第67話 ビーチェのプラン
アルベルトが去ってからしばし。
その場の片づけを終えた僕らは、これから向かう先を考えつつ、車に揺られていた。
ただし、僕は揺らす側である。例によって、乗り物に変形して。
トロッコじゃないよ、進化して僕の変身能力もパワーアップしてるからね。
いや~しかし、それにしたって気合い入れすぎちゃったかな?
まさか、当初の目標だったバス通り越して、2階建てバスに変形できるとは思わなかった。
外国の道路とか走ってるような、あのロマンたっぷりの乗り物。しかもその性能は、攻撃力・防御力共に軍用車両を軽く凌駕するレベルになっている。
見た目からは、ただの二階建てバスにしか見えない――いやまあ、この世界からしたらそれだけでも十分に異常だろうけど、その実態は、各部に銃火器が仕込まれた特殊車両。
何かあれば即座に変形。ヘッドライトの下からガトリング砲×2、車体の下から四方に向けて機関銃がいくつも、後部にはジェットエンジン、屋根には重砲×4が設置され、突破戦から面制圧まで可能なスーパー戦車に早変わりだ。
……正直、変わりすぎだろ、と思う。
ついこないだまでは、トロッコにバリスタがついている程度だったってのに……いきなり、近代戦でも通用しそうなレベルの装備になってんだから。
こうなった理由はおそらく、僕の前世知識と、それに基づいて色々できないか、『絡繰細工』で色々やっていた結果。そして、フォルテ&リィラとの『杯』だろう。
思いっきり見た目が機械兵器な2体の影響で、僕まで兵装がメカ調になっている。
いや、喜ばしいんだけどもね? 普通に考えて。戦力増強になったし。
ただまあ……味方も脅かしちゃうレベルで強化されてるから、慣れるまでに時間がかかりそうだけど。
そんな車内で、ビーチェとレーネ、レガート、そして主に戦いに参加することになるであろう、エルフの戦士たちと人間の男衆は、地図を囲んでうんうんとうなっている。
そしてそれを、リィラ、フォルテ、そして僕が上からのぞき込んでいる形だ。
天井に穴開けて、2階から。
この程度の改造は簡単だよ? なんせ、このバス自体が僕なんだから。
「……っていうか、何でシャープがそこにいんの? この乗り物……『ばす』だったっけ? コレ自体がシャープなのよね?」
「しかも、人間モードで……」
「ああ、コレ? なんかさ、僕自身の体自体をある程度以上に大きな乗り物に変形させた場合だと……その中に、なんていうか、分身体みたいなのを作りだせるみたいでさ」
というわけで今……僕の中に僕がいるという変な事態になっている。
ショタの方の僕は、例によって首から上が生身、下がロボットである。
ついでにフォルテもそうだ。こっちの方がスペース取らないからね。
なお、僕とフォルテの人間モードがショタな理由はいまだに不明である。まあ別にいいけど。
それはおいといて、僕らが覗き込んでいるこの地図――正確には、『黙示録』の地図のページなわけだけども、そこを開いて、これからどこ行くかを話し合っている。
「とりあえず、例の皇子様のことはいったん忘れて……じゃ、作戦会議で。私たちはこれから南へ進みます。その途中でまず……旧リスタス領『リートアス』を目指します」
ここ数年、王国が戦争ばっかりして、周囲の小国を吸収・併呑して大きくなってるってのは前に話したと思う。
そのため、こないだまで僕らがいた『王都』の周辺の領地以外は、最近この『トリエッタ王国』に組み込まれた……元は他国の領地だった土地なのである。
そんな土地が、王都から見て東側以外にいくつもあるのだ。
残る東側が何なのかというと、帝国に隣接しています。最前線ですはい。
で、今僕らが向かっている『リートアス』もまた、もともとは『リスタス王国』という国だった。王国の侵略によって取り込まれてからは、敵国だった占領地ってことで、重税やら兵役やらで冷遇されている上、復興もまだ満足に進んでいない。
要は……王国のもともとの領地よりも貧しく、荒れている場所だってことだ。
潤っているのは、王政府が絡んでいる施設、そしてそれがある町村のみ。しかもその状態は、わざと作り出されている。
それがない町や村は、勝手に滅べとばかりに放置されているそうだ。
そういう場所は総じて貧しい状態らしい。王都外縁部のあのスラムと同等か、それ以上に。
さながら、焼け跡に闇市が立ち並んだりして、ぎりぎりの生活をどうにかつないでいる人がそこら中にいる感じであるらしい。戦後すぐのころの日本みたいなもんか?
