第81話 レガートの『進化』
第81話 レガートの『進化』
正直に言って、やや拍子抜けだった。
『ウィントロナ連合国』の、南部に広がる自然地帯。
この辺りの『ボス』を倒し、エリアを勢力下におく……というのが僕らの目的だった。
しかし、ふたを開けてみれば……何というか、ウィントロナは平和な国なんだな、とでも言えばいいのか。今まで争いがほとんどなかったのもむべなるかな。国レベルでそういう気性なのかも……と、思わされた。
前にもちらっと言ったと思うが、ウィントロナは、地形と自然条件ゆえに他国から攻められることなく、今まで平和を保ってきた。
天然の防備が強固に整っている上、戦争してまで攻め落とす価値がない。
それに、山林が国土のほとんどを占めているここには、魔物も多く住んでいる。軍隊が行軍なんかしたら、魔物に教われて大変だろうし……そもそも行軍できるような道は、獣道すらない。
が、言ってみればそれは、大人数での『行軍』の場合だ。
今の僕らみたいに、少人数で行くのであれば……上手く気配を殺しつつ進めば、魔物に見つかる危険も大きくはないし、対応も簡単だ。
少数精鋭で、そこらの魔物は相手にならないメンバーで来てるわけだから。
あまり大きく音を立てて騒ぐと、さすがに魔物を引き寄せる。
なので、なるべく静かに、しかし気疲れするから神経質すぎる感じにはならず、僕らは進んだ。
そしてその道中だけども……さっき言った通り、思った以上に楽だった。
魔物はどれも、そこまで強くなかったし、ダンジョン……こないだまで潜っていた『カレアデラ鉱山』よりも、出現頻度も数も少なかった。
順調に『ボス』を倒し、エリアを支配下に収めていっている。
それに、もともとボスがいないエリアもあったし……それを支配する条件も、そんなに難しいものじゃなかったから、うん、順調だ。楽なもんだ。
始めてみる魔物が多かったから、そこは最初対応に苦労することもあったけど。
森とか山だけあって、サルやら野犬やら鳥やら、野生動物系の魔物が多かった。
前に通った『エルフの森』よりも木が多かったので、木の上とかから襲ってくるような魔物もいて、その辺は注意が必要だった。
けど、奇襲さえ許さなければ、普通に対応できる範囲だ。
樹の上から、ほとんど音を立てずに襲い掛かってくる魔物たちにも……来るのがわかってれば、いくらでもやりようはある。
今も、警戒しながら徒歩で進んでいる僕らの真上に、数匹の魔物が忍び寄ってきていた。
ちらっと見てみると、頭上数mくらいのところを、ひらりひらりと飛び移ってこっちに近寄ってくる、サルのようなゴブリンのような、小さい醜悪な魔物が目に入った。
すでに『魔物図鑑』で調べてあるからわかるが、たしか『森鬼』って奴だ。
見た目はサルのようでサルではない、ゴブリンとかと同じ『鬼』とか『悪魔』の系統に属する魔物。木の上で主に生活し、雑食で、木の実や葉っぱの他、狩りをして獣の肉も食べる。
どうやら群れごとに縄張りがあるらしく……ちょっと移動すると湧いて出る。
そのたびに蹴散らしてるんだけど……キリないな。
僕らがすでに、フォルテとリィラのセンサーで接近に気づいているとは知らないそいつらは、音もなく飛び降りてきて奇襲をかけてくる……というところで、
空中に躍り出た、つまりは落下することしかできなくなった瞬間に、上を向いて一瞬で照準を合わせたリィラとフォルテに狙い撃ちにされ、そのほとんどが空中で撃墜。
運よくそれを逃れた数匹も、バリバリ迎え撃つ姿勢でいたレガートの風の刃で全滅した。
その後に控えていた残り3人と1箱(僕ね)、出番なし。
「あらあら……また私たちは出番なし、でしたね」
「その方がいいだろう。お前に出番が来るというのは、レーネとビーチェに危険が及んでいるということだ。我々は仕事をしてそれを防げているうちは、その方がいくらでもいい」
「それはそうですけど……何だか、レガート隊長然り、あのフォルテ君やリィラちゃん然り、私の記憶の中にある『強者』というものがあまりにもあっけなく塗り替えられていて……なんだか自信をなくしていまいそうなんですもの。こういっては何ですが、そろそろ活躍の場も欲しいです」
そう、ちょっと残念そうに言う、全身甲冑に身を包んだ、というか正確には甲冑そのものである女性……『虚騎士鎧』のフェルさんは、剣を鞘に納めて、しかしそうしながらも油断なく周囲を警戒している。
砕けた感じの優しい態度が、同じようにビーチェの家に仕えていたレガートとは少し違った印象を受けるものの、聞いていた通り、優秀で真面目な人であるのは確かである。
むしろ、そうやって猫をかぶって油断させる役割的な存在だ、とかレガートは言っていた。
その実、油断なく……自分と同等かそれ以上に周囲に警戒を振りまき、向かってくる脅威を確実に排除することができる、知りうる限り、また信頼できる者として最強の盾だと。
そのフェルさんが、『魔物化』と『杯』によって、普通の人間では到達しえないステータスに至った現状は、レーネとビーチェの直接の警護を任せるという点で、この上なく好都合だそうだ。
それを知って、ちょっと悩まし気にしていたレガートが、『……私もいっそ人間をやめるくらいすれば……』みたいなことを言っていた。マテ、早まるな。
てかあんたエルフだし。人間じゃないしもともと。
それに、亜人だから『進化』っていう手段というか可能性も残されてるから。ね。
……そんなふうに思っていた、まさにその時のことだった。
――ピコーン!
