第80話 満を持して、同盟
さて、会議で決まった通りに行動を開始した僕らは、それぞれの任務を完遂するために全力を尽くしていたわけだけども……実際にやってみると、まあ、なんというか……予想以上に色味がないというか……退屈ではないけど、地味というか。
基本、やりなれた作業をちょっとスケールアップしてやるだけだからね。
例えば、僕らにしてみれば……ちょっと遠出をして、よくやってる『ダンジョン』や『エリア』の掌握のための攻略を行うだけだ。『黙示録』という名の攻略本を片手に。
まず僕らは、王国北部のエリアの攻略を進めた。
これはもう終わってるんだけど……特に苦労することもなかったな。
何せ、似たようなことをもうすでに何回もやっている。もちろん、出てくる魔物とかは、南部と北部で地理的に大きく離れているだけあって、それに伴って違う種族が出てきた。
南部で見られていた魔物が全く出てこず、新しく遭遇する魔物が、そのほとんどを占める……なんてことも珍しくない。というか、しょっちゅうだ。
それでもまあ、主に動物系の魔物が多い、っていう点は共通している。『ボス』も含めて。
1つ1つ並べるときりがないので、そのへんは省略するけど。
中には『ボス』がいないエリアもあり、そういう時は、『黙示録』に表示される条件をクリアすることで、僕らは次々とそれらのエリアを掌握していった。
……これは、思ったより退屈な旅になるなあ……なんていう予想を、僕らは皆、心の中で抱いていた。バスで移動するっていう、もともと退屈な時間が大半を占めるから、なおさらに。
……そんな予想が、ほとほと甘いものだと、僕らが思い知らされるのは……その数日後。
国境を越え、『ウィントロナ』に入った時のことだった。
いや、別に……油断してた僕らが痛い目にあったとか、そういうことではないんだけど……
「……こりゃ面白い」
「いやー……自然界の神秘ってのは、目にすると感動すら覚えるもんがあるな」
「これを『自然』と呼ぶのには、若干の抵抗があるですよ。超常的なものとはいえ、明らかに何らかの作為が入っているですし……しかし、何を考えてこんな設定作ったのですか」
「『黙示録』などというものがあるくらいですし、それが何者かというのは想像するまでもありませんが……まあでも、神様の考えることなんて、私たちが推し量っても仕方がないのでは?」
無機物トリオ+アルファ。新たに魔物枠に加入したフェルさんも交えて、目の前の光景に唖然とする僕ら。
そこには……たった一歩、本当に、誇張なしにたったの『一歩』境界線を越えただけで、環境ががらりと変わるという、この世界の神秘が広がっていたのだ。
しかも、前に体験したのとはレベルが違う。湿度とか、気温とか、風とか、天候とかじゃない。
何が違うって、季節が違う。
ついさっき、数十秒前まで……僕らは、過ごしやすい春の陽気の中を進んでいたはずなんだけど……今いるここは、秋の終わりか、それよりもっと後の涼しさだ。
多分、気温が10度以上は確実に違う。
それだけなら、まだ若干の経緯度の違いで説明できそうではあるけど……さすがに、これはない。
さっきまで歩いていたところでは、足元に青々と茂る若草の絨毯があった。
今は……色とりどりに紅葉した葉っぱが、風が吹くたびに木から落ちて散っていき、地面に積もった葉っぱは、カサカサと音を立てて飛んでいく。
どう見ても春から秋にカッ飛んでますね、はい。無茶苦茶だよここまでくると。
「まあ、もしかしたら……極端に平均気温が低いとか、気温の乱高下が激しいせいで、春に生い茂った若葉がすぐにこうなって散ってるとかかもしれないけど……答え合わせができるわけでもないし、気にしなくていっか」
「そうね、とりあえず、普通に目的を果た……何してるの、レガート?」
と、レーネが不思議そうに見る先には、しゃがみこんで、地面の落ち葉をわしゃわしゃとかき分けたり、寄せてどけたりしているレガートがいた。
呼ばれ、視線に気づいた彼女は、立ち上がってこっちに歩いてくるが……何かを手に持っている。
「ああ、何……見てくれがこれだけ『秋』なら、見てくれ以外もそうではないかと思っただけだ。どうやら、予想は当たっていたようだがな……ほら、見てくれ」
言いながら、手の中にあるものを見せてくる。
それは、それらは……何種類ものキノコだった。
気のせいでなければ……秋の味覚『マツタケ』もあるような……しかし、匂いがないな。あの、日本人以外には嫌われているけど、日本人にとってはマツタケの高級な価値の代名詞とでも呼ぶべき、特徴的な匂いが。
アレは、日本人の間でも賛否両論だ。ちなみに僕は……実のところ、あんまり好きじゃない。
山に詳しいレガートとレーネの話では、どの種類も、秋の野山にしか見られないものらしく……そうなると、やっぱりこの山は季節ごと違うってことなのか? それとも、特殊な気候条件がある『エリア』なんだろうか?
