第61話 決意表明
「……いやー、たまげた。まさか、勝ってしまうとはな」
そんな軽口と共に……青年は、そこに舞い降りた。
「何か策を弄するかと思えば、正面から力技だ。全く驚かされる……それに対して、無様なものだな、我が国の『精鋭部隊』も、兄上の『切り札』も」
「……坊ちゃん、やめなされ。誰かに聞かれでもしたらことですぞ」
「あっはっは……爺よ、何にだ? その辺に転がっている肉片どもにか?」
1体というべきか、3体というべきかわからないが、とある『鋼の騎士』が暴れた後の戦場。
そこを彼らが立ち去ってから数分後のことである。
青年・アルベルトと、『爺』の2人が降り立ったそこは……さながら虐殺跡と化していた。
悪魔と騎士が戦っていた場所から、少し離れた位置。そこに転がっているのは……帝国の兵士たちの亡骸である。
何か巨大な衝撃を正面から受けたと思しき損傷が、全員に見られる。
答えを言ってしまえば、シェイアーガーの『空気砲』を受けた、『殿下』およびその親衛隊であるわけなのだが……今となっては、『死体』で統一してしまって問題ない。
しいて言うなら、『殿下』の死体だけはまあ、持ち帰るのが望ましいだろうが。
腹違いとはいえ、一応兄だったものを見下ろしつつも、青年の顔色は対して変わらない。
「ま、持って帰ればプロパガンダの材料くらいにはなるだろう。英雄にされるか、悪者にされるかはわからんが」
「その時に、坊ちゃんもひどい目に合わないとよいのですが」
「ま、さっき言った通り左遷くらいだろうさ。一応私もこの戦で『手柄』はいくつか用意していたし、『兄上に命じられて手出しを禁じられていた』と言ってくれる証人も用意した。全て……予定通りだ。しかし……」
兵士たちに命じて、兄の死体を回収させつつ、自らは思索にふける。
(思いがけないものを見てしまったな……まさか、あのような奴らが存在するとは)
戦場に立つは、見目麗しい数人の美少女たち。しかも、そのうちの数人は、かの有名な亜人種族『エルフ』であった。
さらには……彼女たちが従えていると思しき、強力な魔物たち。
見るに、3種類。いずれも、魔法生物系と思しき……帝国・王国の精鋭たちを一蹴するほどの実力を持っていた。しかも、いくつか見たこともない戦い方までして。
極め付けが、あの『合体』だ。3体の魔物が姿を変えて1つとなり、瞬く間に強力な悪魔と、王国の切り札たる『勇者』を叩き潰した。
(正規軍を一蹴する武力・装備・戦闘技能……ただの難民? バカな、ありえんだろう……だが、傭兵だの、山賊だのという感じでもなかったな……一体何なのだ? あの一団は……?)
「爺……追えるか?」
「は、既に手の者を出しております」
「頼む。だが、手荒な真似は……いや、敵対感情をあおるような一切の行動はするなと厳命しろ」
「承知いたしました。こちらからの接触は?」
「遠見していた時に、私の配下の者が1人いた。あれは……捕虜というよりは、傷を負ったところを保護してくれた、という感じだろうな。おそらく、そこをとっかかりにきっかけを作れるだろう。可能ならば、背後関係その他を洗ってからが望ましいな。場合によっては……」
私の、味方になってくれるかもしれない……と、希望の混じった言葉を、彼は飲み込んだ。
端正な顔立ちに浮かべた微笑。
しかしその目は、どこまでも真剣だった。
今や物言わぬ肉塊となってしまった、自分の兄と話していた時よりも……余程。
「よく見えたとはいえ、頭の中までは覗けない。じっくり見極める必要がある……それでもし、手を取り合えるならば……譲歩しても構わないだろう、共に歩みたいものだ」
「それほどに坊ちゃんのお目にかないましたか、あの者達」
「ああ……我が野望、彼女たちとなら……ひょっとしたら、成就しうるやもしれん」
とはいえ、と、ため息をひとつ。
