第88話 ピュアーノ・セライア
そこは、飾り気のない、縦横20m、高さ10mほどの大きさの、直方体の部屋だった。
そこで、1人の女戦士が、1本の剣を手に戦っていた。
四方八方から襲い来るのは、何とも面妖な、体が四角形のブロックで構成されているモンスターだ。人型をしているが、手も足も頭も胴体も、直方体の角ばったブロックでできている。昔のゲームのドット絵がそのまま3Dになったような、不自然な見た目。
しかし、意外と動きは早く、割と強いそれらを、女戦士はばっさばっさと斬り倒している。
彼女は、先のとがった長い耳を持っていた。
無理乱される髪は、美しいピンクブロンドだった。
引き締まった筋肉と、女性らしい体つきが特徴的で、剣裁きは熟練者のそれだった。
その姿は……僕の知り合いである、ある少女に似ていた。
…………なんか遠まわしにナレーションっぽく言うの飽きたからそろそろ答えを……って、ああ、ちょうど終わったっぽいな。
最後の一体を切り捨てた彼女は、ふぅ、と息をついて、こちらに……『箱』の外から様子を見て居た、僕とレーネの方を振り返り、にこりと微笑んだ。
それを見て我慢できなくなったのか、それとも元々そうするつもりだったのかはわからないけど……隣に座っていたレーネが立ち上がり、駆け出した。
『箱』の半透明の壁にレーネが触れると、そこだけまるで何もなかったかのように壁が消失し、何の問題もなく、彼女は中に入れた。
そして、手に持っていたタオルを、剣を収めた女性に渡しながら……
「お疲れ様、お母さん! すっごいかっこよかった!」
「あらそう? ふふっ、ありがと、レーネ」
はい、そろそろ説明始めるのでちょっと待つように。
☆☆☆
とりあえず、彼女の紹介からしようか。
もっとも、もう答えに近いやり取りをレーネと一緒にしてるけども。まあ、一応。
さっきまで『箱』の中で大暴れしていた彼女の名は、『ピュアーノ』。
フルネームで言うと『ピュアーノ・セライア』。
大方の予想通りであろうが……レーネの母親である。
ビーチェの実家である『ロニッシュ家』に私兵として仕えていた騎士であり、何やかんやあってその家の当主……つまりはビーチェのお父さんのお手つきになり、レーネができてしまったという何ともコメントに窮する来歴を持つ、エルフ族の美女だ。
懐妊後、レガートと共に故郷である隠れ里に戻り、しかしその身を病に侵され、数年前に死んでしまったわけだが……このたび、こうして復活した。
どうやってかと言えば、フェルと同じパターンである。はい、ステータス。
★名 前:ピュアーノ・セライア
種 族:守護霊剣
レベル:31
攻撃力:443 防御力:476
敏捷性:348 魔法力:251
能 力:希少能力『破魔の剣』
希少能力『統率』
希少能力『中級魔法適正』
固有能力『武器精製』
固有能力『偽装体』
特殊能力『杯』
こないだアルベルトから届けられた、『ピュアーノ・セライアのレイピア』。アレを、例のアイテムを使って魔物化させた結果がこれだ。
レーネの母であり、レガートの元同僚、ピュアーノ・セライアはその時、一人で勝手に動いて人を襲うとされる魔法生物系モンスター『動魔剣』として復活した。
その際、当然ながら、レーネ達との感動の再会なんかがあったりしたわけだけども……邪魔しちゃ悪いと思って僕らはそこを外してたので、よくは知らない。
けど、復活して、スキル『偽装体』によって、生前の姿を取り戻したピュアーノを見た瞬間、レーネ達の目から涙があふれ出してたのを最後に見たので、まあ、感動だったんだろうな、っていう所までは知っているというか、予想できるというか。
詳しく、根掘り葉掘り聞いたりするのは野暮だと思うから、未だに触れてないけど。
そのあと数日は、レガートとビーチェ、さらにはバートとかも入れ代わり立ち代わり訪れて、話したりしてたし……特にレーネは、久しぶりに会うお母さんに甘えっぱなしだったし……。
今思うと、若干だけど幼児退行気味だった気がしなくもない。
……そのへんもあるので、あまり触れないように……ね?
