第69話 牛狩り
現在僕らは、『リートアス』郊外の野山にいる。
そこで、現れる魔物――主に獣型のそれが多い――を倒しながら、奥へ奥へと進んでいる最中だ。
メンバーは、レーネ、ビーチェ、僕、リィラの4人。
そして何をしているのかというと……おっと危ない。
「ブモオオォォオオオ!!!」
雄叫びと共に……その魔物は、僕らめがけて突っ込んできた。
見た目一発……その姿は、牛。
しかし、地球にいるようなのよりも、明らかに気性が荒く……攻撃に適してそうな感じに、婉曲して先端が前を向いている角は、研いであるかのように鋭い。
あと、皮膚が緑色。
間にある木々をなぎ倒し、猛然と突撃してくるその迫力は……並の兵士とか傭兵なら、腰を抜かして動けなくなり……そのままひき殺される、あるいは角で貫かれるであろうレベル。
……ぶつかった瞬間に衝撃で体が爆散してもおかしくない……かもだけど。
……けどまあ、
「……どりゃあ!」
僕(ハンマー変形)装備のレーネには、たいして怖い相手じゃなかったようで。
真正面から、逃げも隠れもせずに……突っ込んできたところに合わせて、下から救い上げるように振りぬいたハンマーが……牛のあごをとらえる。
バキゴキグシャメキィッ、という、ちょっと言い表しがたい音と共に、その牛の魔物……『ビリジアンホーン』は、吹っ飛んで動かなくなった。
そのまま、きちんと動かなくなったのを確認して、ふぅ、と息をつくレーネ。
その周辺には……同じような感じで倒され、物言わぬ屍となった『ビリジアンホーン』が、20匹近く転がっていた。
すると、背後から聞こえる『ぱちぱちぱち』という拍手の音。
振り返れば。ビーチェとリィラ。援護要員として待機してくれていたんだけども……今回、ほとんどレーネがやってのけたので、出番はあまりなかった。
「……念のため確認しておきたいんだけど……レーネって、エルフだよね?」
「ハーフだけどね? ……まあ、言いたいことはわかるけど」
ビーチェの脳裏には、『どりゃあ』などという、なんとも勇ましい雄叫びと共に、ガチガチのパワータイプである『ビリジアンホーン』を相手に、真っ向からパワー勝負で完全勝利するエルフの少女、という、何とも言えないような光景がこびりついているんだろう。
……改めて言葉にしてみると、違和感がすごいな。
けどまあ……実際にレーネならできちゃうんだから、仕方ない……よな。
さっき相手してた『ビリジアンホーン』の能力値なんだけども……ざっとこう。
★種 族:ビリジアンホーン
レベル:24
攻撃力:51 防御力:48
敏捷性:24 魔法力: 9
能 力:通常能力『突進』
それに対して、
★名 前:レーネ・セライア
種 族:ハーフエルフ
レベル:74
攻撃力:297 防御力:404
敏捷性:222 魔法力:398
能 力:特殊能力『絆の杯』
契約:シャープ、フォルテ、レガート、ビーチェ
希少能力『悪魔特効』
希少能力『中級魔法適正』
これが、レーネの今のステータスだ。
魔法も強い、けど……それ以上にタンクとして優秀すぎる性能、能力値である。
正規軍の重装歩兵とかでも、こんな能力の持ち主はいないだろう。それこそ……ほんの一握りの、達人レベルでどうにか……いや、それでもいるかどうか、だな。最早。
これと、『ビリジアンホーン』とじゃ……勝負にも何にもなりゃしない。
一応、連中はスキル『突進』の効果で、突進攻撃をしてくる時の威力と速度に補正がかかるっぽいんだけども……それを踏まえてなお、レーネには遠く及ばない。
オーク程度なら一撃で轢殺する、って聞いてたんだけどね。
まして、レーネが使ってる武器は、ハンマーに変形した僕だ。
その今のレーネは、僕とレーネ2人分そのまま……とまでは言わずとも、普通にレーネが武器を使うよりも、僕が普通に攻撃するよりも強力な一撃を扱える。
