第6話 追悼と、進化
今、僕の目の前には……目を閉じ、体を横たえ……それっきり動かなくなった、おじいちゃんの亡骸がある。
つい今しがた、眠るように息を引き取ったのだ。寿命で。
……全くもう、なんて超展開だよ、これは。
不眠不休、ぶっ続けで行われた講義と訓練。
それによって、おじいちゃんは僕に、必要であろうすべての知識と技術を叩き込んでくれた後……最後の最後に、とんでもないカミングアウトをした。
自分はもう、明日とも知れない命なのだ、と。
おそらく、そう時間をおかずに死ぬだろう、と。
もともとおじいちゃんは、自分の死期を悟って……1人静かに、ひっそりと死ぬためにここに来たらしい。
何か、猫みたいな習性だな。死ぬ時に死に場所を決めておく、っての。
十分に長く生きて、もう思い残すことはない……そう思っていたところに、降ってわいた予想外に面白い暇つぶし。
それに、自分が生きた間に学んだことを伝えられるだけ伝えて、とてもいい、充実した時間を最後に過ごすことができた……と、けらけらと笑っていた。心から、嬉しそうに。
そして……だから、何も気にすることはないぞ……と、いきなりのカミングアウトに動揺する僕に、諭すように語り掛けてきた。
『実はさっきから、しつこい眠気が襲ってきておってなあ……どうやら、お迎えの奴がさっさと来いとせっついておるようなんじゃ。じゃからおそらく、お主とはもう、ここで……これでお別れじゃろう。短い間じゃったが……孫ができたみたいで、楽しかったぞ』
『……おじいちゃん……』
『……ふははっ! おじいちゃんときたか! この神獣・麒麟に向けて!』
ついぽつりと、心の中で読んでいた呼び方をつぶやいてしまった僕に……おじいちゃんこと、麒麟は、こらえきれなかった様子で大笑いした。
その笑い声からは……本当に、思い残すことは何もないといった、満足げな感情を感じ取れた。
『よし、決めたわい。そのおじいちゃんから、かわいい孫にひとつ、お小遣いでもくれてやろうか……ちょっとそこ、動くでないぞ?』
言うなり、おじいちゃんはその巨体の前足をゆっくりとこっちに向けて突き出し、その爪の一本で、僕の体……ふたの部分をつん、と軽く小突いた。
その瞬間、そこから何かが僕の中に流れ込んできた感じがした。
『わしの魂の一部を、お主に分けてやった……人間たちが俗に言う、『祝福』とかいうアレじゃな。色々と御利益あるじゃろうから、とっとくとええ……本来は魔力とかを流し込む程度なんじゃが、今回は特別さーびす、という奴じゃな』
『魂の一部って……いいの、そんなの!?』
『数時間後には屍になっとるジジイの何を心配しとるんじゃ、若造。そんなことより、もらった力をこれから先、どう十全に生かしていくか考えておけい。祝福によって何か起こるかは、個人の資質によるところが大きい。こればっかりは、どうすればいい、と教えてやれんでな』
そんな、剛毅な感じのセリフ。激励、と取っていいんだろうか。
そしてその後、少しの間、とりとめのない感じに雑談を続けることしばし……ふいに、会話が途切れた。
そのまま数分、おじいちゃんから、返事が返ってこなくなった。
……で、今に至る。
目の前にある、巨大な『麒麟』の亡骸は……この後数時間もすれば、塵になって消えるらしい。寿命を全うした神獣は、そうして天に召されるんだとさ。
それも、おじいちゃんが教えてくれた。
『残念じゃが、お主に食われてやることはできん。素材のプレゼントはやれんですまんの』なんていう、笑えないブラックジョークと共に。
眠るように息を引き取ったおじいちゃん麒麟を前に、僕は……手がないので、心の中で黙とう。
色々ありがとう。どうか、迷わず成仏してください。
『レベルが上がりました』
『ミミックが成長限界に到達しました。条件を満たしているため、進化が解禁されました』
黙とうが終わらないうちに、そんなアナウンスが聞こえた。
……ああ、そういえばおじいちゃん、こうも言ってたっけな。
『祝福』を受けたことで、経験値も入るはずだ。ただ、力が馴染むまでに時間がかかるから、ちょっと待ってろ……って。
恐らくそれで僕、レベルが上がって、成長限界に到達して……『進化』できるだろう、って。
……聞かされた状況が状況だから、そこまではできなかったけど……もしこれが普段の僕だったら、飛び上がって喜んで小躍りしてただろうな。
だってさ、進化だよ? 人外転生の目玉とも呼ぶべき、超パワーアップフラグだよ?