『個人名 レガート・ディミニーがレベル100に到達しました』
『規定レベルに達しました。条件を満たしているため、進化が解禁されました』
『進化先候補は1つです』
『※注 進化の実行には、契約者 レーネ・セライアの承認が必要です』
……これは……初めての事案だな。
前にも言ったが、この世界では、魔物や、亜人種族の多くに『進化』というものが存在する。
それは、種族ごとにことなるレベルで訪れる……わけだが、近時の種族や、魔物としての位階ごとには、ある程度の類似性があるそうだ。
特に亜人種族にはそれが顕著なようで……『レベル100』という、いかにもなタイミングでその時がこうして訪れた。
ただそれにも、色々条件が必要だってこともあり、もしかしたら打ち止めになるんじゃないか……っていう一抹の不安があったものの、見事というか、無事にというか、レガートは進化を迎えることができた。
これからますます忙しくなる中で、戦力アップにつながるこの知らせは嬉しいと言うほかない。
そういやそもそも、この遠征に出る前の時点で、レガートはもうレベルが98あったんだもんな。
魔物と同じように、人間系統の種族も、レベルが高くなればなるほど上がりづらくなる。進化すると、それにさらにプラスして上がりづらくなる。
そのせいで、レベルが90を超えたくらいからすごく牛の歩みだったわけだが……ようやくここまできたか。
そうして訪れた『進化』の時を、チーム中で報告し、簡単にお祝いした上で……さっそく実行することになったんだが。
………………えーっと。
「………………えっと、レガート?」
「…………はい」
「えっと、進化…………したの、よね?」
「………………はい」
……変わらない。
何か、その……見た目が、全く変わらない。
女騎士・レガートの、見慣れた姿……さらさらの金髪に気の強そうな目、色白の肌に、長くて先のとがった耳。今までと何も変わらない……まんまの姿である。
僕やフォルテ、リィラや……フェルさんが進化する時にもあった、あの青白い光のエフェクトすらない。
……え、進化してるのコレ? ホントに?
何か、レーネの承認が必要とか出てたけど、それもさっき確認してちゃんと出したって言ってたし…………と、とりあえず『鑑定』。
★名 前:レガート・ディミニー
種 族:森妖聖騎士
レベル:100
攻撃力:595 防御力:369
敏捷性:665 魔法力:638
能 力:希少能力『真・精霊魔法適正』
希少能力『最上級魔法適正』
希少能力『統率』
固有能力『守護の剣・緑』
特殊能力『杯』
特殊能力『祓魔士』
こっちは変わりすぎだろ。
能力はもとより……スキルが軒並み豪華になっとる。
フォルテと同じ『最上級魔法』もそうだし、いかにもすごそうな『真・精霊魔法』とか、よくわからない『守護の剣・緑』とか……こないだまであった『悪魔特効』がなくなってるのは『祓魔士』とやらに統合されたんだろうか?
それに、種族名も聞いたことないし……エルフの進化形だから、てっきり『ハイエルフ』とかになると思ってたんだけど……『森妖聖騎士』って何ぞ?
……何にせよ、これから検証は必要だろうな。
まあ、弱くなってるとか、悪くなってるってことはないだろうし、ぶっちゃけ楽しみではある。
レガート自身、力が体に馴染んでくると……徐々にではあるが、僕らにも覚えがある、今までとは明らかに違う力がその身にたぎっている、という感覚がわかるらしいし。
さて……魔物よりもさらにそこに至るものが少ないと言われる『進化』。
それによってパワーアップしたレガートの実力たるや、いかに。
そして、レガートが進化したってことは……レーネとビーチェもそろそろだろうな。
特にレーネは、レガートと同じレベル90代だったはずだし。
多分だけど、このエリアのボスももう近くにいるだろうし……試運転とレベル上げ、一度にできそうだな。