……いでよ、ネタバレブック。
エリア名:サウスウィントロナ・オータムエリア
【挑戦可能クエスト一覧】
あ、クエスト見るまでもなく、それっぽいのを発見。
読み進めると、どれどれ……ああ、なるほど。
どうやら『ウィントロナ』には……どういうわけか、複数の『季節』が一度に、エリア別に来るようになっているらしい。
今は、ここは『オータムエリア』……つまりは『秋』ってわけだ。
しかし、これから冬が来るわけではなく……すっ飛ばして『春』になるらしい。その後、短い『夏』が来て、またこの『秋』が来る……と。
どうやら、季節の長さが極端に偏ってる、という構造みたいだ。
しかも、また別のエリアに行くと、また別な偏り方をしているらしい……例えば、ウィントロナの中でも北の方に行くと、冬が異常に長いみたいだ。1年の半分以上が冬で、残りの半年のうち、4か月が秋。残り2か月が春で……夏は、ない。
……納得した。こんなややこしい土地、そりゃ誰も住みたがらないって……攻め落としてまで利用する価値はな……くもないけど、それ以上にデメリットもとい、苦労させられる点が多すぎる。
まあでも、統治なんてする気もない僕からすれば……1年中に近い期間、秋の味覚を食べられる栽培用ビオトープを手に入れるに等しい。
というか、暮らすこととかを考えなければ、まあ、面白い、という範囲にとどまる認識だ。
……暇ができたら、北の方に行ってみるのもいいかもしれないな……終わらない冬、ってのがどういうもんか、どんな魔物が出るのか、少し楽しみでもある。
環境が厳しいだけに、強力な魔物がいるかも。最近、野良の魔物じゃ中々経験値たまらなくなっちゃって、レベル上げがしづらくなってきてたんだよね……そっちにもちょっと期待。
まあいい。とりあえず……同行してきていた『男衆』と『若い衆』たちを、適当な村とか集落の近くで下ろそう。そこで、『リートアス』と同じように影響力の下地作りを頑張ってもらう。
そして僕らは、この『黙示録』に記されている試練の内容を達成し、このエリアを手に、入……れ……っとぉ?
「……ビーチェ、ちょっと……コレ、見て」
「? どうしたの、シャープ……あらま」
そこに……【クエスト一覧】のところに並んでいる中の1つ。
他の……『オータムレッドトレントを10体倒せ』とか、『特殊モンスター・ハロウィンジャックゴーストを倒せ』とか、『串刺しタケノコを無傷で15本捕獲せよ』なんかの、いかにも秋っぽい(?)クエストの中に……異質なのが混じっていた。
秋どころか、この国、この土地にそもそも関わりのない、外付けの内容のそれが。
特殊クエスト『兎耳の貴公子との再会』
……いんの? あの皇子様……この国に?
