第72話 マーケット戦略と箱ネットワーク
言うまでもないことかもしれないが……商売、というのは奥が深い。
ただ、金をもらって品物を売る、というだけの業界ではない。
いかに効率よく業務をこなせるか、優れたビジネスモデルの確立。
品質や価格を磨きあげての、同業者との顧客獲得競争。
時には、裏で繰り広げられる政治じみた駆け引きや、奸計謀略の数々。
信頼と実績。月並みな言葉だけど……その、たった二言の言葉の中には、これでもかってくらいに重く、深い意味が込められていて……商人の仕事、いや人生とは、その2つをどこまでの追い求めていくこととイコールでもあるだろう。
僕らにしてみれば、別に商業に人生をかけるつもりでやってるわけじゃないにせよ……少なからず、そういう面を考えなければならない部分もある。
……そういう駆け引きは、ビーチェ陣営の方が慣れてそうなので、任せようと思ってる。
……長々と喋ったが、何を言いたいかというと……まあ、今はよくても、後でからそういう部分も気にしなきゃいけなくなるだろう、ってことだ。
今は、よくても。
で、今はまず……きちんと販路を獲得・確立する、ってのが最優先目標。
すでに『男衆』の皆の、ケツモチ……もとい、用心棒じみた活動の傍ら、食べ物や雑貨の卸売りみたいなのを始めている。それに興味を示した人たちをターゲットに、徐々に様々なものを売り出し始め、だんだんとその線を太くしていく……というやり方をするつもりだ。
そしてそのために必要なのは、なんといっても……僕らの『仕入れ』だ。
これがまた曲者で……品質や値段、納品の確実さ……その他もろもろ、信頼できる仕入れ先の見極めのための技能なんてものは僕らは持ってない。
その辺はおいおい勉強していくこととして……しかし今の段階では、僕らが作ったものを売ればいいだろう。
そして、その生産工場として活躍してるのが……僕である。
正確には、僕がスキル『眷属小箱』で作り出した『眷属』たちだ。
種類は色々居て……片手で持てるサイズのちっちゃなやつから、両手でどうにか、ってサイズのものまでいる。
無論、大きさだけじゃなく、種族も違う。目的に合わせて色々出した。
僕の種族のマイナーチェンジ版である『悪魔牙棺』、
ミミック系の、攻防力特化で素早さや魔法能力値を捨てている『銀人喰箱』
それとは逆に、魔法特化の『魔導罠箱』……その他、色々。
そしてどれもこれも、僕の『悪魔のびっくり箱』を受け継いでいるため、生産系スキルが反則レベルで高い。
『財宝創造』で色々な雑貨から武器まで作り出せるし、『絡繰細工』で改造したり、細かい細工を仕込んだりもできる。『無限宝箱』で収納・持ち運び能力も一級品。しかも、スペースは共有なので、クラウド的に取り出しはどの端末からでも自在なのだ。
最後のがわかりにくいって? えーと……簡単に言えば、眷属AとBがいるとする。
眷属Aが、仕留めた獲物の素材を『無限宝箱』に収納したとする。
その素材を、眷属Bが取り出せる。
つまり、『無限宝箱』の空間は、眷属全てで共有されていて、入れたものの出し入れが全ての端末で自在にできる。もちろん、大本である僕もだ。
スキルの力ってすげー。
そして、出し入れを制限したいものについては、ロックもかけられる。僕しか取り出せません、とか、何個までなら取り出してもいいよ、とか。
これを利用して、僕は、僕らが狩りでとってきた獲物を、拠点にいる人たちに預けた『端末』の眷属で取り出して加工に回させている。その気になれば、狩猟から加工に回すまでのタイムラグがゼロになるという、大変に生産に有利な運輸網ができているわけだ。
それに、これを利用して、メールもどきみたいなものも作れている。
そのまんま、手紙とかメモ用紙を『無限宝箱』に入れるだけなんだけども。
『念話』は、『絆』系のスキルを介さない場合、離れすぎると使えない。なので、1日に何度か、そういうのがないかチェックするようにしている。これによって、『眷属』の小箱さえ持っていれば、遠距離で、即座にとはいえずとも意思疎通が可能なわけだ。
そして、収納空間の中にあるもので、特別なもの……『黙示録』や、貴重なマジックアイテムの類にはロックをかけてある。僕しか取り出せないし、閲覧もできない。
また、武器弾薬の類は、戦闘要員以外は、取り出しできないようになっている。
とまあ、こんな感じで……この便利な、『ミミック・ネットワーク』とでも呼ぶべき運輸網を活用して、僕らは品物のやり取りを迅速なものにしている。
……つか、今更だけど……これ、やばいぐらいに便利だよね?
