第90話 旧帝都ガルバゼリア
さて、皇子様がこうして仲間に(一時的に)加わったわけだが……なるべく早くことを進めた方がいいのは前言った通りなので、早速『攻略』にとりかかることになった。
現在、僕が変身した『バス』でその場所に向かっている最中だ。
なお、アルベルトの部下の人たちには、代表して副官の人に僕の眷属を持たせている。
能力は制限してあるが、メールもどき機能による手紙のやり取りとかに使えるだろう。
「しかし、アレだな……少し見ない間に、揃いも揃って信じられんほどレベルアップしているな。あらためて同盟を組んでいてよかったと思ったぞ」
「それはどうも。そういうあなたは、あまり変わっていないみたいだけど」
「ははっ……恥ずかしながら、前に出て戦う機会というものに恵まれなくてな。特に戦争の時などは、皇族は後方で指示をする役だからな。これは平時なら、狩りにいくとでも何でも適当に理由をつけて抜け出して、魔物を買って経験を積むようなこともできるんだが」
普段そんなことしてんのか……アクティブな皇子様だな。
まあ、レベルが78……達人級にまで上がってるわけだし、そりゃ普段から鍛えなきゃこんな所までくることはできなかっただろうけど。
長い時間をかけて、独力でここまでレベルを上げたとなれば、それに見合った戦闘技能も持っていると見ていいだろう。それも、付け焼刃やなんとなく使えるレベルじゃなく、スキルをきちんと十全に使える領域だと思う。
……というか、前々から思ってたんだけど、この人のスキル、意味が分からないというか……名前から効能を想像できないのがあまりにも多くて……どういう能力なのかいい加減知りたい。
連携するんなら、そのあたり知っといたほうがいいと思うんだけども。
「それはおいおい、だな。せっかくだ、目的地も見えてきたことだし……実地で試そう」
と、バスの窓から肩まで外に出しながら、前の方を見て言うアルベルト。
それを聞いて、他の皆も同じように前を見る。
そこには、1つの町があった。
魔物や盗賊の侵入を防ぐための塀に囲まれていて、かなりの大きさであると一目でわかる。
しかしその町は……正確には、ここから見える範囲の、入り口の門と塀だけだけども、もうずいぶんと掃除も手入れもされておらず、汚れ放題、荒れ放題なのがわかる。
どれだけの年数放っておかれて、風雨にさらされっぱなしだったのか、と思うほどに。
けっこうしっかりした石造りのようだから、倒壊しそうな気配こそないものの……あれを見るに、その中の都市自体も、ろくな状態にはなってないであろうことは容易に想像できる。
もっとも、それは僕らは百も承知した上でここに来ているんだけども。
「あれが?」
「ああ。最初の目的地にして、帝国が直轄管理しているダンジョン……『旧帝都ガルバゼリア』だ」
旧帝都ガルバゼリア。
文字通り、このゲルゼリア帝国のかつての『帝都』である。
もう随分前に放棄されてしまい、それ以降使われなくなっているので、荒れ放題だが。
中は、門の状態から想像できた通りの惨状であり……街並み、街路、家々の1件1件から……おそらくは、その向こうに見えるかつての宮殿に至るまで、手入れがされなくなった結果として荒れ果ててしまっていた。
街路の石畳は風化して割れたり崩れたり。その間から雑草その他が伸び、家やら何やらに蔦が絡みついて緑化現象が起こったりしている。
門のところで見張っていた兵士には、アルベルトが『お勤めご苦労』と一声かけていた。
そのまま、僕らも中に。特に変装もしてないし、どう見ても軍の関係者とかじゃないのに、普通に顔パスで入れちゃったよ……根回ししてたのかな?
