第9話 シャープとフォルテ
「オラぁ!!」
ぶぉん! と勢い良く振り下ろされる、ガーゴイルの鉄拳。石だけど。
しかし、魔物だからなのか、そこらの石材よりはやはり頑丈らしく、ひょいとよけた僕の後ろの石壁にめり込んで大きくひび割れさせる。
「シャァッ!!」
「カッ、甘ぇよ!」
言うと同時に……カウンター狙いで飛びかかった僕を、石の尻尾を横薙ぎにぶぅんと振るって叩き落すガーゴイル! ちぃっ、ダメだったか!
体の硬さならこっちも定評がある。ダメージはない。
でも……やっぱりというか、さっきも思ったけど、こいつ石のくせに素早い!
そして、石壁思いっきり殴ったわけだから、その痛みで悶絶するか、拳が壁にめり込んで動けなくなる、くらいのことはやると思ってたのに……ちっ、ノリのわからん奴め。
「だからテメェさっきから俺を残念な感じで貶めようとするのはやめろ! 真面目に戦え!」
「失敬な! 僕はいつでもまじめだよ!」
「自然体でこれだってのか!? 悪魔かテメェは!?」
「いや、悪魔系はむしろそっちだろ、見た目的に」
「仕方ねーだろうがバカ! こーいう風に作られたんだからよ!」
「作られた、って……誰に?」
言ったところで思い出す。
ああ、そういえば……おじいちゃんにちらっと聞いたことがある。
ガーゴイルって、確か……ダンジョンに自然発生する場合もあれば、魔法使いが特殊な魔法を使って石像に命を吹き込んで、人為的に作る場合もあるんだって。
こいつひょっとして、後者のプロセスで生まれたのかな?
「俺の最初の主の魔法使いだよ。家の警備や外出時の警護のために俺を作ったって話だったが……くそっ……本音言えば俺だってこの見た目は不本意だっつーの。『ガーゴイル』自体、もともとが魔よけの石像だってコンセプトはそりゃわかるがよ……」
ああ、どうやらそうみたいだ。
そして……この世界でもそうみたいだけど、元の世界でも『ガーゴイル』って、西洋の建物の屋根とかについてる魔よけの像、みたいなイメージあったっけ。
そしてその目的ゆえに、悪魔を追い払う的な意味合いで、見た目がすさまじく凶悪な感じに作られてるものも少なくなかったはず。
古くには単に雨樋の飾りだったみたいだけど……なんでまたこういう、おどろおどろしい化け物的な見た目になってきたんだかなあ……完全にこっちが悪魔みたいな感じになってるじゃん。
「牙は上も下も口におさまらねーほど長いし、角は4本もある上に長すぎるわ太すぎるわで重いし、尻尾は無駄に長くて動くときに邪魔だし、顔はオークとゴブリンとリザードマンを合わせた感じで……ぶっちゃけだまし討ちのために像に擬態してるだけの段階でもけっこうビビる奴多かったぜ……いくら何でも、こんな凶悪な面にしなくたっていいだろーに……」
当時のことでも思い出してるのか、若干背後に影を背負った感じになっているガーゴイル。
「ま、まあ……その分その主人の役には立ててたみたいだったし、いいんじゃない? ならず者とか、魔物とか、初対面で怯むぐらいに凶悪で不細工な外見だったとしてもさ、それがいい意味で作用してたんであれば……まあ、プラマイゼロ、っていうかさ」
「明らかにマイナス勝ってたっつーの……つーかちょっと待てお前、今勝手に俺の外見評価に余計な文言を追加しなかったかコラ」
と、じろりとこっちをにらんでくるガーゴイル。
え? 何か言ったかな僕?
「いや……何のこと?」
「とぼけんなボケ。テメェさっき『初対面で怯むくらいに……』に続けて何つった?」
「えっとたしか……『醜悪で不細工な外け』」
「それだ、それ! つか、さっきよりさらにひどくなってんじゃねーかおい!! 誰が醜悪で不細工でオークにすら指さして『プギャー!』って笑われるような顔面凶器だコラ!!」
「そこまでは言ってないよ!?」
というか、何その具体的な例。
……実際に昔、言われたんだろうか?
オークに? 指さして?