通常……規模の大小はあれど、ものを目的地に運ぶってのは、現代社会でも、近代以前でも、そしてこの剣と魔法の異世界でも……重要極まりない作業だ。
郵便とかはもちろん……極端なもので言えば、軍事行動の際の兵站とか、地方から中央への貢物・納税……重要な例はいくらでも出てくる。
時には、それを確実に運ぶために何匹・何十匹もの輸送用の馬や牛を用意し、何十人もの護衛の兵士をつけてそれを守る……なんていう準備も、当然のように必要になる。
が……僕らのコレは、時間、護衛、設備、全てが必要ない。
僕がちょいと1匹、眷属を作り出しさえしてしまえば……後は、『収納』して『取り出す』だけで全て終わりだ。さっきも言ったように、タイムラグもほぼゼロ。
最前線で戦っている兵士が、『メール(仮)』を一本よこせば、それに受け取り側が気づいた時点で直ちに対応。数分から数時間後には、必要なだけの物資を『届け』られる。
これは間違いなく……今後の僕たちの活動の上で、重要どころじゃない要素になるだろう。
……それはそうと、だいぶ脱線したけど……その『無限宝箱』のネットワークと同様に、眷属たちの『生産』系スキルが役立ってるって話だ。
今言った方法で、僕や他の『素材調達担当』の班が手に入れた素材を、『加工担当』の班が取り出し、そして……その『端末』であるミミックとかに、加工もさせるのだ。
もちろん、本体である僕ほど知能は高くないけど……眷属たちもそれなりに知能はある。
きちんと詳しく、具体的に指示を出せば、それをスキルでこなしてくれる程度には。
それによって、武器や防具、雑貨類なんかを生産し……それを再度『無限宝箱』に収納することで、『在庫』とする。
そして、今度はそれを『販売担当』の人たちが取り出して売る、ってわけだ。
また、眷属がスキルを使った際は、後からそのデータというか、履歴を僕が知ることができるため、こっちでの状況把握等にも役立てている。
今のところは、そんな感じで僕らは『商品』を作ったり、運んだりしている。
けど、これがもう少し規模が大きくなってきたら……徐々に遠くまで足を延ばして、『買い付け』みたいなのをやってみてもいいかもしれない。どうせ輸送に苦労はないんだし。
それか……僕らが『ダンジョン』とかを攻略している最中に、宝箱やドロップアイテムから出た素材・アイテムを売る、とかもいいかも。
もっとも、これらはそもそもが高級品な上、一品ものだったりするから値段も張る。間違っても闇市なんかに出せるものではないし、まだまだ先の話だろうけど。
☆☆☆
さて、商業分野の開拓も順調、というわけなんだけども……ここ最近、当初の予定にはなかった……『品物』以外の分野にも手を広げ始めた。
ぶっちゃけて言ってしまうと……『人材』である。『人』である。
『奴隷』とかじゃなくて……あくまで『人材』ね? 人雇って、色々させるわけ。
『リートアス』の町には、『エイルヴェル』と同じように、スラムが広がっている。そしてそこには当然、食いっぱぐれ気味の浮浪者や孤児たちも、結構な数いるわけで。
そういう連中を集めて雇い、労働力として使う計画だ。
衣服はぼろきれ同然、食べ物は盗んできたものか残飯の類、住処は廃屋か外の地べた……って感じの連中に対し、衣食住を保証する代わりに働きませんか、って感じで声をかける。
衣……僕が『財宝創造』で作った、そこそこの品質の服。
そこそこっつっても、破れもほつれもしてないし、普通に労働作業場の制服みたいな感じのを用意している。それも、1人に複数、毎日洗って着替えられるように。
しかも、作業とかの最中に不慮の事故があっても身を守れるように、下手な鎧より頑丈だ。
あと、実験的に『秘宝創造』を使って、特殊効果を足してみた。『防臭』『抗菌』『形状記憶』の機能を。
しょぼいとか言わないように。この世界じゃ十分規格外の機能だよ。
食……まあ、普通に食べるものはこっちで支給する、って程度だな。
食材を提供して自分たちで調理させたりもするけど、作業中にさっと食べられるように、っていうことを考えて、スキル『愛箱弁当』も使っている。意外と好評なのだ。
住……これは、『財宝創造』で、直方体のプレハブみたいな建物を大量に作った。
どこまでがネタなのかわかんないんだけども……僕の能力は、僕に関わることだけでなく、スキルで作るものまで、『箱』がらみだと色々強力になったり、融通が利くらしい。
強度といい品質といい、けっこうなものが出来上がったんだよね……。