「私の目的を知ってなお、彼女たちがついてきてくれるか、あるいは、共に歩んでくれるかは……自分で言うのも何だが、正直微妙かもなあ……」
「確かに。一見、実行不可能以前の妄言にしか聞こえないですからな」
「ああ、何せ……」
――王国と帝国をどっちもぶっ潰す、だもんな――
小声でつぶやくように言った、アルベルトの言葉は……血の匂いを含んだ、戦場の風に溶けた。
☆☆☆
「はい、注目」
『グレーターデーモン』、および王国の勇者、およびその他もろもろとの戦いから数時間後。
どうにか僕らは、今度こそ追っ手も来ていないであろう場所まで来て、休憩しつつ……レーネとビーチェがみんなの前に立って、何やら話し始めた。
ご飯食べながらだけど。
時間は有意義に使わないと、ってことで、パンと燻製肉、野菜の塩漬け、そしてエルフ達が作った果実とかのミックスジュースを配布。それぞれ食べながら聞いている。
さっきまで、色んな奴らが襲い掛かってくる戦場で怖がっていたエルフの子供たちや、孤児院からついてきた子供たちなんかも、美味しいものを口にして落ち着いたようだ。
そこにレーネとビーチェが立ち上がり、何を言い出すのかとみんな見ている。
「みんな聞いて……ひとまず私たちは、王都のスラムを抜け出して、生き延びることに成功した。でも、あそこにはもう戻れない。王国軍と帝国軍の戦いで、全部燃えてしまっただろうから」
ビーチェのその言葉に、目に見えてしゅんとする、孤児院の子たち。
今まで暮らしていたところを突然追われて、その上帰れないと来たもんだ。無理もない。
運べるものや、普通に考えて運べないものなんかも、基本的に全部僕が全部収納して持ってきた――それこそ、ベッドでもタンスでも、使えそうなものは全部持ち出した――とはいえ、『場所』事態への愛着や、帰る場所があるっていうことへの安心感はバカにできないものだ。
「当然だけど、私たちもね。まあ、もともと旅の予定だった分、彼らよりはましだけど」
その言葉に、こちらはほとんどうなずく程度の、エルフのメンバー。
子供たちはちょっと疲れた感じの顔してるけど、もともと故郷が滅んで放浪の旅の最中だ、今まさに当てのない旅が幕を開けた、孤児院メンバーに比べれば、余裕もあるだろう。
そんな、各々多少なり将来に不安を抱えたメンバーを前に、2人が続けることには、
「これから多分、戦争はますますひどくなると思う。王国と帝国との戦いはまだ続くだろうし……もしかしたら、両国以外の、周辺の小国にも飛び火するかもしれない。私たちはそんな中で、生きていく場所を見つけなきゃいけない」
「簡単なことじゃないわ。今のご時世、羽振りのいいわけでもないよそ者は、歓迎されないことがほとんど。治安や流通だって不安定だろうし……いつ、どこで紛争が、あるいは他国との戦争が始まるかわからない……帝国と王国が不安定になりつつある今は、余計にね」
2人の少女の口から紡がれるのは、容赦ない現実。
しかし、見つめなければいけない現実……とも言える。
力もない、財力もない、後ろ盾もない、この身以外、何もない。
そんな自分たちにできることは、ごく限られる、と。
「どこかに根を下ろしても、そこで戦いが始まれば、その国ごと荒れる。そうなれば、女・子供も多い私たちは、何かに巻き込まれる前に、逃げるしかない。何かされても、何が起こっても……私たちは、どこに助けてもらうこともできず、泣き寝入りするしかない……はぁ……」
「国同士が争う……それだけで、何もできない。国家の末端や、根無し草の旅人・難民は、その余波ですら振り回されるしかない。抗おうにも、国を相手に個人ができることなんてないし……国の方が、個人の都合やら、生活やら財産やら考えてくれるはずもない……はぁ……」
「「……っとにもー、ふざけんなって話よね!」」
唐突だった。