「畜生が! お前と話してるとペースがくるって仕方ねえ! こーなりゃ何言われようが無視して速攻てめーをぶっ潰す!」
うがーっ! と天を仰いで吠えるガーゴイル。
その様子は、過去の悲しみを無理やり振り切って己を奮い立たせているようにも見えた。
「てか……さっきから気になってたんだけどさ、何でそこまで僕のこと狙うのさ? いまいち動機がわかんないんだけど……何か僕、君に恨み買うようなことしたっけ?」
うん、コレ、地味に気になってた。自分で『事情がある』って言ってたし。
経験値狙いとか、戦闘が単に好きだから……って感じでもないんだよなあ。
「いや、ここ十数分の間に両手の指じゃ足りねー数の回数の殺意を抱いた覚えがあるが……まあいい。命令だからだよ、『今の』主のな」
「命令って……僕を倒せ、って?」
「いや、そうじゃなく……自分が行く先の魔物の露払いをしろとさ」
聞いてみると、どうも……このガーゴイルの『今の』主が、少し後から遅れてゆっくりついてきているんだそうだ。この先にある、ちょっと珍しい薬草を採取するために。
その主人? とやらも、魔法使えるし、そこそこ戦えるらしいんだけど……どうもこの辺は、奥に行くほど魔物が多くなるらしいので、万が一を考え、念には念を、ってことで……こいつを先行させてあらかじめ魔物を倒させておく……っていう作戦に出たらしい。
で、順調にここまで来たはいいけど……僕にぶち当たったと。
「ザコの魔物は力ずくで、手ごわくて面倒な魔物は、さっきやったみたいに石像のフリして奇襲で片づけてたんだけどな……」
「で、そこに僕が現れたと」
「おう。また何か来るのがわかったから、奇襲狙ってたんだがよ……まさか奇襲の代名詞的な魔物がぴょこぴょこはねてやってくるとは思わなかったら、正直さっきは何気に驚いた」
暗闇から現れ、アクティブに動いてこっちに向かってくるミミック……シュールだな。
「そんなわけで、そのビビりの今の主のために、進行方向の魔物を排除するのが俺の役目ってわけなんだわ……使役されてる魔物は、主に逆らえねーからな」
「あれ、そこもしかして不本意なの?」
ていうか……さっきからちょいちょい気になってたんだけど……『今の』主ってやけに強調するよね? もしかして……こいつを作った魔法使いと、今、こいつを使役してる魔法使いって、別人なんだろうか?
「おう。前の主はとっくに死んでる。魔物との戦いでな……その弟子の1人が今の主で、形見分けの時に、主人の死でフリーになってた俺を譲り受けて、自分で使役の魔法をかけたんだ」
「その主に仕えるのが、不本意?」
「ああ……正直言って、実力不足もいいとこでな。俺の使役も、事前に『前の主』が、自分が死んでも弟子の誰かを助けるように制約をかけてなかったら失敗してただろうレベルだ。ぶっちゃけ、俺の護衛なしでこのダンジョンを進む実力は、そもそもない」
あー……そんな主人のおもりじゃ、嫌になるのも無理ないわ。
……ってか、今さらっと無視できないことを言ったような気が……
「……あのさ、その人……君の護衛なしでここにいるの、あぶないくらいに弱いんだよね?」
「あ? ああ、そうだが」
「いやそれ……君、先行しちゃまずいんじゃないの? いくら行く先の魔物を片付けられるからって、他から魔物がわかないとは限らないんだよ? 例えば、後ろとかから……」
「ああ、そりゃそうだが……全く戦えないわけでもないからな。ここはほとんど一本道だし、先に俺があらかた片付けてるから、新たにわいたとしても、あいつでも対処できる程度だろ。大丈夫だとは思うぞ? それに……俺の露払い作業からそう時間をおかずにその場所を通過できるように、さほど距離・時間をおかずについてきてるはずだからな」
……いやそれ、余計におかしいって。
「……その割には……来ないよね? 僕ら、結構長いことここでバトってると思うんだけど」
「…………そういや、そうだな」
☆☆☆
で、ちょっと気になったので、一時休戦してガーゴイルが来た道を逆走してみると……
……うわぁ……
「……どう見る?」
「……どうって、そりゃ……見たまんま、としか……」
そこにいたのは……1匹の蛇だった。
こないだ、僕がダンゴムシごと捕食というか、素材を回収した……あの、アナコンダみたいな大蛇だ。そいつが、ゆったりとした姿勢でくつろいでいた。
そして、そいつの胴体の半ばくらいが……ぷっくりと膨らんでいる。