と、僕がそんなことを考えてたところで……
「……皆さん、お出ましですよ」
周辺の警戒を頼んでいたリィラから、そんな声がして……その直後、ずしん、ずしん、と、何かが地面を踏みしめる足音が……こちらに近づいてきた。
その足音の主は……木立の向こうに、すでにその影を見ることができた。
さっき倒した『ビリジアンホーン』と同じようなシルエットながら、その体の大きさは大きく異なり……全高にして倍近く、体長はそれ以上はあるだろう。
……ちょっと話は変わるが、さっきの『ビリジアンホーン』、狩ることに取り立ててうまみがあるわけではない。食肉にできないこともないけど、普通の家畜としての牛とかよりも抜群に美味、とかいうこともなく、その強さゆえに狩猟が困難なだけの魔物。
それに加えて……こいつらが避けられるのには、理由がもう1つ。
こいつらは、群れで行動していることが多く、一度に多数を相手にすることになる上に……その群れには『ボス』がいる。普通の『ビリジアンホーン』よりも圧倒的に強い『ボス』が。
たった今、木立から出てきたこいつこそが、そのボスだ。
★種 族:ベルダーホーン
レベル:39
攻撃力:169 防御力:119
敏捷性: 54 魔法力: 18
能 力:通常能力『突進』
通常能力『統率』
ビリジアンホーンとは別格と言っていい強さ。
しかしながら……こいつは、肉が食用に適さない。硬くて食べられたものじゃないそうだ。調理方法次第で食えなくもないけど、手間に見合う味や栄養価はないとのこと。
ゆえに、ビリジアンホーンをある程度の数狩っていると、『よくも俺の群れにちょっかいを出したな』とばかりに、必ずと言っていいほど現れるこいつは……それはもう嫌われており、こいつが出てくるのを恐れて、ビリジアンホーンはさらに見向きもされなくなる、というわけ。
たまに、名を上げるためとかの目的で、わざと『ビリジアンホーン』を乱獲し、出てきたこいつに挑む奴もいるそうだ。ほぼそのまま死ぬそうだけど。
無論、僕らが同じことをしたのは、名を上げるためなんかじゃないんだけど……っと、おしゃべりはもうこの辺で。
その『ベルダーホーン』が、群れの仲間を乱獲している僕らを見つけて、こうして襲い掛かってきて……
そして、10秒で終わった。
まあ、能力の差ってもんを考えれば当然なんだけども……そのまま僕装備のレーネが殴ってひるませ、そこにリィラとビーチェが魔法で攻撃し、さらにもう一発レーネが殴っただけで終わった。
レーネは、ふぅ、とまた一息ついて……
「これで、5匹目……そろそろ出てきてもよさそうなもんじゃない?」
「さて、ね……どうなの、シャープ?」
僕は、ハンマー形態を解除して『機人』モード……機械ボディのショタモードに変形。
『無限宝箱』から『銀の黙示録』を取り出す。
ぱらぱらとページをめくり、お目当ての個所を発見。そこに書かれているのは……
【挑戦可能クエスト一覧】
・ビリジアンホーンを4体討伐せよ CLEAR
・ビリジアンホーンを20体討伐せよ CLEAR
・ベルダーホーンを討伐せよ CLEAR
……etc.
このエリアで挑戦可能なクエストが、一覧になって表示されている。
いくつかは『CLEAR』の表示がついているので、それを選択して『報酬』を受け取る。
結構な量の金貨や小金貨、銀貨が、それに、よく見ないとわからない、素材と思しき金属塊なんかも色々と、空中にいきなり現れ……それらが落ちる前に、僕が『無限宝箱』に収納。
こうして、『黙示録』のクエストをとにかくこなして報酬を受け取り、資材や軍資金をためる……っていうのが、目的の1つ。
そしてもう1つは……
・エリアボス:グローリーホーンを討伐せよ
僕が皆に、その部分の記述を見せた……その数秒後。
――ブオオオォォォオオオ……!!
