第66話 アルベルトの提案
よくわからない男と会った。
話をした。
もっとわからなくなった。←今ここ
普通に考えて敵であろう、帝国の皇子様がやってきて、でもなんか敵対する感じじゃなくて……部下を返してもらったお礼もかねて食事でも、ってところで……皇子様のまさかの秘蔵アイテムがお目見え。
物理法則無視のご褒美発生装置であり、経験値倍加のボーナスアイテムでもあり、ちょっと先の未来をたまに教えてくれるネタバレブック……『黙示録』である。
それを、帝国の皇子様……アルベルト・ジョワユーズが持っていた。
そしてどうやら、スキル『鑑定眼』とやらによるものか……はたまた、『黙示録』を持っていることによる何らかの恩恵か、僕の存在に気づいたらしい。
自分と同じように『黙示録』を持ち、荷物のフリをしている僕に。
それを『絆』経由の念話で皆に報告したところ、素早く考えをまとめたビーチェとレガートの采配により、僕らのうちのメインメンバーと、皇子様とその側近たちだけで出席の昼食会が開かれることになった。
ま、そんな大層なもんじゃなく、ただレジャーシート広げて弁当食べる感じだけど。
☆☆☆
「さて……アルベルト殿下、とお呼びすれば? それとも、公爵閣下の方が?」
「アルベルトでいいさ。敬語も不要だ。敬いたくもない相手に対して、そのような話し方は不快だろう」
「……自覚はあるんですね?」
「祖国がいかにバカやってるかを鑑みればな……私の方は、お主たちをどう呼べばいい?」
「先程自己紹介は済ませましたし、好きなようにどうぞ」
「そうか。ならばそうさせてもらおう……さて、では遠慮なく食べてくれ。軍務中の携行品ゆえ、贅を尽くした……とは口が裂けても言えんメニューだがね」
目の前に広がっている、皇子様……もとい、アルベルトが用意したのは、携帯できる食料を使って作った感じのメニューだった。
感じっていうか、まさにそうなんだろうけども。
なんかすごく硬い……というか、これは食べ物なのかと問いたくなるような頑丈さのパン。
見た目はパウンドケーキみたいなんだけど……食感も味も正直、未知の領域だった。こんなパンがこの世にあったのか、いや、これは本当にパンなのか。
肉と野菜のスープ。具は豚っぽい肉と、キャベツっぽい葉野菜と、ジャガイモらしき具。
見た目はまともだしヘルシーそうなんだけども……ここにも地雷が。肉は保存用に塩漬け?にされてたらしく、火が通ってても硬いわしょっぱいわ……葉野菜は乾燥させたものを戻したのか、煮込まれているのに妙にぱさぱさしている。まともな味がするのはジャガイモだけだ。
あとはまあ、果実。
このへんで現地調達したものだそう。これが一番まともな食材だった。
その他にもいくつかあったものの……どれも似たり寄ったり。
一応栄養はとれるものの、味という点で決して食べたいとは思えないようなものばかりだった。
ちなみに、僕の存在は知られていたので、『機人化』で人間モードになって僕もごちそうになったんだけども……前述の通りの味なので、早々に食欲がなくなりました。
でも、残すのも悪い気がしたので、果実以外は味覚OFFにして食べた。便利だこの機能。
まあ、最終的に……あんまり誰も幸せにならない食事会でした。
多分、戦争とは別ベクトルでアルベルトに対しての好感度が下がった気がする。
ただ、コレが彼らの日常の食事だっていう事実も明らかになったので、ほんのわずかに同情する視線が向けられたりもしていた。
明らかに僕らの方がおいしいもん食べてるしね。それも毎食。
「さて……と、食休みもこれくらいにしようか」
「……本題、というわけですね?」
