
そしてその足の下で、『偽装体』のスキルで形作られていた、ピュアーノの体が掻き消える。
そして、一拍遅れて……刺さっている剣の柄から、手、手首、腕、体、そして頭や足……という順に、ピュアーノの体が再び形作られた。無傷で……にやにやと笑っている。
まあ、ゴールドグリフォンは知らなかったから驚いたんだろうが……僕らにしてみれば、なんてことない、予想通りの結果である。というか、そもそも打ち合わせ済みだったし。
★名 前:ピュアーノ・セライア
種 族:剣精霊
レベル:37
攻撃力:682 防御力:722
敏捷性:739 魔法力:542
能 力:希少能力『統率』
希少能力『上級魔法適正』
希少能力『上級魔法剣術』
固有能力『武器精製』
固有能力『偽装体』
固有能力『精霊剣術・緑』
特殊能力『杯』
御覧の通り、彼女は魔物である。『リビングソード』の系列に属する。
剣が本体なのだ。人間の体は、あくまで偽装に過ぎない。
斬られようが潰されようが、痛くもかゆくもない。壊れても、すぐ再生可能だ。
それを利用して、死んだと見せかけて奇襲する……それが、単純ではあるが初見殺し極まりない、ピュアーノの作戦だった。
そしてそれはうまくいき……わきの下から差し込まれたピュアーノのレイピア――というかピュアーノ本人――は、完全に心臓に達していた。
そしてさらに追撃。ピュアーノは、剣の切っ先から『精霊剣術・緑』による風魔法を放って、内部からズタズタにする。
絹を割くような、耳を覆いたくなる絶叫が響いた。
しかし、恐るべきはその生命力か、ゴールドグリフォンはそれでもまだ暴れ続け、せめてピュアーノを道連れにしようと爪を振り下ろした。
その一撃で再びバラバラになるピュアーノの体。だが、今度は即座にそれが消え去り、同時に剣が抜けてひとりでに宙を舞う。
そして、空中でピュアーノの体が復活し、そのまま……ゴールドグリフォンの脳天めがけて剣を突き出した。
ど真ん中を貫通し、眼球を貫いて目から切っ先が突き出る。文句なしの致命傷。
剣を抜いた直後に、どう、と、黄金の体が倒れ込む。今度こそ、ゴールドグリフォンは死んだ。
「大成功! レーネ、見てたー? お母さんやったわよー!」
ゴールドグリフォンの亡骸のそばで、ぶんぶんと手を振って得意げにするピュアーノ。
それをレーネは、何とも言えない微妙な表情で見ていた。
「えーっと、うん、お疲れ様……だけど、できればやめよ、今度からこの方法……。有効なのはわかるんだけど、心臓に悪いから……」
何か、げんなりした感じの表情になってるレーネが、絞り出すように言った。
「死んだはずの、でもせっかく再会できた母親が、偽装だと、作戦だとわかってても目の前で惨殺されるの見るの、精神的にきつい……」
「もっともな意見だな……というか相変わらず、好きなように好きなように動く奴だ」
「生前からあんなだったのかよ」
レガートとフォルテも横で呆れていた。その後ろではフェルが、
「偽装とはいえ、斬られれば痛くはなくても、異物が体の中を通過する違和感とかありますし、いい気分ではありませんからね、私もちょっと抵抗ありますし、ああいうやり方はさすがに……」
同じことができるはずのフェルからしても、あれはちょっとどうかと思うらしい。
ちなみにピュアーノが『偽装体』を使った死んだふり芸をやるのはこれが初めてではない。
こないだ、帝国へ進出する前の装行式みたいな感じで開催した宴会で、彼女は自分で自分の『偽装体』の首を切り落として小脇に抱え、
『一発芸! 首無し騎士!』
という渾身のブラックジョークでその場を阿鼻叫喚の渦に叩き込んだ前科がある。
ちなみにレーネは失神した。無理もない。
……つくづく思うんだけど、こんな人だったのか、レーネのお母さんってのは。
随分と、ノリがいいというか、軽いというか……似てるような似てないような。
そんな中、アルベルトが『おほん』と咳払い一つして、
「さて、今後の方針は後で話すとして……そろそろ追撃に移らんか? 見ろ、周りの連中……ボスがやられて動揺して、うまく動けなくなっているようだ」
「あ、ホントだ」
「オーク連中の時と同じだな。『統率』スキルをボスがいなくなった結果って奴か」
「好都合なのです、一気に仕留めましょう」
その言葉を皮切りに、僕らは気を取り直し……反撃に移った。
数分後、その場にいたグリフォンたちは、全滅していた。