「根回しなど必要ないさ。もともとここは、私が管理を任されている場所だからな。兵士だって当然、最初から私の息がかかっている」
「……聞いた時もおどろいたけど、国がダンジョンを管理してるのって、珍しいわね」
と、ビーチェがアルベルトに言う。
さっきもちらっと言ってたけど、アルベルト曰く、この『旧帝都』は、放棄されてからしばらくしてダンジョン化したらしい。そして同時に、国……というか、アルベルトによって出入りやら何やらを管理されている。
国有地ということもあり、許可なく立ち入ることはできない。
だがビーチェいわく、いくら国有地だろうと、すでに廃棄した都市を、わざわざ国が兵士を置いて管理するなんてこと、普通はしないらしい。もう用済みだからこそ捨てたわけだし。
同じように、ダンジョンを国が接収して管理する、なんてことは……全くないわけじゃないにしろ、珍しいそうだ。基本的に危険な場所だっていうのもあるけど、こういう場所は、傭兵崩れや、宝探し目当ての探索者が好んで潜ったりすることも多いそうだし。
むしろ広く開け放って、その人たちを相手にした商売を奨励して経済を発展させるとかの使い方をする方が利益につながることが多いから、好きなようにさせている場合が多いそうだ。
あるところには、ダンジョンを中心に周囲に町が発展して、ダンジョン自体が町の重要な産業の一角を担っている……なんてパターンもあるらしい。たくましいな、この世界の人間。
が、どうやらアルベルトがここを、自分の勢力から兵力を割いてまで管理しているのには、きちんと理由があるらしい。
「何、簡単なことだ……誰彼構わずここに招き入れて、持っていかれたらやばいもんを持ち出されたら困るだろう? 機密書類とか、王家や名門貴族家に伝来の財宝とか」
「え、そんなもん残ってんの? 廃棄した都市に?」
そういう……言葉通りにやばそうなものって、処分するなり、持っていくなりするんじゃないの? 見つかったらヤバい系なら、なおさら。
何か災害とかがあって、急に廃棄しなきゃいけなくなった、とかじゃないらしいし。
聞けば、帝国が大きくなるにしたがって、流通や各調理への指示伝達に不便な位置にあることが問題になっていて、その解消のために、ってことで遷都したと聞いている。
なら準備期間も十分あっただろうし、そういうのは持ち出してるんじゃないだろうか?
「持ち出すなり処分するなりしているだろうさ。普通に探してもそんなもんまず見つからん。が……これが『ダンジョン』となると話が変わってくるんだ」
「……ああ、そういうことか」
それを聞いて、僕にもわかった。アルベルトが懸念していることが。
思い出したのは、以前僕らが、王都のスラムにあったダンジョン『栄都の残骸』を完全攻略し……その報酬を『黙示録』から受け取った時のこと。
すでに風化し、失われていたはずの、いくつかの機密文書が……『天啓試練』の報酬の名目で、ダンジョンの力で復活して、僕らの手に収まったことがあった。そのおかげで、僕らはロニッシュ家がどうしてあんなことになったのか等、あれこれ知ることができた。
アルベルトが危惧しているのもそれだろう。この『旧帝都』がダンジョン化しているということは……同じことが起こりうる、ということだ。すでに処分されたはずの、表に出たらヤバい文書やら何やらが、ダンジョン攻略の『報酬』として復活し、世に出かねない。
僕らの時は『黙示録』あってのことではあったとはいえ、それなしでも同じことが起こるかもしれない。ならば、下手な者を立ち入らせることはできない。
「もっとも、この理由は中央の連中には教えていないがな。適当にごまかしてある」
「まあ、『黙示録』云々を話すのはヤバいしね、そりゃ無理ないか」
「それもあるがな……誰にも渡さず、私たちが手にしてしまえば、有効活用できるだろう?」
と、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべながら言うアルベルト。
ああ、なるほどね、自分達の武器にするつもりなのか。
確かに、皇族や、他の有力な貴族家の秘密を握れるとすれば、政争の場においては大きな武器になるだろうしね。うん、見事な打算と欲望。
そしてアルベルトは、『黙示録』を取り出して開き、中の記載をチェックしている。
僕も同じようにする。えーと……あったあった。ダンジョンに入ったからだろう、ここで挑戦できるクエストが新たに追加されて載っている。
そのページを開いたまま、アルベルトのそばに行って、互いにそこを見せ合う。
そこには……1つ1つ細かいところは省略するものの、
「ふむ……まあ、予想しないではなかったが……」
「かぶってるのもあるけど、結構違うな……」
【挑戦可能クエスト一覧】 ※シャープ側
・『旧帝都ガルバゼリア』を完全攻略せよ
・コボルト15匹を討伐せよ
・裏路地に潜むアサシンキャット4匹を討伐せよ
・地下道に隠された宝を探し出せ
・地下道に住むマッドコブラ7匹を討伐せよ
(一部略)
・霊廟のアンデッドを全滅させよ
・グリードラットキングを討伐せよ
・旧ヨランド邸の魔物を全滅させよ
・バンデットグリフォンを5体討伐せよ
・●●●●●
【挑戦可能クエスト一覧】 ※アルベルト側
・『旧帝都ガルバゼリア』を完全攻略せよ
・コボルト15匹を討伐せよ
・裏路地に潜むアサシンキャット4匹を討伐せよ
・地下道に隠された宝を探し出せ
・地下道に住むマッドコブラ7匹を討伐せよ
(一部略)
・閉ざされた城門を全て開け
・旧アルバレスト邸の隠し財宝を見つけ出せ
・貴族街の暴走ゴーレムを全て停止もしくは討伐せよ
・旧ヨランド邸の狂気を暴け
・●●●●●
前半は結構同じというか、似通ってるものの……後半に結構な違いがあるな。
僕の方は、魔物の討伐とかダンジョン攻略に関わるものがメインの構成になってるようだ。
それに対して、アルベルトのは……なんだ、こう、貴族とか権威絡みのが多い気がする。
もちろん、討伐系や探索系もないわけじゃないが……城門を開くとか、貴族の旧邸宅(多分)を探し回れとか、それ系が多い。そこで隠し財宝とか、武器を見つけろとか……狂気って何よ?