舌に負ったけっこうなダメージから回復したビーチェが、アルベルトのその言葉に、真面目モードに戻って目を細める。
「そこの箱くん……という言い方は失礼だな。シャープ君から聞いているかもしれないが、私も『黙示録』を持っていてね。軍務の合間に、色々と小細工して己を鍛えつつ……とある目的のために、軍上層部にも黙って暗躍していたりする」
言いながら、手に持っている黙示録のページをぱらぱらとめくるアルベルト。
そしてそれを、1つのページで止めて、じっくりと眺めつつ……
「おそらく、君たちの持っているそれにも同じ『試練』が刻み込まれていると思うんだが……それを見れば、おそらく字面だけでも、私の心中がある程度わかるかと思う」
……あれか。さっき頭の中に流れた、キークエストと特殊クエスト。
『キークエスト『反逆の皇子と逆襲の少女たち』が発生しました』
『特殊クエスト『邂逅せし2つの黙示録』が発生しました』
『特殊クエスト『大戦への道標』が発生しました』
コレを、そのまま字面通りに読み取るとすれば……
「あなたは……帝国に対して、反旗を翻すつもりなのですか?」
「うむ。正直、だいぶ前から愛想つかしていてな……虎視眈々とぶっ壊す機会を狙っていた」
食後のお茶をずずず……と飲みながら、アルベルトはそう返す。あっさりと。
「もう何年も前から続く悪循環だ。国そのものの疲弊をカバーするために、やたらめったら他国に喧嘩を売って……それで国力は増したが、傷が生傷のまま。それを癒すためにまた他国を侵略して、奪った資源を立て直しに充てて……その繰り返しで、屋台骨がもうガタガタなところまで来ている。正直、この戦争に勝っても負けても、帝国は長くない」
「だから反逆すると?」
「ああ……もう今、わが祖国を国として再生させるのにはギリギリと言っていいところまで来ていてな? ああ、ギリギリと言ってもセーフじゃなくアウトの方だ。だから、このまま空中分解するくらいなら、一回壊して作り直した方がいい」
「……随分あっさり、他人でしかない私たちにそれを教えてくださるんですね?」
「うむ、そうだな。そしてコレをお主たちが帝国に密告でもすれば、私は終わりというわけだ。よかったな、すごい武器が手に入ったぞ?」
「ご冗談を……他国の、しかも無位無官の難民の言うことなど、まともに取り合われるはずもないでしょう。よしんば聞いてもらえたとしても、口封じにもろともに消されます」
「そのへんは立ち回り次第でどうとでもなろうが……ま、別に私としてもそうしてもらいたいわけではないし、率直に話を進めるとしようか」
アルベルトはコップを置くと……笑みは浮かべたまま、真剣な空気をまとって言った。
「単刀直入に言おう。私と組まないか?」
「……含意が広すぎます。具体的に説明をいただけますか?」
「そうだな。では……お主たちの事情のうちに触れる言い方になる無礼を承知で言わせてもらいたい……。なお、私の推測込での申し出なので、訂正等あれば申し出てもらいたいが……」
そこで一拍置いて、
「君たちの復讐に手を貸すので、私の反逆に手を貸してほしい。簡潔に言えばこうだな」
「……私たちの目的が復讐であると?」
ビーチェがそう問い返すと、アルベルトは、手に持っている『黙示録』に一瞬目を落として、うなずいた。……まあ、浮かび上がってるクエストの名前がね、アレだからね。
「私は他者より少しだけ目と耳が良くてね……失礼に当たるとは思ったが、実は先日、君たちが私の兄たちを相手にして啖呵を切るのを耳にしていた。離れたところからだが」
兄って……あ、もしかしてあの『殿下』か?