☆☆☆
とりあえず、頭の端っこにその事実は置いておきつつ……僕らは、気にせず当初の目的の実行を続けることにした。
……した、んだけども。
このエリアのボスとして君臨しているらしい、三つ首の肉食ウサギ……その名も『トライヘッド・ヴォーパルバニー』。その巣穴を探して歩いていた僕らの目の前に……
『歓迎 ドラミューザ・ファミリー御一行様』
こんな文面の書かれたテロップを掲げた、件のウサ耳皇子に遭遇した。
『黙示録』でその存在を察知してから、まだ1時間と経っていない。
何でここに、しかもこんなすぐに……いや、待てよ。
……そうか、これもこのネタバレブックのせいか。
考えてみれば、これも当然……というか、こうなっても何もおかしくないんだ。
僕らの目的……この『エリア』の掌握を見据えて考えれば、僕らはここの『エリアボス』を狙って動く。なら、そいつを探して、その痕跡を追って動くことを考えれば……そこで張っていれば出会える。うん、道理だな。
そして、同じ『銀の黙示録』を持っているこいつなら……その程度のことは容易いだろう。
彼もその条件を見て、『エリアボス』について知った。そしておそらくは、彼の方にも『特殊クエスト』……僕らとの出会いを示唆する文言か何かがあったんだろうな。
それで、這ってたわけだ。ツアーガイドの真似事なんかして。
「そういうわけで、久しぶりだな……ベアトリーチェ殿。紅葉狩りは堪能されているかな?」
「ええ……ぶっちゃけ、半分は本気で楽しみながら歩いてたかも。ずっと王都から出たことなくて、こんな風景見たこともなかったから」
「ほう、それは重畳。しからば、一つ昼食休憩でもいかがかな? この間と同様……いや、食事は今度は数段上等なものを用意してある。招待させていただきたいのだが」
☆☆☆
招待された先で、ピクニックみたいにブルーシートしいて用意されていた食事を、しばし楽しむ。
言っていた通り、弁当テイストの、しかしこないだ食べさせてもらった携帯食料とは全く違って、きちんと楽しめる美味なメニューだった。それも、よく見れば……なんだか、『秋の味覚』と呼べそうなものがそろっている……ような気もする。
「こないだのは正直アレだったけど……逆に、他国の軍隊の食糧事情ってものを知ることができて、商売に反映させられたから、その意味では助かったわ。今回のは……普通においしいし」
「それは重畳。最近は色々と手広くやれているようで……順調そうでうらやましい限りだ。フルフォンフの方では小麦や保存食の類が品薄になってきているようだしな。ああ、ユグノーの方でも、今はまだ穏やかだが、取引が活発になってきている、という話だな」
「……耳の早いことで」
ビーチェのジト目に、アルベルトはウサ耳をひょい、と持ち上げて茶目っ気ある反応を返す。
ウサギだからね、とでも言いたいのか……まあ、何度も言うように、顔が中性的でも、野郎がやっても可愛くもなんともないんだが……しかし、もう1つ……こいつが、こっちの状況をきちんと正確に把握している、ということはわかった。
フルフォンフ共和国に、ユグノー大公国。どちらも、僕ら『ドラミューザ・ファミリー』が暗躍して取引を進めている国だ。
といっても、何か実害を与えているとかじゃなく……単に『買い付け』の相手である。
フルフォンフ共和国は、農耕やら第一次産業が盛んな国で、食料自給率が優秀だ。そのため、他国向けに食料の輸出を比較的安価に行っている。
が、王国とはあまりいい関係にない。王国が滅ぼした『リスタス王国』が同盟国だったから。
そのため、食料の輸出も王国には行っておらず、帝国と付き合いを持っている形だ。王国からすれば、敵対する帝国の食糧庫に等しいわけだが、帝国と同時に相手にするには国力が強いため、手を出せないでいる。
また、ユグノー大公国の方は、国内に大規模な鉱山を有し、その採掘、および加工品を含めた販売で大きな利益を得ている。鉄製品とか、最近は需要高いしね。
こちらは王国とも付き合いがあり、隣り合っているフルフォンフとは、国交はあるが互いに文句は言わないような状態である。国力はどっちもどっこいだし、そもそも互いが寄り添っている大国同士が敵対していれど、それが自国間でも致命的、というわけでもないようで。
逆に言えば、そこまで踏み込んで活動させられない程度には、どっちも自国の力がある、あるいは王国と帝国が疲弊しつつある、というバロメーターになるのかもしれない。
そんな2国で、僕らはそれぞれの特産品……フルフォンフからは食料や家畜、酪農製品や種もみなんかを、ユグノーからは鉱石類や金属製品を買い付けている。
目を付けられないように……というのは、この時期やタイミングを考えればもう難しいので、逆に『戦争に便乗して儲けるため』というのを前面に押し出し、それ以上に深い部分の情報を表に出さないようにだけ細心の注意を払う形にしている。
真実の一部、別に知られてもなんてことない部分をカモフラージュに、どうしても知られたくない部分を隠しているわけだ。
……この皇太子様は見抜いたようだが。