「やはり、持ち主の立場や嗜好、行動の傾向等で、クエストの傾向が変わるのかもしれんな」
「? 詳しく」
「コレは私の経験則で、確たる根拠や証拠のようなものはないのだが……クエストの内容と報酬は無関係ではないようだ。金銭や財宝、消耗品等は全体的に手に入りやすい傾向にあるようだが……それ以外の、例えば、強敵との戦闘を行うクエストでは、武器や防具が出やすい。素材等の探索を行うものであれば、それに関係する素材が出やすいような気がする」
「あー、それは僕もちょっと思ってた。ザコモンスターだと、銀貨とか食料とか、生活必需品メインだけど……強くなってくると、剣とか薬とか落とすな、って。あと、前に悪魔倒したら、悪魔系に有利に戦えるスキルがもらえたこともあったっけ」
……そういやあの悪魔、帝国の手先だったんだよな。
いや、操ってたのはもう死んだ方の『殿下』だし、アルベルトのことはある程度信頼することに決めてるから、もういいけども。
アレの襲撃で死んだの、差別主義の連中ばっかだったし。
蒸し返してもいいことないので、何も言わずに話を続ける。
「そして、これらのクエストの内容から逆算するに……これをクリアすることで手にできそうな類の『報酬』は、『黙示録』の持ち主が必要としていそうなものになる気がするんだ。例えば私のものだと、貴族の邸宅やら、その暗部絡みのクエストが多い……おそらくクリアすると、その貴族絡みの重要書類やら証拠品の類が出てくる可能性が高い。それも、失われたものまで復元されてな」
「なるほど……僕の方は討伐系や探索系がメイン。ターゲットは……この都市内にホントにいるのかって感じのもあるけど、強敵と言ってよさそうなのが多いな。倒したら、単純に金になる財宝とか、強力な武器とか、もしかしたらスキルが手に入るかも」
そう考えてみると、確かにそれぞれにとってほしいもの、価値のあるものが報酬として出そうなクエストがメインに並んでる気がするな。
アルベルトが、貴族家の暗部・汚点の証拠なんかを手に入れれば、政争で優位に立ち回れるだろう。行政運営上の強力な武器になる。今後、作戦実行のための大きな力になりうる。
一方、僕らは組織運営のための資金源としてや、今最も求めている戦闘分野での強化のために有力なものが手に入るのは大歓迎だ。武器然り、スキル然り。
あとは、毎度おなじみ『●●●●●』があるけど、コレはもうわからんくても仕方ない。
「もしかすると、この『●●●●●』の中身すら違うかもしれんがな」
「ああ、そうか……多少期待しとこうかな」
「うむ。しかし、我々のどちらか片方だけであれば、この片方しか手に入らなかったわけか。組んで正解だったな」
「まあ、そうかもだけど……でもどっちみち、政治系の武器なんて手に入っても、僕じゃうまく使える自信なんてないんだけどな……」
「ならその辺は私やフェルがやるわよ。表の権力者じゃなく、裏側から使った方がよさそうなものも中にはあるでしょうし」
と、ビーチェ。ああ、なるほど、それなら問題ないな。
うちではこういうのはビーチェ達の得意分野だ。
「これは頼もしい。わかった、その時は頼りにさせていただこう。さて、そろそろ始めようか……文字通り廃れているとはいえ、かつての帝都だ。探索するとなるとバカみたいに広い。地図は持っているが、それでも早く動くに越したことはないだろう」
「そだね、じゃ、行こうか」
記念すべき帝国の初ダンジョン『旧帝都ガルバゼリア』、攻略開始。




