第7話 単純作業
石の床を、口からチロチロと舌をのぞかせながら、獲物を求めて蛇が這いまわっている。
蛇と言っても、当然魔物であり……その大きさは、人間1人丸のみにできてしまいそうなほどだ。密林を舞台にした、パニック系のハリウッド映画に出てきそうな感じ。
巨体にもかかわらず、不気味なほどに音を立てずに這いずり回っている蛇は……ふいにその視線の先に、人の頭ほどもあろう大きさの虫を見つけた。
ダンゴムシのような姿形だ。お世辞にも、美味そうには見えない。
むしろ、食欲が急激に減衰するような見た目である。
しかし、蛇は特にそのへんは気にならなかったらしい。
静かに、ゆっくりとその虫の背後から近寄っていき……残り数mとなったところで、急加速。
ここでようやく、襲撃者の存在に気づいて逃げ出そうとするダンゴムシだが、時すでに遅く……その甲殻を容易く貫いて、蛇の毒牙がどすっと突き立てられた―――
―――そしてその瞬間、気配を消して岩陰に隠れていた僕が飛び出し、ダンゴムシもろとも蛇の頭部をばくんっ、とかみ砕き、食いちぎる。
イッツ、漁夫の利。不意打ち最強いぇーい。
☆☆☆
ばくばくばく……
首から上(……って言っていいのか?)を失った蛇の胴体が、しばらくの間痙攣するようにびくんびくんと震えている。
それが収まるのを待たず、僕はその胴体も、頭と同じように腹?に収めていく。
全部食べ終わったあたりで、頭の中に響く、毎度おなじみアナウンス。
『シャープは『蛇の皮』を手に入れた』
『シャープは『蛇の毒牙』を手に入れた』
『シャープは『蛇の肉』を手に入れた』
『シャープは『蛇の骨』を手に入れた』
『シャープは『虫の甲殻』を手に入れた』
げっぷ。うん、今回も大量大量。
おじいちゃんと別れてから数日。僕は今、こんな感じで魔物を仕留めては食べ、腹に収めて素材を回収……って感じの毎日を送っている。
そのたびに手に入る、魔物の体の一部……いわゆる『素材』と言っていいであろうアイテムの数々は、進化と同時に手に入った僕の『アイテムボックス』に収納されている。
この数日間で、何種類も、何匹も魔物を狩っては食べて、を繰り返していたので、結構な量が集まったな、と思う。この体、基本不眠不休で動けるし。
精神的にちょっと疲れたりすることはあるから、その時には軽く休むんだけど……もともと単純作業というものが割と好きな僕にとっては、そう苦痛でもなかった。
何もすることがなかった、あの部屋にいた頃とは、十分に大きな差だし。
今後何らかの形で、これらを使う機会がある……のかはわからないけど、『アイテムボックス』のおかげで収納・持ち運びには困らないし、持てるだけ持っとけ、って感じで集めている。
加えて、こうして魔物と戦っていると――9割方奇襲で決着がつくので、戦っている、という表現を使っていいのかやや疑問ではあるが――経験値も結構な勢いでたまる。
つまり、レベル上げにもなるのだ。
特に、今みたいなやり方……狩ろうとしている奴を狩るのは、より効率がいい。
倒すのも楽だし、一度に2匹倒すことになるから、実入りもいいのだ。
そんな感じでレベリングを続けて……今の僕のステータスは、こんな感じ。
★名 前:シャープ
種 族:ハンターボックス
レベル:14
攻撃力:107 防御力:129
敏捷性:78 魔法力:80
能 力:通常能力『擬態』
希少能力『アイテムボックス』
固有能力『財宝創造』
特殊能力『悪魔のびっくり箱』
攻撃力と防御力がえっらい上がった。敏捷性と魔法力も、決して低くはない数値である。
前におじいちゃんから聞いたのを参考に、この数値を分析すると……今の僕の攻撃力なら、敵が金属製の鎧を身に着けてても、それを無視して肉を食いちぎることができる攻撃力だ。
トラップ不意打ちが、文字通りの一撃必殺になる可能性が高い。
ただこの世界には、当然のように鉄や鋼鉄なんかより断然強力な魔物素材やら何やらが流通しているらしいので、全くの無敵というわけでもないし、これより防御力が高い敵だって多くいるだろうから、調子に乗っていい、ってわけじゃあ絶対にないんだけどね。
防御力に関しても、だいたい同じ評価だ。生半可な攻撃じゃあ傷もつかないくらいの数値ではあるけど、それでも例外はあるし、純粋に数値で上回る敵もいるだろう。
……さて、数値ステータスについてはこのへんにして……問題は、スキルだ。
進化と同時に3つも増えた……というか、最初にあったはずの『蓄財』がなくなっているので、実質は4つ増えた、ともいえる。
しかし、検証してみた結果……どうやら『蓄財』は、さっきから活躍している希少能力『アイテムボックス』に変化したことでなくなったらしいので、やっぱ3つでいいだろう。
問題は、純粋に増えた形である残り3つだ。
これらについても、できる範囲で解析は済んでいる。
まず、『擬態』。
その名のとおり、擬態する能力。どうやら、ただの箱のようにじっとしている時に、より相手をだましやすくなるというか……警戒されにくくなるような力らしい。