『リートアス』もまたそんな町村の1つ。かつての王都でありながら、交通の要地でないという理由で、王国による復興の手がほとんど入らず、廃れてきてしまってるらしい。
それでも、元々大きな都市だったこともあって、今でもそこそこ人は訪れるそうだ。
それゆえにか、結構『闇市』とかも開かれているらしい。
そこで動く金額は……実は決して小さくもない。人々が必死なのだ、売る方も買う方も。
さて、ここで豆知識でも。
いわゆる『闇市』には、大きく分けて2種類あると言える。違法って点は同じだけど。
1つは、盗品とか違法なものが流れる『ブラックマーケット』的なそれ。
もう1つは、戦後の日本とかにあった『ヤミ市』。今回の場合はこっちだ。
この類の『闇市』は元々、配給とかの合法な手段では、十分な食料や生活必需品が手に入らない場合に発生する非合法の市場である。買う側は単純に物資が欲しいか、あるいは転売するために、売る側は生活費や、物資を買う金を稼ぐために、そこを利用する。
これがないと餓死者が続出する。あっても出るけど、ないともっと増える。
一応違法なので、そこで買った品は警察官に見つかると没収されることもあったそうなんだけど……今言った事情もあって、半ば黙認されてたような状態だったらしい。
餓死者を続出させてもアレだから、一応、ガワだけは取り締まるように見せてたそう。
後は……市場のバックに893な自由業の人たちがいて、当時の警察はそれに対処するだけの武力を用意できなかったから、大きく取り締まれなかった、っていう説もあるとか。
市場にもよるだろうけどね、そういうのは。
さて、そんな『闇市』が、これからいく町『リートアス』にもあるらしいんだけども……どうやらビーチェは、それをまず目的地兼目的にしたいらしい。
「つまり、我々もその『闇市』に参加する……と?」
「するかどうかは、実状を見て決めたいと思ってる。……と、その前に……皆の中で、この類の闇市を実際に見たことがある人、いる? 参考までに、話を聞きたいんだけど」
そう問いかけると、元・伯爵家私兵の男衆のうちの何人かが挙手した。
で、聞かせてもらった彼らの話によれば……まあ、今の説明の話に大体間違いはなかったわけだけど、それに追加して、実際に見た彼ら特有の、感想というか所見というものが補足された。
いわく、その町、市場にいた者達は……皆一様に『必死』だったそうだ。
「最初は我々も、闇とはいえただの市場には違いないだろう、と思っていたのですが……何と申しましょうか、ただ店を構えているだけの者達に、気圧されるような感触を肌で感じましたね。特に何か危害を加えたりする様子もなかったのですが……」
「自分もです。こう……戦場を駆る兵士に通ずるものがあったというか……。全員がそうだったわけではないのですが、中には、一秒一瞬たりとも気を抜いていないような者も……」
「後になって考えてみれば、あれも当然と言えば当然なのでしょう。彼らの多くは、その日のパンにも飢えている状態……それを打開すべく、金銭あるいは物資を得るべく、市場に立っている。比喩も誇張も抜きに、彼らは『命がけ』なのです」
「もし実際に戦い……例えば、我らから強奪を働こうと襲って来ようとも、撃退することなど難しくもなかったでしょうが……それでも、我らを緊張させるだけの何かが、あそこにはありました。それを放っているのが、幼子であったり、枯れ枝のように痩せた老人であったりするのです」
なるほどね……わかる気がするわ、なんとなく。
ホントの極限状態って、人をそういうところまで追い込むものなんだな。
そういうのがあるからこそ、戦後の日本も、今や経済大国の一つと言われるまでに復興を遂げたわけなんだろうな。
それらの報告を黙って聞いていたビーチェは、しばしの黙考の後……口を開いた。
「報告ありがとう。とりあえず、私自身この目で見て最終的には決めるけど……方針だけ話しとく。私は、この状況を、そしてこの闇市を利用しようと思ってる」