「物資の動きを見れば、多少は予想がつくさ。まあ、それだけなら私でも深いところまで読み解くのは困難、いや不可能だったろうが……」
「『黙示録』が情報源になる、ね。全くやりづらいったらないわ」
「そうか? 協力関係になるなら、むしろ好都合と言うものだろう?」
こともなげにそう返してくるアルベルトは、僕らが彼と手を組むであろうことを確信しているかのような口ぶりだった。
……実際、その推測は間違っていない。僕らとしても、そういう関係の協力者ができるのは好都合だからだ……特に、こいつみたいなのは。
つかみどころがどうも中々、って部分はあるものの、ここ最近の帝国の情勢の推移、他国を含めて集められた情報……そして、こちらも『黙示録』から仕入れられるデータを見比べてわかった。こいつが、為政者として、あるいは軍の帥として、相当に優秀な人材なのだと。
先の作戦で、あの……名前は忘れたが(というか知ってたっけか?)、帝国の『殿下』が戦死したことによって帝国が受けたダメージ。王国に対して致命的な隙になるのではないか、とまで言われたそれは、しかし即座にカバーされ、修復され、隙らしい隙になりえなかった。
こいつが対応したからだ。
今まで『殿下』がやっていた仕事……任されていた軍の統率や、担当していた占領地の統治、拝領していた領地の政、その他、あまり表沙汰にはできない部分も色々。
滞ったり、明るみに出るだけでもまずいものも少なくはなかったそうだが、それをアルベルトは、ものの見事にその卓越した手腕で収めて見せた。無論、自分の仕事に一切差し障りは出さず。
そう褒めると、ははは、と笑って礼を言って来たものの、
「そこまで大したことではないさ。死人を悪く言うのは好きではないが……アレはお世辞にもまともに仕事をして、領地や軍を見ることができていたとは言えんかったからな。主要な文官は都市部にそのまま残っていたし、私は大まかに指示を出して、上がってくる報告に目を通して問題点を指摘するだけでよかった。それに、私は妾腹で重要視されていなかったから、もともと持っていた仕事もそれほどなかった。継続的にならともかく、一時的に同時に面倒を見るくらいは問題ない」
てっぺんが不在になった領地の運営を、素早く文官たちに仕事を振り分け、一部の仕事をわざと停止させてタスクに余裕を作り、応急処置を素早く終えて混乱を最小限に抑え、
自分に与えられている権限を使用して軍を一時的に掌握し、後方に手を回して物資流通や進軍・退却の経路を整え、周囲に隙を見せないまま防衛線を再構築。
それでも仕方なく起こってしまった混乱については、逆に利用。それに乗じて私兵を動かし、表立ってはやれないような『後始末』や『ごみ処理』を手早く済ませ、その証拠も隠滅。
仕上げに、それら全てと同時進行で情報操作を進め、戦闘その他、褒められたものではない部分の責任を全て『殿下』、あるいはその手勢に押し付け、自身はあってないような処罰にとどめた。
こうして、皇族の戦死、最高クラスの指揮官の欠落という事態にも関わらず、戦争の局面はその状態をほとんど切変えぬまま、帝国と王国は膠着状態に戻ったのである。
「それでも、それを全部そつなくこなせるかどうかは別だと思うわ。実際、私も組織のボスなんてやってみてるけど……指示を出すのがメインとはいえ、大変ねこれ。レガートやフェルが変わってくれればいいのに、って時々思うし」
「そのへんは慣れだろう。こればっかりはどうしてもな。何、時間ならまだまだ……とは言えないかもしれんが、長期的に見れば十分ある。何より、さっさと『終わらせて』しまえばいいだけの話、とも言えるしな」
ビーチェもそれに、苦労話を交えて軽い感じに談笑している。
一応、敵国の王子なわけだが……まあ、ピリピリした雰囲気で話すよりは気楽でいいだろう。そもそも、こいつが敵国に与しているとは言えないことは、僕らも『黙示録』で知ってるわけだし。
「さて……腹も膨れた。血が胃に行って眠くなる前に、話を進めようか」
その言葉を皮切りに、あくまで食事会的なそれだったその場の空気は、会議室のそれに変わる。
「帝国と王国の戦争だが……今年中に大きく動く可能性がある。この、王国のウィントロナ連合侵略が成功すれば、なおさらにな」
「ともすれば、王国と帝国の決戦に?」
「ああ。だとすれば、我々が狙うべきはそこだと言える……最善のタイミングまで、あと半年、といったところだ。それまでに、全ての仕込みを終えておきたい」
「時間は……潤沢にあるわけじゃない、か」
聞けば、王国についてはこっちも知っていたことだが……帝国もまた、その国力には随分前から陰りが見え始めていたのだという。
このまま、同党の力を持つ王国と戦争を続ければ、来年以降はどちらも力を保つことができず……その後数年かけて、ゆっくりと滅んでいくところまで。
もしかしたら、それでも両国は戦争を続けるのかもしれないが……その結果どちらが勝とうと、あるいは勝負がつくまいと、時計の針が進むだけだろう。
だったら……まだ国力があるうちに、両方とも、さっと潰してぱっと立て直す。
これが一番いい。
その為の方策を、小一時間話し合い……話が纏まったところで、僕らはそのまま別れた。