遠くの方から……さっきの『ベルダーホーン』よりもさらに力強く、森全体に響き渡りそうな、獣の方向が聞こえた。
……さて、説明の続きをしよう。
僕らが『ビリジアンホーン』を、そしてそれをある程度倒すと出てくる『ベルダーホーン』を狩って回っていたのは、名声を上げるためではないし、クエストを攻略するためだけでもない。
その先に出てくる魔物……もうネタバレブックに出てるから言うけど、『グローリーホーン』に用があったからだ。
『ビリジアンホーン』と同じように、『ベルダーホーン』も実は、狩りすぎるとそのさらに上の種族が報復に出てくる。
それが、『グローリーホーン』。この連中の上位種族で……同時に、このエリアの『ボス』だ。
それを僕は、例によって『黙示録』の記載を見て知っていた。
そして、僕らは……その『ボス』としての『グローリーホーン』に用があった。
そいつは、ここで待ってれば向かってくるだろうけど……あえて僕らは、自分たちで近づいていくことにした。4人そろって、咆哮が上がった方へ向かっていく。
同時に……山の奥の方から、木々を派手になぎ倒しながらここに向かってくる、『何か』がいることが……嫌でも感じ取れた。
目視で見えるからね……ここからでも、そいつが歩いてくる、それだけで起こっている、破壊の様子が。
そして……幸か不幸か、僕らは、周囲に木々のない、開けた場所に出た。別に狙って歩いてきたわけじゃない……というか、こんな感じの場所があることしらなかったし。
そして同時に、向こうに見える木立の中から、壁を破壊するかのように木々を倒して……『グローリーホーン』は、姿を見せた。
大きさは、さっきの『ベルダーホーン』よりもさらに倍近い。
それに加えて……より大きく、より鋭くなった角。鱗や甲殻のような硬質な光沢を放つ表皮。牛なのに鋭さを感じる目つき……そして何より特徴的なのが、その……姿勢というか、骨格。
一応牛に見えた下位種族2つと違い……なんていうか、『グローリーホーン』は、ライオンやヒョウのような、猫科の肉食獣を彷彿とさせる、前傾姿勢に近い形で歩いていた。
四肢は、しなやかだが力強く、強靭な筋肉に覆われている。
不動の山脈を思わせる存在感。しかし、次の瞬間には弾丸のように突っ込んできてもおかしくない……そんな印象を抱かせた。
「……こんなところに、こんな魔物がいたなんてね……皆に情報収集してもらった中には、噂すら出てこなかったのに」
「それも無理ないのです。こいつを呼び寄せる条件が満たされたことなんて、おそらくこれまで一度もなかったのでしょうし」
ビーチェの言葉を、リィラが肯定する。
確かに、その通りだろう。僕も同意見だ。
この辺に暮らす人たちにとっては、『ビリジアンホーン』ですら、決して弱くはない敵である。数人でかかって、死人を出して1匹何とか討伐、ないし捕獲できるレベル。
その『ビリジアンホーン』を何匹も討伐し、群れそのものにある程度の損害を与えると、『ベルダーホーン』が出てくる。こいつと会うのを避けるため、人々は『ビリジアンホーン』を狩らない。
どうしても必要な時に数匹か、あるいは、腕試し目的のバカが時折やらかす程度。
なのに、その『ベルダーホーン』をさらに何匹も狩らないと出てこない『グローリーホーン』を目撃したことがある人なんて、居ないだろう。
しかもこいつ、『魔物図鑑』の情報だと、山の標高の高いところに通常こもってるらしいし……偶然でも、お目にかかる機会なんてなかったに違いない。
「そんな『もの好き』は私たちだけ……ってわけね」
そんな、噂にすらなっていなかった魔物を、条件を満たしておびき出した僕らは……確かにその敵意がこっちに向いていることを、その身に感じるプレッシャーで理解して……それぞれ、武器を構えた。
レーネは、アイテムボックスから取り出した両手剣。
ビーチェは、同じくアイテムボックスから出した、僕が作った大弓。
リィラは、体を変形させた銃器類。
そして僕は……同じように、体を『変形』させる。
右腕をガトリング砲に、左腕を大盾に変換し、肩と腰にクロスボウを装着、他にもいくつか、事前に作っておいた兵装を体に出現させて……準備万端。
そしてついでに、『グローリーホーン』を鑑定。
★種 族:グローリーホーン
レベル:19
攻撃力:409 防御力:252
敏捷性:161 魔法力:31
能 力:通常能力『統率』
希少能力『猪突猛進』
希少能力『疾風迅雷』
希少能力『痛覚軽減』
……まあ、こんなもんか。僕の素のステータスでも、余裕持って勝てそうだ。
でも、油断はよくない。スキルによってステータス以上の力を発揮することだってあるんだから……いかにも、って感じのがちょうどあるし。
……じゃ、始めますか。