「利用……ですか?」
「何か買……いえ、違いますね。闇市で手に入る程度のものを、今更我々が必要とするはずもない……となると、売る側として参加されるので?」
と、ライラさん、ついでレガートが訪ねる。
「基本的にはそうするつもり。ただ、お金を稼ぐだけが主目的じゃないけどね……」
「何売るの? 食料とか、飛ぶように売れそうよね」
「他の店と同じような、生活必需品でいいと思う。ただ、悪目立ちしないように、品質とか値段、販売する量には気を遣わないとね。少なくとも、最初のうちはだけど。そして、ここで私たちが目的とすることは……3つ」
皆の前に手を突き出し、ビーチェは1つずつ数える感じで、
「1つ目。お金を稼ぐこと。コレ自体は他にいくらかあてもあるし……まあ、他の目的のついで的な感じでいいと思う」
言いながら、ビーチェが人差し指を立てる。皆がうなずく。
「2つ目。商売、っていうものを勉強する。これは、今後の私たちの動きにも関わっていくことだから、真剣にやるつもり。ただまあ……全部を全部、本職の商人のそれに合わせる必要はないだろうと思うけどね……今後の立場的に」
続いて中指を立てるビーチェ。そして、薬指を立てながら、
「最後に3つ目。これが主目的、ちょっとずつでいいというか、今の段階ではとっかかり程度でいいんだけど……私たちの影響力、ってものを形作ること」
「……影響力?」
きょとんとした感じになっているであろう、僕その他に対して、ビーチェは説明を続ける。
「……王国と帝国、両方をぶっ潰すにあたって……私たちは、ただやみくもに力を得て、戦えばいいわけじゃないと思う。私としては……」
そうして話される、彼女の『王国・帝国攻略プラン』。
その内容は、極めてシンプルでありながら……むしろだからこそ、はまった時には効果抜群であろう方策だった。
というか、策、といっていいものなのかどうか……ちと悩むかも。
だって……ホントに、簡単なことだから。
「簡単に言えば、私たちはこれから……目的を達成するための、1つの『組織』として動く。その組織としての力をつけて、王国と帝国をぶっ潰せるところまで持っていく……その過程で、商売を――商売『も』かな、利用して力を蓄えるつもり」
「そのために、まず『闇市』で稼ぎつつ、商売を勉強する」
「そう。そしていずれ……その闇市を、いえ、その場所の流通・経済そのものを仕切る」
「「「!?」」」
驚く皆をよそに、続けるビーチェ。
「まず言っておくと、私たちが作る『組織』は、ほぼ完全なアウトローとして活動することになる。具体的には、闇市を取り仕切って外からのちょっかいを排除したり、商売自体もいい品を多く取り扱うことで……そこを縄張りとして支配下に置く。そして、同じことを大陸中でやる」
この大陸は今……ほとんどの国が、何らかの形で戦争に関与している。
直接戦っている国、属国として援助している国、物資を出している国……なんかの立場の差はあるけど、戦争による何らかのダメージを受けている国がほとんどだ。
闇市ができるほどの、経済・流通状況の悪化なんかは、その最たる例だ。
そしてビーチェは、これを憂うと同時に……『利用できる』と考えた。
「国が、地域が、そしてそこの社会そのものが弱ってるからこそ、付け入りやすい。守ってくれない正規軍より、守ってくれて、色々と与えてくれるアウトローの方が歓迎される場合も多い……私たちが狙うのはそこ。最初は小さな商売から初めて、徐々にその地域に浸透していって……裏側から全てを仕切れるようにしていく」
「そのためにまずは、『リートアス』を攻略する、ってこと?」
「王国もわざわざ放置してくれてるし、ちょうどいいわね。まずはここを裏から掌握することを目標にして色々動こうと思う……そしてそのために」
そしてビーチェは、僕の方を見て、
「シャープ、あなたの力を借りたいの。具体的には、まず……」