まるで……つい今しがた、何かを丸のみにしたかのように。
こころなしか満足げな表情?を浮かべているように見える、蛇。
もし奴が発声機能をもっていたとしたら、セリフはおそらく『ごちそうさまでした』だろう。
極めつけに……その蛇の近くの地面に、あるものが落ちていた。
人間の、手首だ。
それも……杖のようなものを持ったまま、ころがっている。断面のようすからして……切断されて、まだ間もないもののようだ。
「……ねえ、もしかして」
「間違いねえ。『今の』主の杖、と手首だ」
……あの蛇、図体によらず、隠密能力高いんだよなあ……。
移動する時ほとんど音しないんだよ……何回か、僕も察知しそこねて奇襲食らってる。
まあ、僕は防御力高いので、牙は通らないし、締め付けられてもびくともしないから、大丈夫だけど。締め付けと逆に高速で回転して、振りほどけるし。
けど……どうやら『今の主』さんはそうはいかなかったっぽいな。
聞けば、魔法の腕も二流三流で、杖みたいな魔法媒体がなきゃ発動もできなかったらしい。
高位の魔法使いになると、何も補助とかなくても使えるそうなんだけど。
無音の奇襲で手首を杖ごと食いちぎられ、魔法を使えなくなったところを……丸のみか。
「今あの蛇の腹掻っ捌いて引きずり出せば、まだ生きてたりするかな?」
「いや、無理だな。あの蛇……『ケイブボア』は、獲物を丸のみにする前に、毒なり締め付けなりできっちりとどめを刺してから丸のみにする」
あー……じゃあ、絶望的だね。
っていうか、主人が死んだのとか、わかったりしないの? 使役だか何だかの魔法かけられてるんだよね?
「ああ……さらに言えば、主人が危機的状況に陥った場合の救難信号なんかも、それを通して感知できる……はずなんだが……」
「……魔法がお粗末で、できなかったと……」
「ついでに言えば……今ようやく、こいつとの間の契約がなくなったのを感じ取れた。ここまで接近しないと、近況の変化すら察知できんとは……」
「……ってことは、今、君、フリー?」
「そうなるな」
「じゃあ、僕と戦う理由はもうない感じ?」
「ああ。まあ、個人的に何発か殴ってやりたいところではあるが……まあいい、今日はもう疲れたしな、さっきお前が提案してたよーに、お開きってことにしとこうぜ」
とのこと。
ほっ、よかった。やっぱり命令さえなければ、積極的に敵対する気はないようだ。
実際、ガチで戦うとなれば彼、かなり手ごわいと思うので……普通に助かる。
そして彼……使役の魔法が解けたことで、完全に野良のガーゴイルと化したらしい。元いたところに戻る気もないそうなので、今後はダンジョンのこの辺で適当に暮らしていくそうだ。
僕もそのつもりなので、もし今後であったとしても不干渉の方向で……ってことで一致した。
そういうわけで、解散……っと、その前に、
「あ、じゃあさ……最後に1つ……いや、2ついい?」
「ん? 何だ?」
「1つ目。アレさ……僕がもらっていい?」
言いながら、僕が指さs……あ、僕指ないわ。
仕方ないので、顎で「くいくいっ」とやる感じで、ジェスチャーで蛇を指し示す。
正確には、蛇と……その腹の中にいるであろう、彼の主人、およびその所持品を。
まだ食べられたばっかりだし……こっちで接収できるものはしてしまいたい。蛇の胃酸で、若干溶けてるかもしれないけど……。
ただもし、ガーゴイルの彼が相続権とか主張するなら、そのへん要交渉だけど……
「いらねーよ、好きにしろ。俺が持っててもしかたねーだろ」
「じゃ、遠慮なく……それで、も1つなんだけどさ」
「おう」
「君……名前は? 一応、聞かせてくれたらなー、って」
よくよく考えれば、まだ聞いていなかった。
尋ねると、彼はぴくっと反応したあと……しばらく考え込むようにして、
「……フォルテだ。まあ……つけたのは最初の主で、アレはもっぱら『ガーゴイル』呼びだったから、一度もそう呼ばれやしなかったけどな……自分でも忘れるところだったぜ」
「へー……いい名前じゃない。顔には似合ってないけど」
「ほっとけボケ。……お前は?」
「僕はシャープ。一応、よろしく」
「おう。そんじゃな」
そう言って……何か、昔を思い出したように、ちょっと寂しそうに去っていく彼……フォルテを、僕は見送った。
……さて、じゃあ……僕ももらうもんもらって、とっととこの場を去りますか。