悪魔の召喚と使役をしてて、僕の『空気砲』で吹っ飛んだあのうるさい人。
その時に、ビーチェ、とレーネが切った『啖呵』……ああ、帝国も王国もぶっ潰すっていう。
それに加えて、このクエスト名……なるほど、推測の道筋は理解できた。
「……私たちの目的が、王国と帝国への逆襲だと知って……あなたは、それに手を貸してくれる、というのですか?」
「うむ。困難な目的と知りつつも、いささかも怯む様子もためらうこともしないその気概は実にあっぱれなもの。だが実際問題、いくら『黙示録』があっても、個人にできることはどうしても限られてくる……国などという、途方もなく大きなものを相手にするのなら、なおさらだ。そしてそれは、公爵位を持っているとはいえ、まだコネもそう多くない若造である私にも言える」
「だから、手を組むべきだと? 互いの目的を達成するために」
「君たちは、王国と帝国への逆襲。私は、一旦ぶっ壊してしがらみやら何やらとっぱらった上での帝国の再興……。互いに相いれない間柄とも思わない」
「………………」
「君たちは『逆襲』と言うが、何も帝国に住む王族貴族から一般市民に至るまで、残らず皆殺しにしたいわけではないだろう? 何をもって『逆襲』の完了とするかはわからないが、その後、おそらく荒廃しきっているであろう国土を治める者がいなくては、新しい地獄がそこに生まれるだけだ。それもおそらく、原始的ないし旧時代的な形で。無政府状態だからな、当然だ」
「あなたはそれを望まないということですか……私たちが破壊した国の後を、自分が統治したいと?」
「加えて、できることなら最低限統治機構の形を残しておいてもらえればありがたい。まあ、それでも現在の首脳部の大半には、地位から、あるいはこの世から退席いただくことになるだろうから、逆襲としては十分な手ごたえを感じるところまでやってもらえると思う」
「そして、それの実行自体にも手を貸していただける、と」
「うむ。一度ぶっ壊すこと自体は私の目的でもあるわけだから、手間が省けるとか、労力を分散できるという意味でも、私にとって好都合だ。その上で、君たちが納得する形で、両国ともにギッタギタにしてもらって構わない……や、失礼、上から言うような物言いになってしまった」
リアルで『ギッタギタ』とか言う人、初めて見たな、とか思いつつ、
ビーチェは、話の内容をよく噛みしめながら熟考し……念話を使って、皆と相談しつつ、考えをまとめていっている。
アルベルトの言う通り、レーネとビーチェの目的は……かなり途方もない感じのレベルのそれである。一応道筋とかは考えているとはいえ、国を相手に戦おうとしてるわけだし。
労力、時間、資金に物資……どれも途方もない量が必要になるだろう。
現時点ではあるけど、そもそも動かせる人員が少ないし。
一線級の戦闘要員は僕らメインメンバーだけ。男衆やエルフの戦士たちを含めても、20人に届かない。これから増やしていくといっても、簡単じゃないだろう。
そう考えると、協力者ができるっていうのは助かるものではあるけど……相手が相手だ。そう簡単に信用していいわけでもないし、そもそも判断材料が少ない。
そう考えていたら、どうやらそれは向こうもわかっていたのか……
「……まあ、すぐに結論を出してくれというのも無理な話だろう。だから……話を持ってきておいて何だが、今日のところは話を持ち帰って検討してくれて構わない。また後日……そうだな、君たちが準備を進めていって、帝国に手を出し始めるくらいのタイミングになるまでにでも、返事を聞かせてくれるとありがたい。早ければ早いほど……こちらとしては君たちへの支援に動きやすいからありがたいがね」
「……なるほど。で、その場合にはどうあなたにコンタクトを取れば?」
「心配無用。君たちの答えは……こいつで知れる」
そう言って、『黙示録』を指さすアルベルト。
「こいつに乗っているクエストの結果次第で、君たちの意思決定は知れる。逆に、君たちも私の行動に関する色々な情報をこいつで読み取れるだろうから、いろいろ工夫してみるといい」
その後、いくつか細かい気になる部分を話し合った後……アルベルトは『いい返事を期待する』と言い残して、去っていった。
ちなみに今の、僕らの『黙示録』の表記はというと……
○クエスト『反逆の皇子と逆襲の少女たち』…………進行中
さて……コレ、今後どう転ぶのかね。
わかんなくなってきた。