試しに作ってみたその『プレハブ』が結構な出来だったので、空いた時間でちょっと凝ったものを作ってみたら……『土』と『鉄くず』と『材木』で……割と立派なレンガ造りのプレハブができた。いや、もうコレ、プレハブっていうかどうか疑問だけど。
雨風がしのげれば上等、っていうつもりで作ったんだけど、保温・保湿性能もばっちりで、作りもかなりしっかりしてる。寝床としては、普通の住宅と同じ程度にはリラックスできるんじゃないだろうか、ってくらいのができた。
大きさは、適当に……縦横10m、高さ4m程度にした。
広くはないけど、狭くもない。十分生活スペースになるだろう。
中の家具までは作ってなかったので、当然何もなくて殺風景だけど……取り急ぎ、机といす、2段ベッド、収納用のロッカーを作った。全部『箱』型である。
さて、こんな感じで『衣食住』を保証して働いてもらうわけだけど……当然、誰でもいいってわけじゃなく、ある程度信用のおける人を選ぶつもりだ。
それに加えて、監視もつける。二重に。
1つは、僕の眷属。
僕の元の種族である『変幻罠魔』を作り出し、そいつを『腕輪』に変化させて、雇った者達を監視させる。もし、不穏な動きをするようなら僕に報告させるようにして。
そしてもう1つ。
レーネとビーチェ由来、僕らにも派生して発言している……『杯』系列のスキルを使う。
前にもちらっと話したと思うけど、このスキルは、どの程度の『関係』にするかも選べる。
例えば、レーネとビーチェ、それに僕ら無機物組やレガートとの関係は、対等の『仲間』。
バートやナーディアさんとかは、ちょっと下がって『上司と部下』って感じ。
これを、上下関係を目いっぱい広げると、『主と奴隷』という関係の設定が可能で……奴隷として登録した者の行動その他に、こっちで一方的に制限をかけることが可能なのだ。命令に違反しようと思っても、スキルによって行動を縛られ、そういうような行動が一切できなくなる。
これは、最初に相互にその関係を受け入れる必要があるんだけど、逆に言えばそれを拒否するよな奴は、僕らの言うことを聞く気がない、と受け取れるので、そしたら放逐するだけだ。
スラムのならず者や浮浪者を使うっていうアイデアの性質上、信頼性は重要だ。冷たいかもしれないが、きちんと審査してそれに合致しない奴は弾く。必要なことだ。
そして、それより多少ハードル下がる感じの、孤児たちについては……同様に慎重に集めようと思ってたんだけど、予想外?に順調に進みそうだった。
というのも……つい忘れてたんだけど、うちには本職のシスターがいたのだ。
孤児たちの懐柔(っていうと聞こえ悪いけども)は、ライラさんと、その孤児院兼教会で働いていた経験のある面々に任せることにした。
たらふく食べさせて、いいもの着させて、ぐっすり寝かせれば……だんだんと心を開いていってくれるだろう、とのことだ。期待しよう。
……で、だ。
人材育成に時間と手間をそれなりにかける説明をしたところで……最後に、彼らに『どこで』『何を』させるかを説明してなかったな。
彼らの職場は……僕らが制圧した、各『エリア』だ。
そして仕事は……『食材』や『素材』の調達だ。
僕が作った拠点に住みながら、毎日、あるいは一定期間ごとに設けた『ノルマ』達成のため、狩りや釣り、山菜や果物の収穫などにいそしんでもらうわけだ。
こういうのはどうしても人海戦術になるからね。単純に、労力だけかかるようなことなら、暇してる連中を使うのが一番いい、ってことで、こうなった。
ノルマを達成すれば報酬が出るし……それを超えて優秀な結果を出せば追加報酬が出る。逆に、達成できなければ相応の罰がある。
物騒なのじゃなくて……食事とか給料のランクが下がる、という感じの地味にきついのが。
また、裏切りと呼べる行為……こっちで支給した備品やら用具を売っ払らおうとしたり、収穫した食材その他を横領したり横流ししようとした場合は……これもまあ、相応の罰が待っている、とだけ。
慈善事業でやってるわけじゃないんだ、舐めた分の報いはきっちり受けさせるよ、そりゃ。
真面目にやってればいい思いができる、美味しい職場なんだから……そんなことをさせないでもらいたいもんだね。
……にしても、ますますヤ○ザの上納金システムみたくなってきたな?
あっちは、シノギ……金稼ぎ自体自分でやらせるわけだし……まあこっちは、きちんと労働に対して給料出してる分マシだろう。