ともあれそんな感じで、ピュアーノ・セライアは復活し、娘たちと感動の再会を遂げた。
そして色々済んで落ち着いたところで、ビーチェの口から今の状況を説明し……彼女もまた、ビーチェに協力し、共に歩んでいくことを決めたのである。無機物組の一角として。
そこからはフェルと同じ。恒例のパワーレベリングである。
なんせ魔物位階1のレベル1だ。戦力にも何にもなりゃしない。
毎度おなじみトロッコ列車ならぬトロッコ戦車の旅で、手っ取り早くレベルを上げ、ある程度まで強くなったら自力での戦闘に切り替える方式で育成。
その補佐に、僕とリィラがついて行った。
おかげでガッツリとレベルもあがり、こうしてピュアーノは『守護霊剣』にまで進化した。
僕らよりも1つ下、第3位階の魔物だ。きちんと戦力に数えられるレベルまでになっている。
まだまだレベリングは続けるけどね。目標は、最低でも第4位階だし。
その為に……こうして、最新の設備でガンガン経験値を稼いでもらってるわけで。
そういえば、コレについてまだ話してなかったと思う。
レーネとピュアーノが、休憩中の時間を利用して仲良く語り合っているわけだが……さっきもいったように、彼女達は今現在、『箱』の中にいる。
面がガラスみたいな半透明になっている、縦横20m、高さ10mほどの大きな直方体の部屋。
そしてその中に……今は落ち着いているが、さっきまで延々と、ブロックで体が形作られた人型モンスターの軍団が出現し、ピュアーノはそれらを相手に戦っていた。
この箱はもちろん、僕の作品である。
その名も『トレーニングルーム』。戦闘訓練兼パワーレベリング用の新兵器だ。
ことの発端は、僕が王国内のとあるダンジョンで『キューブスライム』という、立方体の形のスライムを見つけた時にさかのぼる
珍しい魔物だなと思いつつも、特に問題なく倒したんだけど……その後、ふと思いついて試してみたら、その『キューブスライム』、僕が『眷属小箱』で精製することができることに気づいたのである。
僕の能力は箱の形をしていれば何でもいいのだろうか、なんて思ったりはしたものの、便利なので使わせてもらうことに。
そしてその後、色々と試してみる中で気づいたんだけども……その、僕が作った『キューブスライム』はそこからさらに自力で増えることができたのである。スライムらしく、分裂して。
どうやら、十分な量の水と栄養、あるいは魔力があれば、自力で増えられるようなのだ。
まあ、スライムだから当然なのかもしんないけど。
で、その性質を利用したのが、この『トレーニングルーム』である。
6つの面全てが『キューブスライム』をさらにちょっと加工して作った特殊な材質でできていて、金属のように固いが、スライムとしての性質も確かに残している不思議物質になっている。それらを囲む辺――骨組みの部分には、リィラから手伝って貰って加工を施した。
これに魔力を流し込むと……だ。
「ピュアーノ? そろそろ時間だけど……どうする?」
「あら、ごめんなさいね。続けましょう。レーネ、そろそろ」
「うん、了解。頑張ってね、お母さん」
そう言葉を交わして、レーネは再び外に出る。
それを見計らって、僕がその『トレーニングルーム』に魔力を流し込むと……壁や天井、床から、さっきと同じ人型の箱モンスターが、湧き出るように現れた。
いや、実際湧き出してるんだけどもさ。
★種 族:スライムキューブドール
レベル:15
攻撃力:100 防御力:100
敏捷性:100 魔法力:100
能 力:特殊能力『悪魔のびっくり箱』
派生:『千両替箱』『梱包贈答』
こいつは、僕とリィラの合作として作り出された新種のモンスターだ。
『キューブスライム』由来の素材でできたこの『トレーニングルーム』の壁から、魔力を対価としていくらでも生み出すことができ、さらには込める魔力その他次第で、能力値その他もある程度自由に変えることができる。
レベルの高くて強い個体や、防御力は高くて硬い個体、敏捷性が高くて素早い個体、魔法が使える個体……その他色々。とにかく色々融通が利く。