調子乗った感じになってしまうとしても、心躍るのは仕方ないと思うんだ。
★名 前:シャープ
種 族:ミミック
レベル:10(成長限界)
攻撃力:67 防御力:78
敏捷性:19 魔法力:25
能 力:固有能力『蓄財』
こんな風に、おじいちゃんの特訓のおかげでレベルは最大。能力も大幅に……ああ、そうそう、言うの忘れてたわ。
もう1つあったんだ。おじいちゃんにもらったもの。
見てもらえればわかると思うんだけどね……『名前』だ。僕の、固有名。
おじいちゃんが、『他に何か欲しいもん無いか?』って聞かれて、じゃあ……ってことで、頼んでみたのだ。名前がほしい、って。
それでつけてもらえた名前が……『シャープ』。
どこかの国の言葉で、『前に進む』って意味だそうだ。
悪い響きじゃないし、意味も気に入った。喜んで受け取らせてもらったよ。
今日から僕は……『シャープ』だ。
……さて、しんみりするのもここまでだ!
とうとう来たんだからな、『進化』の時が! ここでひとつ、がっつりパワーアップさせてもらいませんとね!
じゃあ、早速進化で……うん?
これは……えっと、もしかして、いくつか進化先の候補ある感じ? 開け、ステータス。
『進化先の候補が複数あります。希望の進化先を選択してください』
候補① ブロンズミミック
候補② ハンターボックス
とのこと。
これについては、おじいちゃんから事前に聞かされている。僕がこの先、進化する可能性がある種族について、ってことで。
ブロンズミミックは、単純なミミックの強化版。
能力の比率も同じような感じ。攻撃・防御特化で、素早さと魔法系統は残念。
そしてこの後に、シルバーやらゴールドやら続くらしい。進化できれば、だけど。
もう片方、ハンターボックスは、攻撃と防御はシルバーミミックに劣れど、敏捷性が大きく上がっている種族であり、かなり身軽に動ける。
また、攻撃力・防御力自体も決して低くはない。
これを踏まえて、僕がどっちを選択するかというと……実はもう、決めている。
無難もいい。確かに、安定した安全さがあるっていうのは、魅力的だ。
しかし……僕は、おじいちゃんから、この世界での生き方を教わった。そのための選別までもらった。
だったら、それを生かす生き方をしなきゃ……失礼ってもんだろう。
というわけで……僕の選択は、②だ。
『②が選択されました。本当にそれでよろしいですか?』
はい、よろしいです。
……念のため聞いてくるとか、丁寧だな、天の声。
『選択を確定しました。『シャープ』がハンターボックスに進化します』
……
…………
………………
……あ、よくネット小説とかにあるみたいに、進化に伴って寝るっていうか……意識が飛んだりとか、そういうのはないんだ。
びっくりした~……普通に体、光りだすんだもんな。
青白く光りだして……わかるのが輪郭だけになって……ぐぐぐっ~、って感じで変身していって。
で、それが収まって……進化完了、ってか。
見た目は……そんなに変わってないな。
ただ、茶色と鉛色だったカラーリングが、若干さらに暗い感じになったくらい、か?
木製の箱が、金属製になった、と言い換えてもいい。
その他は……大きさも含めて、変わってないな。
でも、ステータスは……
★名 前:シャープ
種 族:ハンターボックス
レベル:1
攻撃力:75
防御力:85
敏捷性:44
魔法力:41
能 力:通常能力『擬態』
希少能力『アイテムボックス』
固有能力『財宝創造』
特殊能力『悪魔のびっくり箱』
……なんか、えらい変わってんだけど……特に、スキル。
え……マジで何が起こったの、これ?