一回、一匹の蛇を襲って食ってるところを……すなわち、正体を見られた状態の僕を、別な蛇に見られたことがある。
あっちゃー、しまった、ばれちゃったか、と思いつつも、まあ逃げるなら逃げればいい、的な感じで、その場でそのまま箱のフリに戻ったところ……しばらくこっちを警戒していたかのだが、その後普通にこっちにやってきたのだ。無防備に、僕の前を通過した。
もちろん、美味しくいただきました。
……いや、味覚ないけどね? 繰り返すけど。
次に、固有能力『財宝創造』
これが……とんでもないぶっ壊れスキルだった。
僕の勘だけど、コレこそが多分、おじいちゃんの『祝福』とやらの影響の1つだと思う。
話ちょっと変わるけど、ここ……ダンジョンだけあって、魔物以外にも色んなものがあるし、落ちてたりするんだよね。
中には……どう見ても人間のであろう骨や、その装備なんかも。
戦いの中で破損したのか、どれも壊れてたけどね。
数日前にそれらを見つけた時、屍をあさるようで、ちょっと抵抗あったんだけど……ここ置いといても仕方ないし、ってことで、その辺に散らばってる装備を頂戴した。
食べた。剣とか、盾とかを。
そしたらなんか、ふいに頭の中に、『財宝創造』という能力の使い方が……流れ込んできたというか、浮かんできたというか。
しばし、その内容にぽけーっとしていた僕は、その直後、実際に力を使ってみることにした。
頭の中に浮かんでいるメニュー?の中から、『壊れた鉄の剣』を選択。
そしてもう1つ……『鉄くず』を選択。
これは、そのへんに落ちてた、元が何のパーツだったわからない、破損してただの破片となってしまった鉄材を食べたときに得たものだ。名前通りの、鉄のくず、ということだろう。
そして、その状態で、『財宝創造』を使用。すると……
ぴこーん!
『『鉄の剣』ができました』
とのアナウンス。
それと、アイテムボックスから取り出してみると……そこには、破損なんかまったくしていない、新品同様の輝きを放つ剣が。
続いて僕は、『壊れた杖』を選択。
そして今度は、能力により、それを修理するのではなく……『解体』する。
すると杖は、『木材』と『水晶の宝玉』に分離した。
その後も色々と試しつつ、僕はこの『財宝創造』の能力を把握・確信した。
どうやらこの能力は、武器や防具、宝玉や資材といった、宝箱の中に入れるような『宝』を作成するというものらしい。
無から作り出すわけじゃなく、材料が必要みたいだけど……発動すれば、過程をまるまるすっ飛ばして物品を作り出すことができるというとんでもなさ。
鍛冶技術なんて全く知らないのに、スキル使っただけで、すげーきれいに剣ができたもの。
……まあ、それを見たのも僕という素人目なので、熟練の職人とかが見たらまた違うんだろうけど。
これはひょっとして、素材さえあればもっと色々作れたりするんじゃないか、ってことで……今、レベリングがてら素材集めに夢中になってるところなのだ。
……夢中になりすぎて、途中から素材集めがメインというか、それで作るのを忘れてひたすら収集に熱中してたりもしたんだけども……。
いや、僕、前世からそうなんだよね……やりこみだすと止まらなくなるというか、わき道にそれてそのままわき道を猛進しだすというか……。
素材収集要素のあるゲームとか、特にそうだった。
ま、このスキルについては、今後も検証を続けていく予定だ。
で、最後……特殊能力『悪魔のびっくり箱』
これについては……いまだに何もわかっていない。
おじいちゃんからも教えてもらってはいないし、『財宝創造』みたいにフッと使い方が浮かんできたりもしなかったから。
名前がやたらと物騒というか、そういう感じなので、ひじょーに気になるところなのだが……知りようもないものは仕方ない。何せ、調べ方、検証の仕方すらわからないのだ。
今後、明らかになることを願って……お、獲物発見。
そんじゃま……ハンティング、再開しますかね。
……しかし、今僕、ひたすらこうしてハンティング続けてるけど……このままずっとこうしてるってわけにはいかないだろうな。
色んなところを見たいっていうのは、僕自身が望んだことだ。
今やってるのは、その前準備に過ぎない。
いつか僕は、ここを離れて……というか、ここから大きく移動して、本格的に、魔物としての異世界ライフを始めるんだろう。
その時のために、今は……下積みの時だ。
動き出した後に、困らないためにね。
……けど最近、この下積み作業が楽しくなってきちゃったので、動くのもうちょっと先になるかもしんない。
僕、前世から……RPGとか、最初の町の周辺でがっつりレベル上げて、アイテムも集めてからストーリー進める人間だったからなあ……。
さっきも言ったと思うけど、単純作業割と好きだから、やれるところまでやる気質というか……準備を万端以上に万端にしてからじゃないと動く気になれないというか……。
……まあ、とりあえず作業再開。