そしてこの『トレーニングルーム』は、目的に合った能力のこの『スライムキューブドール』を作り出して、中にいるレベリング対象者がそれと戦い、修行を積みつつレベルを上げる、というやり方でレベリングを行う装置だ。
『スライムキューブドール』は、戦って勝てば、というか倒せば経験値は入るし、スキルである『千両替箱』と『梱包贈答』のおかげで、時にはドロップアイテムすら落とす。低確率だけど。
さらには、素材であるスライム由来物質や水分、魔力なんかが一部還元されて、『トレーニングルーム』の壁や床に吸収される。
これも実験を繰り返す中での発見だが、僕の『眷属小箱』や、スライムの分裂は、魔力だけを材料に生み出すよりも、何かしら材料が他に実際にそろっていた方が、魔力の消費が俄然少ない。
なので、今言った素材の吸収は、低コストで延々と『スライムキューブドール』を召喚し続けることができ、戦闘訓練やレベリングを続ける際に非常にメリットになるのだ。持続性増すから。
で、今実際にそうしているわけ。
一度に大体10~15体くらいそれを作り出し、その数をキープする要領で次々に生み出す。慣れて来たからか、ピュアーノの剣がさえわたり、すごい速さで駆逐されていく箱人間たち。
……もうちょっとレベル上げてもよさそうだな。効率も上がるし。
けど、適当なところで切り上げないとな。ピュアーノの次は、バート達『男衆』のトレーニングにもコレ使わなきゃだし……僕の眷属たちのレベリングとかも試しておきたいし。
設備自体を増設するのが一番いいか……いやでもコレ結局、稼働させるのに魔力供給役兼制御役の僕がいないとできないしな。数だけ増やしても……。
そんな感じで、僕らは戦力増強を進めています。
「……よし、今ので500体。じゃあピュアーノ、ちょっと1体1体のレベル上げるよー?」
「了解、どーんと来なさい!」
☆☆☆
さて、ピュアーノのレベリングはそこそこでやめたけども……当然その間、僕たちに何もすることがないわけじゃない。
こないだの会議で、最高幹部クラスは有事に備えて原則待機、っていう命令が出たばかりだ。だから、基本的に僕らはここを動かないし、待機していること、その都度必要に応じて動くことが仕事、みたいなところもある。
しかし、繰り返すが何もしなくていいわけじゃない。
今後の戦い……特に、王国と帝国の最終決戦ともなれば、それは大変な戦いになるだろう。
その時になって力が足りませんでしたでは笑えない。だからこそ、僕ら最高幹部クラスもまた、強くなる必要がある。もっと、さらに先の強さを手にする必要がある。
現在、僕ら主力3体……僕、フォルテ、リィラのレベルは、軒並み60以上。
しかし、ここんとこ、いくら魔物を倒してもレベルが上がらなくなってしまった。
全く前に進まないんじゃなく、経験値というか、力が徐々に入ってきて増している実感はあるんだけども……それがすごくスローペースなっているというか。
まあ、無理もないんだけどね。こんだけレベルが上がれば、そりゃ、次のレベルまでに必要な経験値も、それに伴って上がるだろうってことは、想像に難くない。
ましてや、僕らの今の種族はどれも第4位階だ。次の進化がくれば、それは第5位階……すなわち、魔物の進化のルートとしては最終段階になる。そりゃ、最後の試練とばかりに条件も難しくなるだろう。
多分次の進化、レベル70で来ると思うんだけど……先はまだ遠いな。
……というか、レベルがカンストしたところで、他の条件その他を満たしてなければ進化できる保証はないんだけど……あんまり心配になるようなことは考えないようにしようか。
僕ら、頑張ってる。だからきっと大丈夫。信じて信じて。
……とはいえ、レベルがそこまで上がらないことには進化もへったくれもない。まずは経験値を稼いで、そこまで持っていくことを考えないと。
となると……やっぱ手っ取り早くて確実なのはダンジョンだよなあ。
王国内部のめぼしいダンジョンはほぼほぼクリアしちゃったし、これ以上、爆発的に経験値が稼げるようなところはないと言っていいだろう。
となれば、必然……
(時期もちょうどいいくらいだし……これは来たかな、いよいよ……『帝国』に行く時が)