今の今まで、悲壮な言葉をこぼしていた2つの口から……唐突に出た、乱暴な言葉。
一体何事かと、目を伏せがちになっていたエルフ達や、元・ロニッシュ家関係者含む孤児院の関係者たちが、2人の顔を見ると、そこには……『怒ってます』とでも言いたそうな感じの、いらだちを全面に押し出し、隠そうともしない様子の2人がいた。
なお、すでに事前に話を聞いている僕ら――無機物トリオ+レガート――は、吹き出しそうになるのをこらえるのに必死である。
レガートは、ちょっと苦笑してる感じだけど。
そんな間にも、姉妹の演説?は続く。
「だってそうじゃん! 私たち……何も悪くないじゃん!」
「あの連中が自分たちの都合でドンパチやって、こっちが迷惑被ってるってだけよ!」
「それで泣き寝入りしろって? 冗談も休み休み言えって話だし!」
「そうよ! 迷惑かけられた分、利息つけてきっちり返してもらわないとね!」
「あ、あの……ビーチェ様? レーネ様? い、一体、どういう……?」
さすがに、謎のヒートアップを続ける2人を気にしたのか……おずおずと挙手して、シスターのライラさんが問いかける。『何が言いたいの?』と。
「……私たちね、もう我慢できないのよ」
「そうね……もう、遠慮しないことに決めたの」
「私は……故郷の森を、里を、帝国の勝手な都合で焼かれた。悪魔と、その配下のオークの軍団を差し向けられて、仲間のエルフ達が大勢犠牲に……いやまあ、仲間ってほど上等な関係だった覚えも正直ないけど、とにかく、生き残った者も全員、故郷を追われた」
「私は、王国と、一部の貴族の勝手な都合ででっち上げられた無実の罪で、家を、財産を、家族を、全部を奪われた。その後、皆と一生懸命に生きてきた居場所さえ……王国軍の勝手な都合で奪われて……皆共々、またこうして路頭に迷うような目にあわされてる……」
一拍、
「この状況でどう納得しろって!? できるわけないじゃないの!」
「何だって主犯格共がふんぞり返ってて、私たちが泣かされるの? そんなの我慢できるか!」
「もーイヤ、もー無理。我慢しない、我慢するくらいなら全部ぶっつぶす!」
「そして全部取り戻す! その過程で、私たちの敵共にも地獄を見せる!」
「道徳的に間違ってようと、そのために多くの犠牲が出ようと知ったこっちゃない! ちなみに犠牲は敵とかに限る」
「ひどいやりかたで奪われたんだから、いっそ連中が引くくらいもっとひどいやり方で奪い返す! 異論は認めない、躊躇も容赦もしない!」
「やられたら!」
「やり返す!」
唖然とする聴衆たちの前で……2人は、少しだけ落ち着きを取り戻し、息をつくと、
「これから私たちは、いくつか町や村を回ることになる……その中には、比較的安全な場所もあると思う。少なくとも、今までみたく、自給自足やその日暮らしで食べていける程度には」
「私たち2人がこれからやる『目的』に賛同できない、っていう人は……悪いけど、そこで別れてほしい。今後、少しでも楽に暮らしていけるように……餞別くらいは出せるから」
そう……非戦闘員たちだけでなく、戦闘要員として数えられる、エルフ達や、男衆にも言う。
「……『目的』……とは? ビーチェ様達はこれから、何をなさるおつもりで?」
男衆の1人が、恐る恐る、といった感じで問いかける。
それに対して、2人からの答えは…ある意味、リピートだった。
「さっき言った通りだよ」
「帝国と王国に奪われたもの……全部、奪い返す。利息として、もらえるもの全部もらう」
「遠慮は一切しない。向こうが酷い手で来たんだから、こっちもできること全部やる」
「連中の事情や都合なんて考えない。こっちのことを考えなかったんだから、それも当然」
……つまり、だ。
「「王国と帝国……どっちも潰す!」」
権力と暴力にもてあそばれ続けた彼女たちの、逆襲が……始まるわけだ。




